第10話「厩舎に眠る、剣の遣い手」
父に連れられて厩舎に向かったのは、翌日の昼過ぎだった。
馬の世話をしている人影がひとつ、藁を運びながら黙々と作業をしていた。歳の頃は二十代半ばくらいだろうか。飾り気のない作業着姿で、遠目には屋敷の下働きの一人にしか見えない。
「先日話していた者だ」
父がそう言うと、人影がこちらを振り向いた。
「ヴェルナーと申します」
短く名乗って、頭を下げる。それだけの動作だったが、無駄のない身のこなしに、何か引っかかるものがあった。
俺は鑑定を発動させる。これまで数字や市場価格ばかり見てきたスキルを、初めて「戦闘力」に向けることになった。
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【鑑定】
対象:ヴェルナー(厩務員)
剣術Lv.8 実戦経験:多数(辺境地域の小規模な反乱鎮圧、野盗討伐歴あり)
身体能力:辺境伯領内でも最上位クラス
現在の待遇:正式な騎士としては未登用。厩務員として雑務に従事
評価:能力に対して待遇が著しく不釣り合い
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剣術レベル8。
俺自身が0だから比較にもならないが、これまで鑑定してきた対象の中でも、突出した数字だった。反乱の鎮圧、野盗の討伐――それだけの実績を積んだ人間が、なぜ厩舎で馬の世話をしているのか。
「ヴェルナーさん、前は騎士だったんですか」
「……いえ。騎士に取り立てられたことは、一度もありません」
「でも、その、色々戦った経験があるって聞いたんですが」
「戦ったのは事実です。ただ、正式な身分がありませんでしたので」
その一言で、だいたいの事情は察しがついた。実力があっても、家柄や出自が伴わなければ、正式な地位にはつけない。この世界では、よくある話なんだろう。前世でも似たような理不尽を、何度も見てきた。実力より肩書きが優先される現場を。
「これだけの腕があるのに、厩舎の仕事だけなんて、正直もったいないと思います」
踏み込んだ物言いだったが、あえて言ってみた。ヴェルナーは一瞬だけ、手を止めた。
「……もったいない、ですか」
「はい」
「そう言っていただけるのは、初めてです」
声のトーンは変わらなかったが、そこに滲むものがあった。不満を大声で訴えるようなタイプではないんだろう。ただ、長い間、誰にも気づかれずにいた諦めのようなものが、そこにはあった。
「正直に言うと、もう期待するのはやめていました。腕を評価されることも、正式な立場をもらうことも」
その言葉に、俺は少し胸が詰まる思いがした。
倉庫の織物。ゲルトの保存食。そしてこのヴェルナーという剣の遣い手。この家には、経済だけじゃなく、人の能力そのものまで、あちこちで持て余されている。誰も悪気があってそうしているわけじゃない。ただ、誰も気づかず、見過ごしてきただけだ。
これは経済の話に限らない。この家全体に染みついた、共通の病だった。
「ヴェルナーさん、隣領との行き来が増えて、護衛が必要になりました。もしよければ、その役目を引き受けてもらえませんか」
言ってから、俺はすぐに父の方を見た。勝手に話を進めすぎたかと思ったが、父は黙って成り行きを見守っていた。
「……坊ちゃんの、護衛をですか」
「はい」
ヴェルナーはしばらく黙っていた。表情はほとんど動かなかったが、視線だけが、俺と父の間を一度、行き来した。
「父上、この話、進めてもいいでしょうか」
「本人の意向次第だ。私から無理強いするつもりはない」
父の返事は素っ気なかったが、以前のように取り合わないというわけでもなかった。判断を委ねる、という態度だった。
ヴェルナーは持っていた藁束をゆっくりと下ろすと、俺の方に向き直った。
「……少し、考えさせていただけますか」
その言葉だけを残して、彼はそれ以上何も言わなかった。表情から本音を読み取ることは、俺にはできなかった。
厩舎を出て、父と並んで歩きながら、俺は考えていた。
この家には、まだ気づかれていない価値がいくつも眠っている。織物、保存食、そして人の腕。掘り起こせば掘り起こすほど、まだまだ足りないものが見つかる。
ヴェルナーの答えは、まだ分からない。
だが、これまでの手応えを思えば、悪くない流れになる予感があった。
(第11話「返事は、剣の一振りで」へ続く)




