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万物鑑定士、辺境で経済を制す  作者: 春野ケイ


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第19話「ゴドウィンの再訪」

畑仕事が一段落した数日後、俺はゴドウィンに手紙を出した。前に会った時の返事、まだ聞いてなかったなと思って。


返事が来る前に、本人がふらっと屋敷に顔を出した。相変わらず、荷馬車に商品を積んだままの、いかにも行商人らしい格好だった。玄関先まで案内すると、彼は俺の背丈を見て、ほんの少し目を細めた。会うたびに大きくなっている、とでも言いたげな顔だった。


「いやあ、坊ちゃん。お手紙どうも。ちょうどこの辺りに来てたもので」


愛想のいい笑い方は前と変わらない。でも、少しだけ声に張りがない気がした。


「久しぶり。最近、商売の調子はどう?」


「ぼちぼちですよ、ぼちぼち」


軽い調子で流されたが、俺は世間話のふりをしながら、それとなく意識を向けた。景色が薄く重なって見えるいつもの感覚と一緒に、数字が浮かんでくる。ダレン領での売上、去年より二割ほど落ちている。荷台に積んである品を見ると、代わり映えのしない布と乾物ばかりだった。新しい品を持っている行商人に、少しずつ客を取られているらしい。


俺は荷台に近づいて、積み荷を軽く覗き込んだ。ゴドウィンが気まずそうに、少しだけ体で荷を隠すような仕草をする。


「ぼちぼち、にしては顔色よくないね」


「……坊ちゃんは、相変わらず勘が鋭いですね」


ゴドウィンは苦笑いした。誤魔化す気力もあまりないみたいだった。


「実を言うと、ここ数か月、あまりよくないんですよ。荷は変わらないのに、客はどんどん新しいものを欲しがりますからね」


「うちで新しく作ってる干し肉があるんだ。味も日持ちも、前より良くなってる。ダレン領で売ってみる気ない?」


「新商品、ですか」


「ゴドウィンさんの売り物、ずっと同じだったろ。目新しいのがあれば、また客が戻ってくるかもしれない」


ゴドウィンは少し考える顔をした。前に手の内を見抜かれたことを思い出しているのかもしれない。


「……前も似たようなことがありましたね。あの時は、坊ちゃんに丸ごと見透かされた」


「あの時とは違う。今回はこっちも得したい」


「といいますと」


「ダレン領での売り先を増やしたい。ゴドウィンさんの顔があれば、話が早い。仕入れは安くする代わりに、うちの品だってちゃんと言って売ってほしい」


「安くする代わり、ときましたか。ずいぶん都合のいい話ですね」


「都合が悪い話だったら、こんな顔してないだろ」


素直な言い方に、ゴドウィンは一瞬きょとんとした顔をしたあと、声を出して笑った。


「坊ちゃんにそう言われると、断りにくいなあ」


「断ってもいいよ。他の商人にも声かけるだけだから」


「……こら、脅しですか」


「事実だよ」


ゴドウィンはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。


「まあ、悪い話じゃないですね。今のままじり貧なのは、自分でも分かってましたし」


「決まりだ」


「気は早いですね、相変わらず。……で、量はどのくらい回せます?」


「そこはクラーラと詰めてくれ。俺より数字に強い」


呼ばれたクラーラが帳面を持って出てくると、ゴドウィンはさっそく値段の話を切り出した。二人のやり取りを横で聞いていたが、途中からは正直よく分からなくなった。単価がどうとか、掛け目がどうとか、その辺りは完全にクラーラの領分だ。


「細かいところは、決まったらまとめて報告します」


クラーラがそう言うのを聞いて、俺は素直に頷いた。任せられる相手がいるのは、単純にありがたい。


ゴドウィンが帰ったあと、俺は父にも軽く報告した。書類から顔を上げないまま、「勝手に取引先を増やすな、とは言わないが」と前置きしてから、「揉め事だけは起こすなよ」とだけ言われた。前より条件が緩くなっている気がする。


縁側に座って、少しだけ息を吐いた。前は手の内を読んだだけで終わった相手が、今度はちゃんと味方になった。


「うまくいきましたね」


いつの間にか隣にいたクラーラが言う。


「向こうも困ってたからな。困ってる相手には、こっちの困りごとをぶつけると話が早い」


「その考え方、便利ですよね。いつも」


さらっとした言い方だったけど、少しだけ含みがある気がした。俺は聞こえないふりをした。


畑の輪作は、まだ始まったばかりだ。芽が出るまでにはもう少しかかる。ゴドウィンとの取引も、これから量や値段を詰めていかないといけない。やることは減らないけど、頼れる相手は少しずつ増えている。


その夜、クラーラが帳簿を整理していて、ふと手を止めた。


「ノア様、ちょっと数字が合わないところがあるんですけど……」


(次回「クラーラの疑問」へ続く)


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