第48話「見えない目減り」
学院長室を訪ねてから三日後、呼び出しの手紙が届いた。差出人の名を見て、リュカが眉を上げた。
「また、行くのか」
「うん。約束だったから」
「俺も付き合おうか」
「今回は、一人で」
なんとなく、そうすべきだという気がした。リュカは肩をすくめて、また後で聞かせろよ、と送り出してくれた。
学院長室に着くと、机の上に、分厚い帳面が何冊も積み上げられていた。
「調べてはみたよ。だが、答えを教える前に、これを見てもらいたい」
差し出されたのは、寮の食材仕入れに関する帳簿だった。数か月分の記録が、几帳面な字で並んでいる。
「君自身の目で、確かめてみるといい。私が答えを示すより、その方が意味がある」
俺は少し戸惑いながらも、帳面をめくり始めた。仕入れ量、単価、納品業者の名前。辺境の屋敷でクラーラと共に帳簿と向き合った日々が、自然と手つきに蘇ってくる。数字の羅列は、王都でも辺境でも、結局同じ言葉で語りかけてくる。
――景色に薄く数字が重なる。
〈対象:寮の食材仕入れ記録(直近三か月分)/異常箇所:特待生用食材のみ、納品業者からの請求書に記載された量と、実際に厨房へ搬入された量に系統的な差異あり(平均で約二割の目減り)/関与の疑い:納品を仲介している厨房主任〉
数字を追ううちに、俺は違和感の正体に気づいた。請求書の量と、実際に届いている量が、少しずつずれている。しかも、それは特待生用の分だけに限られていた。
「厨房主任さんが、間に入って何かしてる……ように見えます」
「ほう」
学院長は、興味深そうに目を細めた。
「なぜ、そう思う」
「請求と納品の差が、特待生用の食材だけに偏ってます。一般生徒用には、そういうズレがありません。誰かが、途中で抜いてるとしか思えない」
「その通りだ」
学院長は、あっさりと頷いた。
「厨房主任は、納品業者と結託して、実際より多い量を発注したことにして差額を懐に入れていた。特待生用の分は、誰も細かく確認しないだろうという油断があったようだ」
「見つかったんですね」
「君が疑問を持ってくれたおかげでね。長年、誰も気づかなかった――いや、気づかないふりをしていたのかもしれない」
学院長の声に、わずかに苦いものが混じった。
「長く同じ仕事をしていると、誰も疑わなくなる。それが一番厄介だ」
「厨房主任は、既に処分した。食材の量も、明日から元に戻る」
俺は、その言葉にほっと息をついた。ケインの青白い顔が、脳裏をよぎる。
「ありがとうございます」
「礼を言うのは、こちらの方だ」
学院長は、帳面を閉じながら続けた。
「この学院は、大きい。目が届かない場所は、いくらでもある。そこに、君のような目を持つ生徒が一人いるだけで、随分と違う」
「俺は、ただ気になっただけです」
「その『気になる』を、見過ごさない性根が、なかなか得難いものなんだよ」
学院長は、それ以上は多くを語らず、話を締めくくった。それでも、去り際にふと付け加えた一言が、俺の耳に残った。
「この学院で、また似たようなことに出くわしたら、遠慮なく言いにおいで」
俺は一礼して部屋を出た。
廊下でリュカが待っていた。
「どうだった」
「解決した。厨房で、こっそり食材を抜いてた人がいたみたいだ」
「はぁ? そんなことがあったのか」
「明日から、食事、元に戻るって」
リュカは目を丸くしてから、にやりと笑った。
「お前、やっぱりただ者じゃないな」
翌朝の食堂で、特待生の列に並んだ皿の量は、確かに以前より増えていた。ケインの顔にも、少しだけ血の気が戻っているように見えた。
「良くなりましたね、急に」
「うん、良かった」
「何があったんですか」
「厨房の仕組みに、少し問題があったみたいだ。もう直ったから、心配ない」
俺は詳しい経緯までは話さなかった。ケインは不思議そうな顔をしながらも、それ以上は聞いてこなかった。
俺は短くそう答えたが、胸の中では小さな達成感が広がっていた。辺境から遠く離れたこの場所でも、数字の裏にある誰かの暮らしを、変えることができる。それを確かめられただけで、ここに来た意味が、少しだけ形になった気がした。
(次回「シュタイン家の令嬢」へ続く)




