第47話「特待生の食卓」
入学から数日、俺は特待生の食卓を、それとなく観察するようになっていた。
「お前、なんか食堂で人間観察してないか」
朝食の席で、リュカが訝しげにこちらを見た。
「気になることがあって」
「相変わらず変わってるな」
からかうように言いながらも、リュカはそれ以上詮索してこなかった。そういう距離の取り方が、案外ありがたかった。
特待生の列に並ぶ生徒たちは、一般の生徒に比べて明らかに顔色が悪い者が多かった。授業中にふらつく生徒も、一人や二人ではない。俺の隣の席にいる少年も、そのうちの一人だった。
「大丈夫か? だいぶ顔色悪いけど」
「すみません……朝、少し目眩がして」
痩せた頬をした少年は、力なく笑った。彼の名は確か、ケインといったはずだ。地方の商家出身で、成績優秀で特待生に選ばれたと聞いている。入学式の日、緊張しながらも堂々と挨拶していた姿を、俺は覚えていた。今の彼からは、あの日の張りがすっかり抜け落ちているように見えた。
俺は、彼の前に置かれた食事に目を落とした。
――景色に薄く数字が重なる。
〈対象:特待生用食事(本日分)/摂取推定熱量:一般生徒比で約六割程度/継続摂取した場合の健康影響:体調不良・集中力低下のリスクが高い〉
六割。単なる品数の差では説明がつかない数字だった。これでは、体調を崩す生徒が出てもおかしくない。
「これ、少なすぎないか」
「みんな、そうですよ。文句を言っても、予算だからの一点張りで」
ケインは諦めたような声でそう言った。
放課後、俺はリュカを連れて、寮の管理事務所を訪ねた。応対に出た事務員は、こちらの質問に対し、判で押したような答えを繰り返すばかりだった。
「特待生の食費は、規定通りに配分されています」
「規定の中身を、見せていただくことは?」
「それは……一存では」
「一般生徒との差が、ずいぶん大きいように感じるんですが」
「食材の調達には、いろいろと事情がありまして。詳しいことは、私にも分かりかねます」
事務員の視線が、微妙に泳いだ。何かを知っていて、言えないでいるのか、それとも本当に上から言われた通りにしているだけなのか。それを見極めるだけの材料は、まだ足りなかった。
らちが明かないと悟った俺は、その足で学院長室へ向かった。リュカが目を丸くする。
「いきなり学院長に会おうなんて、無茶だろ」
「聞かないと、始まらない」
取り次ぎの職員に事情を話すと、意外にもすぐに通された。中で待っていたのは、白髪交じりの、飄々とした雰囲気の老人だった。
「ほう、君が噂のエーレンフェスト家の坊やか」
「噂、ですか」
「王都の巡察使が、辺境で面白い少年を見た、と報告書に書き残していてね。会うのを楽しみにしていたんだよ」
俺は少し驚いた。レオン様の報告が、こんなところにまで届いていたとは思わなかった。
「今日は、何の用かな」
「特待生用の食事について、伺いたいことがあります」
俺は、これまで見てきたこと――ケインの様子、事務所での要領を得ない返答――を、鑑定のことは伏せて説明した。学院長は、じっと話を聞いていたが、やがて口元に薄い笑みを浮かべた。
「事務所が『規定通り』としか答えないのは、いつものことだよ。規定そのものが、誰の目にも触れないよう作られていることも、往々にしてある」
「では」
「君の目のつけどころは、悪くない。数字で語る子供は、久しぶりだ」
「調べていただけますか」
「ああ、約束しよう。ただし――」
学院長は、悪戯っぽく目を細めた。
「調べた結果は、君自身にも確かめてもらう。そのつもりで待っていなさい」
その言葉の真意は分からなかったが、俺は素直に頷いた。学院長室を出ると、リュカが呆れたような、感心したような顔をしていた。
「お前、本当に変わってるよ。でも、嫌いじゃない」
「そう言ってくれるの、二回目だな」
「そりゃ、二回思ったからな」
軽口を叩きながら歩く廊下は、窓から差し込む夕日で赤く染まっていた。ケインの青白い顔が、頭の片隅から離れなかった。もし本当に、誰かが特待生の食費をどこかへ回しているのだとしたら――そんな仕組みを見過ごすつもりは、俺にはなかった。
俺たちは、夕暮れの廊下を歩きながら、結果を待つことにした。
(次回「見えない目減り」へ続く)




