表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
万物鑑定士、辺境で経済を制す  作者: 春野ケイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/20

第2話「まずは領地の”在庫”を数えるところから」

 熱が下がったことにして、三日ぶりに布団を出た。


 本当はまだ本調子じゃない。六歳児の体というのは思った以上に正直で、廊下を少し歩いただけで息が切れる。それでも寝ているより気になることの方が多かった。


「母様、屋敷の中を歩き回ってもいい? ずっと寝てたから、体がなまっちゃって」


「あら、元気になったのね。……でも一人はだめよ。ハンナを連れていきなさい」


 ハンナは俺付きの侍女で、たぶん十五、六歳。中身が三十四のおっさんだと知ったらどんな顔をするだろうか、などと考えながら、俺はまず倉庫を目指すことにした。


 歩きながら、目についたものを片っ端から鑑定していく。


```

【鑑定】

対象:エーレンフェスト家倉庫(旧館地下)

保管物:家具、織物、食器、書物ほか

総評価額:金貨約340枚

```


 思ったより多い。だがこの数字自体はまだ驚くほどのものじゃない。問題はその中身だった。


 埃をかぶった木箱をいくつか開けてみる。ほとんどはただの古い家具や食器で、正直がっかりするようなものばかりだったが、奥の方にあった箱を開けたとき、少し手が止まった。


 色褪せてはいるが、織りの細かい布地が何枚も入っている。南方の産地の名前が、鑑定結果に浮かんでいた。今はもう交易路が途絶えていて、向こうでもなかなか手に入らない品らしい。


「ねえハンナ、これって誰かが値段を調べたことある?」


「……さあ、どうでしょう。旦那様の代になってからは、あまり」


 だろうな、という気はしていた。


 誰も見ていないものに値段はつかない。当たり前のことだが、この当たり前が案外どこの組織でも見落とされる。前世で潰れかけの会社の決算書を何十社分も見てきたが、大抵どこかに、こういう「誰も気に留めていないだけの資産」が転がっていた。


 俺はその布を軽く数えてみた。十七枚。銀貨に直せば、まとめてそこそこの額になる。年間の赤字を全部埋められるほどではないが、一部を埋めるには十分すぎるくらいだ。


「宝の持ち腐れって、こういうことを言うんだろうな」


「ノア様、独り言が多いですね」


「……気にしないで」


 六歳児が独り言で経営分析をしていたら、それは気にする方が普通だ。反省しつつ、俺はハンナに屋敷で働いている人たちのことを聞いてみることにした。モノに効くスキルが人に効かない理由はない、というのは一日目から薄々分かっていたことだった。


 試しに何人か鑑定してみると、これがまた地味に厄介なくらい役に立った。


 厨房で黙々と働いている初老の料理人は、実は保存食や香辛料の扱いにかなり詳しいらしい。今は下働きばかりやらされているが、彼の作る保存食は使用人たちの間でひそかに評判がいいと、ハンナがこっそり教えてくれた。誰もそれを「商品」だとは思っていないだけで。


 もう一人、目を引いたのは帳簿係見習いの少女だった。没落した商家の出だとかで、まだ十六歳。清書仕事ばかりやらされているが、独学で複式簿記と在庫管理を身につけているようで、正直このお屋敷の経理体制の中では一番まともに数字が読める人材に見えた。


 この名前は覚えておこう、と思った。今すぐどうにかする話ではないが、いずれ間違いなく必要になる。


 ――そうやって調子に乗って屋敷中を歩き回っていたら、夕方になって現実に引き戻された。


「父上、あの、倉庫にある古い織物なんですけど」


「ノア。お前はまだ、体を治すことだけ考えていればいい」


 父――現辺境伯のヴォルフラムは、疲れた顔でそう言うと、それ以上は取り合ってくれなかった。まあ、そうなるだろうとは思っていた。借金と目減りする収穫にすでに頭を抱えている男に、六歳の息子が「倉庫の骨董品が高く売れます」と言ったところで、真剣に聞いてもらえるはずがない。


 前世でも似たような壁にはよくぶつかった。どれだけ分析が正しくても、それを言う人間に発言権がなければ誰も聞かない。三十四年分の経験を積んでいても、この体は六歳の三男坊で、家を継ぐ権利も、何かを決める権限も持っていない。


 部屋に戻って、天井を見上げながらぼやく。


「金がないんじゃなくて、気づいてないだけなんだよな、こういうのって」


 倉庫の布。厨房の腕利き。帳簿が読める少女。


 まだ誰も値段をつけていないものが、この家にはいくつも転がっている。問題は、この立場のまま、それをどうやって動かしていくかだ。


 剣は使えない。魔力もない。発言権もない。


 でも、見えてはいる。


 思っていたより、打てる手はありそうだった。


(第3話「六歳児、隣領の商人に噛みつく」へ続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ