第43話「保証人」
申請を出してから、四日ほど経った朝だった。屋敷の中は、次の出荷に向けた準備でどこか慌ただしい空気が続いていた。そんな中、マルクから急ぎの手紙が届いた。
「組合の審査で、待ったがかかったそうです」
クラーラが手紙を読み上げながら、眉をひそめた。
「理由は、ゴドウィンさんが取引相手だから、保証人としては公平性に欠ける、と」
「取引相手だから、信用できないってこと?」
「表向きはそうです。でも……」
クラーラの言いたいことは、俺にも分かった。組合の審査に、また別の手が回っているのだろう。せっかく見つけた抜け道も、これでは意味がない。
その日の昼、マルクに連れられてゴドウィンが屋敷に駆けつけた。いつもの余裕はどこにもなく、額には玉のような汗が浮いていた。
「申し訳ありません、私が保証人になったせいで、かえって話をこじらせてしまったかもしれません」
「ゴドウィンさんのせいじゃない。向こうが、そう出てくるのは織り込み済みだったはずだ」
俺はテーブルに広げられた組合からの通知に目を落とした。文面は硬いが、その裏に感じる焦りは隠しきれていない。
――景色に薄く数字が重なる。
〈対象:組合審査での異議申し立て/表向きの理由:保証人の公平性/実際の状況:異議を唱えた役職者はヘルマン商会と縁が深い一人のみ、他の役員の大半は静観の姿勢/規約上の弱点:「取引関係のみを理由とした忌避」を明確に禁じる条項は組合規約に存在しない一方、複数の第三者による裏付けがあれば異議は退けられる先例あり〉
「一人だけが騒いでる、ってことですか」
「うん。でも、規約上はそれでも押し通せる余地がある」
クラーラが手元の写しをめくった。指先が、以前見た条文のあたりで止まる。
「複数の証言があれば、って先例のことですね。私も、似たような条文を見た覚えがあります」
「一人の異議より、複数の証言の方が重い、ってこと?」
「はい。組合として、一人の判断だけで物事を決めさせない、という建て付けみたいです。たぶん、昔、似たような揉め事があったんだと思います」
クラーラの説明に、俺は少しだけ息をついた。抜け道は、まだ完全には塞がれていない。
「マルクさんにも、証言者になってもらえたら」
「私は喜んで。それに、あの村のグスタフさんにも、一筆いただけないでしょうか。品を長く使ってきた側の声として、これ以上の裏付けはないと思います」
ゴドウィンの提案に、俺は頷いた。取引相手だけでなく、実際に品を使ってきた者の声。それなら、公平性を疑う余地もない。うちと利害の一致しない立場からの言葉だからこそ、重みが違う。
その日のうちに、クラーラがマルクとグスタフへの手紙をまとめた。返事は思いのほか早く、三日後には両方から証言の一筆が届いた。マルクは長年の取引実績を丁寧に綴り、グスタフの文字は相変わらずぶっきらぼうだったが、内容は簡潔で力強かった。
『長く世話になってる相手だ。悪いようにはされてない。それで十分だろう』
その一文を読んだとき、俺は胸の奥が少し熱くなるのを感じた。水路の縁から始まった、あの頑固な水番との付き合いが、今こうして形になって返ってきている。
証言をまとめて再提出すると、組合からの返答は数日を待たずに届いた。審査は通過し、検査は繰り上げて受けられることになったという。
「間に合いそうです、次の出荷に」
マルクが安堵の声を上げた。屋敷を訪れたゴドウィンも、肩の力が抜けたように息をついている。
「正直、これで駄目だったら、私の顔も丸潰れでしたよ」
「そうならなくて、良かった」
「いえ、ノア様たちの動きが早かったおかげです。私一人だったら、こうはいきませんでした」
ゴドウィンの言葉に、クラーラが小さく笑った。
父に報告すると、珍しく口元がわずかに緩んだ。
「一人の反対で押し通せなかったものが、複数の声で押し通せた、か」
「はい」
「数だけの話じゃない。積み重ねてきたものの重みが、そのまま数になったということだろう」
父の言葉に、俺は素直に頷いた。ヘルマン商会が仕掛けた壁は、一つ、また一つと崩れていく。だが、これで終わりだとは、まだ思えなかった。窓の外、収穫を終えた畑の向こうに、いつもより長く感じる夕暮れが広がっていた。
(次回「決着」へ続く)




