第14話「あと二割の人手」
「これ以上は、増やしようがないですよ」
ゲルトが乾燥棚の前で腕を組んだ。旧馬具倉庫が動き出してひと月、加工能力は八割近くまで来ている。それでも契約分には届かない。
「人がいない、ってことか」
「フリーダとトビアスも手一杯です。これ以上詰め込めば、今度は品質が落ちます」
ゲルトの顔を見れば、それ以上聞くまでもなかった。問題はその先だ。人を増やすには、金がいる。
「新しく雇うにしても、うちの財政じゃ」
帳面を睨みながら、クラーラが呟く。父から預かっている財布は、まだ薄い。
「あては、ないこともないです」
続けて彼女が言った言葉に、俺は少し驚いた。
「実家の伝手で、簿記もできて力仕事も苦にしない人がいます。今、仕事を探してるはずなので」
翌日には、イェンスという中年の男が屋敷に顔を出した。俺の前に案内されると、彼は一瞬戸惑った様子を見せた。話に聞いていた「領主の三男」が、まさかこんなに小さいとは思わなかったんだろう。無理もない。
長々と面接するまでもなかった。俺は軽く様子を見て、すぐに答えを出す。
「明日から来てもらえますか」
即決だったせいで、今度はイェンス本人が戸惑っていた。だが吟味している時間の方が惜しい。
雇うと決まれば、次は給金をどこから出すかだ。
「倉庫の織物、まだ残ってましたっけ」
クラーラが帳面をめくりながら聞いてくる。
「いや、あれは隣領行きの時に全部持って行った。今動かせるのは干し肉だけだ」
在庫を売る手はもう使えない。だったら、と俺はマルクとの契約書を思い出した。定期契約が始まったばかりで、まだ現金の出入りに余裕がない時期だ。
「前払いを頼んでみるか」
「前払い、ですか」
「次の納品分の代金を、先に一部だけもらう。向こうにとっても、安定した仕入れ先を確保できる保証になる。もちろん、こっちが約束を守れなかった時のリスクも増えるけど」
クラーラは少し黙ってから、帳面に何か書きつけた。
「悪くない考えだと思います。ただ、信用商売ですから」
「動くしかないだろ」
手紙はその日のうちにクラーラが書いた。返事は思ったより早く届いた。マルクは前払いに応じる代わりに、次回からの検品を厳しくする、という条件を添えてきた。当然の話だ。金を先に出すなら、品質は保証してもらう。
イェンスが加わって二週間、加工場の数字は契約分をどうにか満たすところまで上がった。ゲルトの表情も、心なしか柔らかい。
「これで、一安心ですね」
クラーラがそう言うのを聞きながら、俺は帳面を眺めていた。今の契約分は、確かに埋まっている。
「一安心ではあるけど。次にもし注文が増えたら、また同じところで詰まる」
「……それはそうですね」
クラーラが小さく肩を落とした。人を増やして、やっと追いついただけだ。壁が消えたわけじゃない。ちょっと高いところに引っ越しただけだろう。
窓の外はもう暗い。椅子の上で伸びをして、あくびをかみ殺した。今日はもう、この辺にしておこう。
(次回「注文は待ってくれない」へ続く)




