5話 お約束の拠点の改善と魔王なのかの不安
5話 お約束の拠点の改善と魔王なのかの不安
極上の温泉と仲間たちとの温かい宴で心身ともにリフレッシュした翌日。
俺たちは第180階層の転移陣に立ち、再び薄暗い迷宮の攻略を再開していた。
「よし、今日の目標は第170階層の転移陣解放だ。だけど、ただ闇雲に突き進むんじゃなくて、今日は『連携の強化』をメインの課題にするぞ」
俺の言葉に、リムたち初期メンバーに加え、ガルム、タラ、ガイの総勢6体が真剣な面持ち(スライムや鎧に表情があるかはさておき)で頷いた。
俺も仲間たちも、個々のステータスはすでに規格外の領域に達している。だが、もし分断された時や、数の暴力で押し込まれた時、連携が取れていなければその強大な力が味方への巻き添え(フレンドリーファイア)を生みかねない。
だからこそ今日は、俺が指示を出しながら、様々な組み合わせでの個別連携や、小隊としての動きを徹底的に叩き込むことにしたのだ。
「ゴル、ガイ! 前衛で壁を作れ! 敵の突進を完全に受け止めろ!」
「グルォォッ!」
「……(カシャァン!)」
通路を埋め尽くすように押し寄せてきたのは、凶暴なオークの群れだ。
だが、オーガ・ロードへと進化したゴルの筋力と、強固な呪縛鎧であるガイの鉄壁の盾が並び立つと、それは文字通り『絶対に抜けない鋼の城壁』と化した。オークたちの棍棒が弾き返され、前線が完全に膠着する。
「今だ! ガルム、コハク! 遊撃に出ろ!」
「ガァァッ!」
「ワォォン!」
城壁の両脇から、二つの疾風が飛び出した。
炎の魔狼ガルムが灼熱の業火を纏いながら敵の陣形を乱し、シャドウ・フェンリルのコハクが影から影へと跳躍しながら、音置き去りの斬撃でオークたちの急所を的確に刈り取っていく。圧倒的な速度と手数の連携。
「タラは逃げ道を塞げ! リム、広域魔法で一掃するぞ!」
「キシィッ!」
「ピュイィィィッ!!」
アラクネのタラが天井から強靭な魔糸の網を投網のように放ち、オークたちの足元を完全に縛り付ける。身動きが取れなくなった敵陣のど真ん中へ、俺の頭上から飛び上がったスライム・エンペラーのリムが、極大の氷結魔法『ブリザード・ノヴァ』を叩き込んだ。
ピキキキキィィィッ!
轟音と共に冷気が爆発し、数十体のオークが瞬時に氷像へと変わり、次々と光の粒子となって砕け散っていく。
「素晴らしい……完璧な連携だ」
誰一人として味方の邪魔をせず、互いの長所を最大限に引き出し合う陣形。これなら、俺が手を出さなくても大抵の軍勢は無傷で殲滅できるだろう。
しかし、この討伐訓練を繰り返すうちに、俺のステータス画面の『テイムモンスター管理』タブに、ある異常な変化が起き始めていることに気がついた。
「おいおい……なんだこれ。ツリー状になってるぞ?」
ウィンドウを展開すると、俺を頂点とした組織図のようなものが出来上がっていたのだ。
リムの下には【レッサー・スライム×15】。
ゴルの下には【ホブゴブリン×20】【オーク×10】。
ガルムとコハクの下には【シャドウ・ウルフ×30】。
……といった具合に、いつの間にか彼らの下に『配下』として従属する魔物たちが紐付けられていたのである。
実際、戦闘が終わるたびに、迷宮の魔物たちが殺気を取り下げ、俺の仲間たちの後ろにゾロゾロと付き従うようになっていた。
ゴルの覇気に当てられ、武器を捨てて平伏するゴブリンたち。リムの放つ『王の威圧』にプルプルと震えながら合流してくる下位のスライムたち。
俺の『慈愛の箱庭』が直接テイムした初期メンバー(幹部)たちが、今度は自らのカリスマと力で、同系統の魔物たちを配下として従え始めたのだ。いわゆる『孫請け』のような配下システムである。
「ピュイ!(主、後輩がいっぱいできたよ!)」
「グルァ(俺の部下だ。よろしく頼む)」
誇らしげに配下たちを整列させるリムやゴルを撫でてやりながら、俺の頬には嫌な汗が伝っていた。
(……間違いない。これは『軍団』だ)
最初はただ、寂しさを埋めるために家族を集めていただけだった。
だが、今の俺の目の前に広がっているのは、6体の強力な『幹部』と、彼らに統率された百を超える魔物の『軍隊』だ。
拠点の異様な豪華さといい、この配下システムといい、迷宮(あるいは神)は明らかに俺に「強大な軍団を形成すること」を促している。促すどころか、システムとして完璧にサポートしてきているのだ。
(やっぱり俺は、魔王としてこの世界に呼ばれたのか……? いつか、この軍団を率いて人間たちを蹂躙する運命にあるとでもいうのか……?)
急速に膨れ上がる軍勢を前に、俺の心にどす黒い不安がよぎる。
この配下の魔物たちも、俺の幹部たちを通じて『慈愛』の恩恵を受けているため、俺に対して絶対の忠誠と親愛を向けてくれている。だが、このシステムそのものが、神の敷いた「最悪のシナリオ」へのレールに思えてならなかった。
(※この時、俺の『慈愛』によるテイムの連鎖が、本来は「恐怖と支配」で魔物を統率させるはずだった神の計算を完全に狂わせていることに気づくのは、配下の中から言葉を解する上位魔族が現れるもう少し先の話である)
ともあれ、今は立ち止まっている暇はない。
複雑な思いを無理やり心の奥底に押し込め、俺たちはひたすらに訓練と進軍を続けた。
体感で8時間。
声が枯れるほど指示を出し続け、各部隊の連携が完全に一つの生き物のように機能し始めた頃、俺たちは第170階層のボス部屋に到達した。
ボスは巨大な一つ目の巨人、サイクロプス・タイタンだったが——もはや俺が出る幕はなかった。
ゴルとガイが巨大な棍棒を完全に受け止め、ガルムとコハクの遊撃部隊が視界を奪い、タラが動きを封じ、リムとその後ろに並ぶスライム部隊の一斉魔法射撃で、ボスはあっけなく轟沈した。
「ふぅ……みんな、よくやった! 今日の訓練はここまで! 拠点に帰ろう!」
俺が労いの声をかけると、百体を超える魔物たちが一斉に歓喜の咆哮を上げた。地響きのようなその声援に苦笑しつつ、俺たちは第170階層の転移陣を起動した。
眩い光が、大所帯となった俺たち全員を包み込む。
——そして、第200階層。
光が収まり、目を開けた俺は、口をぽかんと開けたまま硬直した。
「……ははっ。まぁ、薄々そんな気はしてたけどな」
乾いた笑いが漏れる。
昨日まで、そこは「広大で荘厳な城のエントランスホール」だった。
しかし今、俺たちの目の前に広がっていたのは、もはや『城』というスケールを遥かに超えた『地下都市』、いや『魔王の帝都』と呼ぶべき威容だった。
天井は遥か霞むほど高く押し上げられ、煌びやかな魔石の街灯が永遠と続く大通りを照らしている。
増えすぎた配下たちを収容するためだろう、種族ごとに分けられた巨大な兵舎や居住区画がズラリと立ち並び、奥には一日に千体の魔物の腹を満たせるほどの超巨大な厨房と食堂が完備されている。
さらに、中央には禍々しくも美しい、天を突くような『魔王の玉座』を備えた本城がそびえ立っていた。
「オオォォォォォォォッ!!」
「ピュイィィィィッ!!」
増築に次ぐ増築。仲間の数に比例して際限なく拡張されていく異常なシステムを前に、もはや配下の魔物たちは「主の大いなる力が具現化したのだ!」と勘違いして大熱狂している。
「あー……うん。とりあえず、でっかい大浴場もさらに広くなってるみたいだし……」
玉座になんて絶対に座ってたまるか。
魔王という立場への底知れぬ不安と、大はしゃぎする百体の家族たち。そのギャップに激しい頭痛を覚えながら、俺はとりあえず現実逃避のために、新設されたであろう超巨大温泉へと逃げ込むのだった。




