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慈愛の魔王。〜全ての生き物に慈愛を神への反逆〜  作者: 盆ちゃん


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8話 閑話反教国勢力の対策会議

8話 閑話反教国勢力の対策会議


その頃、遙か頭上の地上世界——。

 神の教えを絶対とする『神聖ルミナス教国』が主導する大陸会議の熱狂から遠く離れた、大陸西部の自由貿易都市国家『ヴェスペル大公国』の王城。

 分厚い防音魔術が施された地下の秘密会議室では、少数の者たちによる極秘の会合が開かれていた。

「——『深き奈落より、世界を滅ぼす最凶の魔王が目覚めた。諸国の王よ、今こそ神の旗の下に集い、聖戦の準備をせよ』……か。反吐が出るわね」

 豪奢な円卓の長座で、ヴェスペル大公国の若き女公爵・エレオノーラが、教国から送られてきた豪奢な親書をテーブルに放り投げた。

 彼女の切れ長な赤い瞳には、明らかな苛立ちと侮蔑の色が浮かんでいる。

「神託が下った途端、これ見よがしに『聖戦税』の徴収と、各国の兵士の供出要求よ。迷宮の底から得体の知れない強大な魔力波が昇ってきているのは事実でしょうけど……教国の連中は、このパニックを利用して大陸全体の覇権を握ろうとしているのが見え見えだわ」

 エレオノーラの吐き捨てるような言葉に、円卓を囲む数名の代表者たちが深く頷く。

 ここに集まっているのは、神の教えよりも「実利」や「共存」を重んじる者たちだ。亜人種との共存を掲げる獣人連合の代表、魔術の真理のみを追究する魔術師ギルドの長、そして巨大商会のトップなど、いわゆる『中立・穏健派』の重鎮たちである。

「教国の言う『魔王』とやらが、本当にただの破壊の化身であれば、我々も鉾を交えるしかないだろう。だが……」

 獣人連合の代表である獅子の獣人・ザルガが、腕を組みながら低い声で唸った。

「どうにも解せんのだ。我が同胞にも迷宮ダンジョンに潜る冒険者は多いが、彼らの報告によると、下層から昇ってくる『魔王の軍勢』とやらは、どうも動きが理路整然としすぎている」

「私も同意見です」

 ザルガの言葉を引き継いだのは、部屋の隅の影から音もなく姿を現した、黒装束の男——ヴェスペル大公国が誇る諜報部隊の長、ギデオンだった。

 彼は円卓の中央に、迷宮の魔力分布を示す魔導具の立体映像ホログラムを投影した。

「教国の聖騎士団は『魔王が迷宮の生態系を蹂躙しながら昇ってきている』と喧伝していますが、我々独自の観測データは別の真実を示しています。……たしかに、下層の強力なボスたちの魔力反応は、本来の階層から消滅しています。しかし、その魔力自体が『消滅(死亡)』したわけではないのです」

 ギデオンがホログラムを操作すると、消滅したはずの巨大な光点ボスモンスターたちが、一つの巨大な魔力の塊——最下層から昇りつつある『規格外の極大魔力』の周囲に集まり、規則正しく追従している様子が映し出された。

「……ボス級の魔物たちが、殺されることなく、自らの意思で付き従っていると?」

「ええ。恐怖や洗脳による支配であれば、魔力波に特有の乱れ(ノイズ)が生じます。しかし、この軍勢の魔力は、不気味なほどに穏やかで……統率が取れています。まるで、絶対的な信頼を寄せる『王』を護衛するかのように」

 その報告を聞いた瞬間、会議室の空気がピンと張り詰めた。

 エレオノーラの赤い瞳が、鋭い知性の光を帯びて細められる。

「破壊衝動に支配された化身ではなく、理性と統率力を持った知的な存在。……そして、無闇な殺戮を行わずに勢力を拡大している」

 エレオノーラの脳裏に、一つの途方もない仮説が浮かび上がった。

 それは奇しくも、遙か地下深くでレイとシルフィアが行っていた希望の会話と、完全に一致する結論だった。

「もし、その『魔王』が対話可能な知性を持っているとしたら? 戦争などという、金も命も無駄に消費するだけの最悪の選択肢を避けられるかもしれない。……彼らが求めているのが世界の破滅ではなく、単なる『生存圏』や『不可侵の権利』であるならば、我々は彼らと手を結ぶことすら可能よ」

「……本気ですか、大公閣下。相手は神託で名指しされた魔王軍ですよ」

「神の言葉だろうが関係ないわ。私は私の民を守る。狂信者どもの聖戦の盾にされて、無駄死にさせられるなんて御免よ。強大な力を持つ魔王と秘密裏に『同盟』を結べれば、それこそ教国に対する最強の牽制になるわ」

 エレオノーラの合理的かつ大胆な発言に、獣人のザルガも牙を見せてニヤリと笑った。

「面白い。最初から相手を『絶対悪』と決めつけるから戦争になる。まずは相手の真意を知る……対話の糸口を探るべきだな」

「問題は、どうやって接触を図るかです」

 諜報長官のギデオンが、ホログラムの地上付近——第1階層から第10階層のあたりを指し示す。

「すでに教国は、迷宮の入り口周辺を聖騎士団と異端審問官で完全に封鎖しました。彼らは魔王軍を問答無用で殲滅する気です。我々が正規の使者を送ろうとすれば、教国に『魔王と通じる異端者』として粛清されるでしょう」

「教国の狂信者たちに気付かれず、かつ、最深部から昇ってくる魔王軍に『我々は敵ではない』と伝える手段……」

 エレオノーラはふっと妖艶な笑みを浮かべ、ギデオンを見つめた。

「ギデオン。貴方が手塩にかけて育てた、あの子たちの出番じゃないかしら?」

「……御意に。すでに準備は整っております」

 ギデオンが短く指を鳴らすと、会議室の影がうねり、三人の小柄な人影が音もなく床から湧き上がるように出現した。

 彼らは一様に、光を完全に吸収する特殊な暗殺布を纏い、顔を隠している。一目で、彼らが常軌を逸した隠密能力を持つ者たちだとわかる。

「我が大公国が誇る最強の隠密部隊『幻影のミラージュ・エッジ』。教国の包囲網など、彼らにとっては無いも同然です。彼らを密かに迷宮へ潜入させ、神の信徒たちを出し抜いて下層へと急行させます」

「頼もしいわね。任務は一つよ」

 エレオノーラは立ち上がり、黒装束の者たちを見下ろして凛と言い放った。

「戦闘は極力避けなさい。迷宮を降り、未知の魔王軍に接触し……彼らの真意を探り、可能ならば『我々は対話を望んでいる』という書状を渡しなさい。これは、人間と魔物の未来を決める、世界で最も重要な極秘任務よ」

「「「——ハッ!」」」

 三つの影は一糸乱れぬ動きで平伏し、次の瞬間には幻のように部屋から姿を消していた。

 地上では、狂信的な教国が『魔王討伐』の剣を磨き上げ、熱狂の渦を生み出している。

 しかしその裏側で、知性と共存を重んじる者たちは、一筋の希望に懸けて『対話の使者』を地下へと放ったのだ。

 神のシナリオを拒絶し、下から上へと忍びを放とうとする慈愛の魔王(転移者)。

 神のシナリオを疑い、上から下へと忍びを放った地上の統治者。

 相反するはずの二つの運命は、やがて迷宮の薄暗い中間層で、世界の歴史を大きく塗り替える『劇的な邂逅』を果たすことになるのだが——その運命の交差の時まで、あともう少しの時間が残されていた。

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