第15話「注文は待ってくれない」
マルクからの手紙は、思ったより早く届いた。
「量を増やせないか、って書いてありますね」
クラーラが手紙を読み上げながら、少し眉を寄せた。近隣の商会にも噂が回ったらしく、卸し先の候補が新たに何件か出てきたという。契約分をやっと満たしたばかりだというのに、もう次の話が来ている。
「イェンスを入れて、ようやく体制が持った状態だぞ」
「はい。もう一人雇っても、たぶんすぐ同じところに戻ります」
椅子の上で足をぶらつかせながら、俺はしばらく黙って考えた。人を増やす、工程を見直す。今までのやり方の延長では、どこかで頭打ちになる。足りないのは手じゃなくて、そもそもの材料の方かもしれない。
そこでふと思い出したのは、隣領境界で見たあの休耕地だった。あの時は誰にも言わなかった。似ている、と思っただけで、確かめる手立てもなかったから。
「クラーラ、隣領行きの時、境界沿いに荒れた畑があったの覚えてるか」
「覚えてますけど……急に何ですか」
怪訝な顔をされる。無理もない。あの日は契約のことで頭がいっぱいだったし、俺もあの時は口に出さなかった。
「あれ、うちの北区画と土の感じが似てる気がしてさ。使い道あるかもしれない」
「土の感じ、って……ノア様の勘、ですか」
「まあ、そんなところだ」
いつもの誤魔化しだったが、クラーラはそれ以上突っ込んでこなかった。慣れてきたのか、諦めているのか、たぶん両方だ。
問題は、その土地が隣領との境界にかかっているということだった。勝手に手を出せる話じゃない。
夕方、俺は父の執務室に向かった。倉庫の件のときとは、少し勝手が違う。
「境界沿いの休耕地のことで、ご相談が」
「休耕地……なんの話だ」
「隣領との境界に近い土地なので、勝手には動けません。まずは見に行く許可をいただきたくて」
父はしばらく黙っていた。倉庫のときのような即答はない。
「隣領の出方次第だ。すぐには答えられん」
短い言葉だったが、突っぱねる響きではなかった。考える材料が要る、というだけだ。
「まずは、見に行くだけでも」
「……好きにしろ。ただし、隣領の者に見咎められるような真似はするな」
執務室を出ると、廊下でヴェルナーとすれ違った。事情を話すと、彼は少し間を置いてから頷いた。
「境界沿いなら、私も同行した方がいいかと」
「頼めるか」
「坊ちゃんお一人で行かせる方が、よほど心配です」
軽口のような言い方だったが、目は笑っていなかった。
その夜、クラーラと今後の段取りを詰めた。マルクへの返事は、追加分の価格と納期をどう詰めるかで、彼女に任せることにした。
「価格は強気で構いませんか」
「向こうも急いでるはずだ。強気で行っていい」
「かしこまりました」
帳面を閉じるクラーラの顔には、以前のような遠慮がもうあまり見えなかった。
窓の外はすっかり暗い。契約分は埋まったのに、次の課題がもう並んでいる。前世でも、こういう会社を何社か見た。注文は、こっちの都合を待ってくれない。
明日、休耕地を見に行く。
(次回「境界のむこう」へ続く)




