第24話「村の産物」
マルクが屋敷を訪ねてきたのは、その三日後のことだった。
「お邪魔します。父上様には先に取り次いでいただいてます」
腰の低い挨拶をしながら、マルクは荷物を抱えて客間に通された。俺とクラーラも同席する。座った途端に足がぶらぶらと浮くのが、こういう場ではいつも少し気恥ずかしい。
「グスタフさんから預かってきたものがあるんです。見てもらえますか」
差し出されたのは、干した葉の束と、小さな壺に入った白っぽい粉だった。壺の蓋を開けると、独特の香りが鼻をつく。
「水路沿いに生える薬草を乾燥させたものと、それを混ぜ込んだ塩みたいです。村では昔から、川魚の保存に使ってるとかで」
「川魚の……保存」
その言葉に、俺の頭の中で何かが繋がった。干し肉の量産を始めてから、ずっと悩んでいたのは味の均一さと保存期間だ。今のやり方は決して悪くないが、他所の商品と並べた時に「これしかない」という決め手がまだ薄い。
「マルクさん、ちょっと中身、見せてもらっていい?」
断って、壺の中身に視線を落とす。
――景色に薄く数字が重なる。
〈保存香草(仮称):防腐効果 通常塩の約1.4倍/香り付与:燻製に近い独特の風味/干し肉との相性:良好(未使用時比で保存期間延長の見込み)〉
思っていた以上の数字だった。村では魚の下処理に使うだけの、いわば当たり前の生活の知恵だったのだろうけど、これをそのまま干し肉に応用できるなら、他所にはない特徴になる。
「マルクさん、これ、少し分けてもらって、実際に試してもいい?」
「もちろんです。グスタフさんも、使えるものなら使ってくれと言ってましたから」
その足で、ゲルトの作業場に向かった。事情を話すと、ゲルトは壺の匂いを嗅いで、少し眉を上げた。
「川魚の保存に使う香草か……初めて聞くが、悪くない匂いだ」
「試してみたいんだけど」
「分かった。今日仕込む分の、半分だけ試しに使ってみよう。全部変えて失敗したら元も子もない」
ゲルトの慎重な言い方は、以前の卑下するような口ぶりとは違う。今は自分の判断として、ちゃんと線を引いている。以前なら「私なんかの判断で」と一言添えていたはずだったから、その変化に俺は内心少し驚いた。
フリーダとトビアスも作業に加わり、香草を混ぜ込んだ分と、いつも通りの分を並べて干し始めた。
「見た目じゃ、あんまり違いが分からないですね」
フリーダが二つの干し肉を見比べながら言う。トビアスも横から覗き込んで頷いた。
「匂いは違いますけどね。こっちの方が、ちょっと燻したみたいな感じがします」
「数日置いてみないと、はっきりしないと思う」
数日後、干し上がった二種類を食べ比べた。いつもの方は普段通りの味だったが、香草を使った方は、燻したような香ばしさが加わっていて、明らかに印象が違った。ゲルトも一口食べて、短く言った。
「これは、いい」
「クラーラにも味見してもらおうか」
呼びに行くと、クラーラは帳簿から顔を上げて、少し不思議そうな顔をした。
「わざわざ私に? ノア様の舌の方が確かなのでは」
「味だけじゃなくて、商品としてどう見えるかも聞きたくて」
そう言うと、彼女は納得したように頷いて、作業場までついてきた。一口食べて目を丸くする。
「これ、今までのより日持ちしそうな感じもします。味だけじゃなくて」
「勘だけど、多分、保存期間も延びるはず」
「また『勘』ですか」
からかうような口調だったが、それ以上は突っ込んでこなかった。彼女なりに、聞かないでいてくれているのが分かる分、余計に気まずさが残った。
その日の夜、父に報告した。
「村の香草を、うちの干し肉に使う。仕入れの話は、グスタフさんとマルクさんの間で詰めてもらう」
父は少し考えてから、「悪くない話だ」とだけ言った。よそから何かを仕入れて自分たちの商品に組み込む、という発想自体が、この家では今までなかったことだ。
「量が確保できるか、まずグスタフに確認を。村の暮らしに障るほど買い占めるのは筋が違う」
「はい。クラーラに頼んで、マルク経由で聞いてもらいます」
父の言い分はもっともだった。村にとっては生活の知恵として使ってきたものを、こちらの都合だけで根こそぎ仕入れては、せっかくの関係が崩れかねない。前世の仕事でも、取引先の足元を見過ぎて信頼を失う話は嫌というほど見てきた。
新しい取引の形が、また一つ動き出した。水路の修理から始まった縁が、こんな形で商品そのものに繋がるとは思っていなかった。ただの善意の礼のつもりだったものが、双方にとって得のある取引になる――そういう巡り合わせは、前世でもそう多くはなかった気がする。
(次回「香りの行方」へ続く)




