第1話「鑑定してみたら、詰んでいた」
目が覚めたら、六歳の子供になっていた。
いや、正確には「六歳の子供の中に、三十四歳の社畜だった記憶が流れ込んできた」というべきか。
俺、桐生太一は、昨夜——いや、もう何年前になるのか分からないが——中小企業向けのコンサルタントとして、クライアント先の決算資料を作りながら会議室の床で倒れた。過労死、というやつだろう。最後に見たのは「来月のキャッシュフローがどうにもならない」という取引先の顔だった。
それが今は、埃っぽい石造りの部屋のベッドの上。窓の外には見たこともない紋章の旗。そして目の前には、心配そうにこちらを覗き込む、栗色の髪をした美しい女性——どうやら「母」らしい。
「ノア、大丈夫? また熱に浮かされて……」
ノア。それが今の俺の名前らしい。
状況を飲み込むより先に、目の前に半透明のウィンドウが浮かんだ。
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【鑑定】が発動しました
対象:ノア・フォン・エーレンフェスト(自分)
称号:没落辺境伯家の三男
スキル:万物鑑定 Lv.1
剣術 Lv.0 魔力 Lv.0(測定不能)
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剣術ゼロ、魔力ゼロ。異世界転生ものとしては、なかなか清々しいくらいの雑魚スペックである。
だが俺の目を引いたのは、そこではなかった。
鑑定は「対象」を選べば、モノにも土地にも人にも発動できるらしい。試しに、母が着ている服を鑑定してみる。
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【鑑定】
対象:麻のワンピース(継ぎ接ぎあり)
市場推定価格:銀貨2枚
仕入れ地:隣領ダレン領(本来の相場より40%高値で購入)
理由:エーレンフェスト領内に織物業者が存在せず、全量を隣領からの輸入に依存
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——待て。これ、ただのステータス表示じゃない。
俺は元コンサルの血が騒ぐのを感じた。市場価格。仕入れ地。相場との乖離率。まるで簡易的な経営分析レポートだ。
試しに、窓の外に見える畑を鑑定する。
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【鑑定】
対象:小麦畑(エーレンフェスト領・北区画)
収穫予測:例年比62%(土壌の連作障害により逓減傾向)
改善提案:休耕・輪作の導入により3年で収穫量127%まで回復見込み
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改善提案まで出るのか、これ。
俺は布団の中でひとり戦慄していた。剣も魔法も使えない六歳児が手に入れたのは、「なんとなく強い」チートではない。この世界の"数字"が、丸ごと見えるスキルだった。
そして同時に、恐ろしい事実にも気づいてしまう。
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【鑑定】
対象:エーレンフェスト辺境伯家 財政状況
年間収入:金貨480枚
年間支出:金貨610枚
負債:金貨2,200枚(隣国の商会より借入、年利18%)
向こう3年以内の破綻可能性:91%
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……詰んでいる。
完全に詰んでいる。
俺は布団を握りしめながら、天井を見上げた。前世で潰れかけの会社を何十社と見てきたが、この数字は「かなり末期」の部類だ。年利18%の借金、右肩下がりの農業、輸入依存の経済構造。
だが——詰んでいる会社ほど、実は「やることが分かりやすい」というのも、俺が前世で学んだことだった。
「ノア? どうしたの、怖い顔をして」
母の声に、俺は六歳児らしい笑顔を作ってみせる。
「ううん、なんでもないよ、母様。……ボク、大きくなったら、この領地のお金の流れ、ぜんぶ変えてみせる」
母は「まあ、可愛いことを」と笑って俺の頭を撫でたが。
俺は本気だった。
前世で果たせなかった「潰れない会社作り」を、今度こそ。
スキル「万物鑑定」、レベル1。しかしこれは戦闘用ではなく、経済再生用のチートだ。
この辺境領を、大陸一の経済都市に変えてやる。
(第2話「まずは領地の"在庫"を数えるところから」へ続く)




