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万物鑑定士、辺境で経済を制す  作者: 春野ケイ


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第11話「返事は、剣の一振りで」

 数日経って、俺はもう一度厩舎に足を運んだ。


 返事を急かすつもりはなかった。ただ、あのままうやむやになるのも据わりが悪くて、様子だけでも見ておこうと思ったのだ。


 中に入ると、ヴェルナーは剣の手入れをしていた。俺に気づくと、手を止めて振り返る。


「来てくださって、ちょうどよかった」


 そう言うと、彼は腰の剣を鞘ごと外し、両手で俺に差し出してきた。


「……これは?」


「お守りするに値するかどうか、まだ分かりません。ですが、少しの間、試させていただけますか」


 完全な忠誠でも、拒絶でもない言い方だった。ヴェルナーらしいというか、多くを語らないなりの誠実さのようなものを感じた。


「試すって、何を?」


「見ていただければ分かります」


 彼はそう言うと、鞘から剣を抜いて、少し離れた場所に立った。特に構えるでもなく、ただ静かに立っているだけだったが、その佇まいには隙がなかった。


 次の瞬間、彼の姿が動いた。


 目で追うのがやっとだった。剣が空を切る音がして、気づけばヴェルナーは元の位置から数歩離れた場所に立っていた。振り下ろした軌道の先には、藁を束ねた的が真っ二つに割れて落ちている。


 鑑定で数字を見て知っていたつもりだった。剣術Lv.8。だが、実際に目の前で動きを見るのとでは、印象がまるで違った。数字は、あくまで数字でしかない。動きそのものが持つ迫力までは、伝えきれていなかった。


「……これ、本当に厩務員の仕事してていい人じゃないですよね」


「もったいない、とは前にも言われましたね」


 ヴェルナーは剣を鞘に戻しながら、わずかに口の端を上げた。表情らしい表情を見せたのは、これが初めてだった。


「正直、期待するのは怖いんです」


 剣を腰に戻しながら、ヴェルナーがぽつりと言った。


「今まで、何度か目をかけられたことはありました。腕を見込まれて、それなりの役目を任されそうになったことも。ですが、結局は身分の話になって、立ち消えになる。そういうことの繰り返しでした」


「……それでも、今回は試してみようと思ったんですか」


「坊ちゃんの言い方が、他の人と少し違ったので」


 その理由だけで、多くを語ろうとはしなかった。だが、それだけで十分な気がした。長年腐りかけていた期待を、完全にではなくとも、ほんの少しだけ持ち直そうとしている。その揺れが、静かな態度の端々から伝わってきた。


 厩舎を出て屋敷に戻ると、クラーラが少し驚いた顔で近づいてきた。


「ノア様、今の音、何ですか」


 的が割れる音は、屋敷の中にまで届いていたらしい。詳しい経緯を話すのも面倒で、俺は要点だけ端折って答えることにした。


「ヴェルナーさんの剣の稽古。……というか、正式に護衛をお願いすることになった」


「本当ですか?」


 クラーラの声が少し弾んだ。ハンナも近くにいたらしく、話を聞きつけてやってきた。


「良かったですね、ノア様。これでようやく、隣領との行き来も安心できます」


 二人の反応を見ながら、俺はふと、これまでの流れを振り返っていた。


 経理を任せられるクラーラ。腕のいい料理人になったゲルト。そして今度は、剣の腕が立つヴェルナー。ばらばらだった人材が、少しずつ形になってきている。


 最初は、詰んだ財政をどうにかすることしか考えていなかった。だが気づけば、この家に眠っていたのは金だけじゃなかった。人も、能力も、同じように埋もれていた。


「じゃあ、次のマルクさんとの取引の日に合わせて、初めて隣領まで行ってみようか」


「日程、確認しておきますね」


 クラーラが帳面を開いて、日付を確認し始めた。ヴェルナーが加わったことで、これまで足踏みしていた計画が、また一歩前に進み始めていた。


 初めて屋敷の外へ、護衛付きで出向く日が、具体的な日付として決まった瞬間だった。


(第12話「初めての遠出と、道端の招かれざる客」へ続く)


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