7話 参謀との今後の対策会議
7話 参謀との今後の対策会議
帝国のように広がり続ける第200階層での大宴会から一夜明け、俺たちは久しぶりに迷宮探索の完全な「休日」をとっていた。
配下の魔物たちが広大な草原エリアや湖のような大浴場で思い思いに羽を伸ばす中、俺は本城の奥に新設された、豪奢な調度品が並ぶ『執務室』のふかふかなソファに深く腰を沈めていた。
「——というわけで、地上に出た後の具体的な対策を練りたいんだ」
向かいの席に座るのは、昨日新たに家族となった堕天使のシルフィアだ。
彼女はどこから調達したのか、完璧なメイド服(ただし背中からは美しい漆黒の翼が覗いている)に身を包み、優雅な手つきで俺の前に芳醇な香りのする紅茶を差し出した。
「はい、零様。人間たちとの無用な衝突を避け、友好的な関係を築くための『地盤作り』ですね。結論から申し上げますと、それは十分に可能です」
シルフィアの力強い言葉に、俺はホッと胸を撫で下ろした。
彼女は紅茶のカップを手に取り、静かに語り始めた。
「地上には、神の神託を絶対とする狂信的な『聖教国』が存在し、彼らが討伐隊の主力を担うことは間違いありません。しかし、零様。人間とは決して一枚岩ではないのです」
「一枚岩じゃない……神の言葉に従わない国もあるってことか?」
「ええ。たとえば、利益と実利を最優先する『商業国家』や、亜人種との共存を掲げる『中立国家』、あるいは純粋に神の過剰な干渉を嫌う『独立国家』なども存在します。彼らの中には、神の敷いたレールを盲信せず、自らの目で真実を見極めようとする者たちも確実にいるのです」
なるほど、と俺は頷いた。
全員が問答無用で殺しにかかってくるわけではない。もし、そういった実利主義の国や中立派の人間たちと真っ先にコンタクトを取り、同盟や親睦による連携を結ぶことができれば——『魔王軍』という最悪のレッテルを回避し、俺と家族たちが地上で平和に暮らすための強固な盾になってくれるかもしれない。
「戦争じゃなくて、外交で解決するってことだな。……でも、一つ大きな問題がある」
「はい。我々のアピアランス(外見)ですね」
「そう。いくら俺たちが『敵意はありません、仲良くしましょう』って言っても、ゴルやガルムみたいな巨体の魔物が城門に現れたら、問答無用で弓矢を射掛けられるだろ? 俺が行くにしても、この禍々しい魔力と装備じゃ怪しまれる」
圧倒的な力を持つゴルの前衛部隊や、ガルムの強力な遊撃部隊。これらは神が「地上の蹂躙」を目的として俺に集めさせた戦力だ。正面切っての戦闘なら無敵だが、隠密行動や繊細な外交交渉には致命的に向いていない。
「俺たちが地上に出る前に、地上の情勢——どの国が狂信的で、どの国が交渉可能か——を正確に把握する必要がある。そして、人間側に警戒されずに接触を図れる『パイプ役』が必要なんだ。地球の言葉で言えば、スパイとか忍者みたいな、隠密能力と情報収集に長けた仲間が」
「忍者……なるほど、闇に紛れて諜報活動を行う者のことですね」
シルフィアは納得したように頷き、ふふっと微笑んだ。
「零様のお考えは完璧です。そして、その問題も迷宮を上る過程で解決できます」
「えっ? 今の配下の中に、そういう隠密特化の魔物がいるのか?」
「いいえ、現在の我々の戦力は『力による蹂躙』に特化しすぎています。コハク殿の影移動は優秀ですが、彼はあくまで戦闘特化の魔獣ですから、人間に化けたり、街に潜入したりといった繊細な諜報活動には向きません」
シルフィアは執務机の上に、光の魔法で迷宮の立体図を描き出した。
現在俺たちがいる第200階層から、彼女をテイムした第160階層までの道のりが光り、さらにその上の階層が示される。
「目標とするのは、第130階層から第120階層にかけてのエリアです」
「そこになにかあるのか?」
「はい。この迷宮は数十階層ごとに環境が劇的に変化します。第130階層から上は、光が極端に遮られた『常闇の森』と呼ばれるエリアになります。そこには、影に潜み、姿を偽り、幻術や隠密行動を極めた魔物たちが生息しているのです」
シルフィアの指先が、ホログラムの第120階層付近を指し示す。
「たとえば、あらゆる生物の姿と声を完璧に模倣する『ドッペルゲンガー』や、影そのものと同化して情報を集める『シャドウ・アサシン』、人間に近い姿を持ちながら高度な幻惑魔法を操る『幻影族』などです」
「おお……! まさに忍者じゃないか!」
思わず身を乗り出した俺に、シルフィアは深く頷いた。
「彼らを零様の『慈愛の箱庭』でテイムし、地上への潜入工作員として育成するのです。彼らが先行して地上の情報を集め、中立派の要人との極秘会談の場をセッティングできれば……我々が地上に出た時、すでに強固な同盟関係ができあがっている状態を作り出せます」
「それだ……! それなら、誰も傷つかずに済むし、人間と戦争なんて最悪の事態も避けられる!」
パッと目の前が開けたような感覚だった。
漠然とした不安が、明確な「やるべきこと」へと変わっていく。
「ありがとう、シルフィア。君がいてくれて本当によかった。俺一人じゃ、こんな対策思いつかなかったよ」
「もったいないお言葉です。私は零様の参謀であり、何より……絶望の淵から救っていただいた、あなたの『家族』ですから」
シルフィアは嬉しそうに翼を揺らし、胸に手を当てて深く一礼した。
そこに、「ピュイ〜!」と元気な鳴き声とともに、ドアの隙間からリムが飛び込んできた。その後ろからは、コハクが尻尾を振りながら、ゴルが山盛りのフルーツが入った籠を持って入ってくる。
どうやら、おやつタイムの差し入れらしい。
「おっ、サンキューみんな。ちょうど会議が終わったところだ」
俺がリムを抱き上げて頭に乗せると、シルフィアもふわりと微笑み、ゴルからフルーツの籠を受け取って俺の皿に取り分け始めた。
「当面の指針は決まりましたね、零様」
「ああ。まずはここから第130階層までを一気に駆け上がる。そこで隠密部隊の要となる仲間を見つけて、最強の忍者軍団を育てるんだ!」
「ピュイッ!(おーっ!)」
「ワォン!(任せろ!)」
配下たちが頼もしく応える。
神の敷いた最悪のレール。それを俺の『慈愛』と、頼れる家族たちの力で、根底からぶち壊してやる。
心の中にあった重い靄は完全に晴れ渡り、俺たちは新たなる希望と目標を胸に、甘いフルーツを囲んで休日の午後を穏やかに過ごすのだった。




