32話 神の誤算と皆の圧倒的な力
純白の石畳。完全な左右対称。塵一つない、死んだように静寂な空間。
そんな神の絶対領域は、慈愛の魔王が放った「家族」たちの咆哮によって、開始わずか数秒で極彩色の混沌へと塗り替えられた。
『目標、捕捉。殲滅ヲ実行シマス』
身長十メートルを超える自動防衛神像たちが、一糸乱れぬ完璧な動きで無機質な光の大剣を振り下ろす。
数百体による、一切の無駄を省いた同時攻撃。並の軍隊であれば、この最初の一撃だけで完全に蒸発していただろう。
「グルァァァァァッ!!(軽い、軽すぎるぜ!!)」
だが、その光の剣の群れを真っ向から受け止めたのは、オーガ・ロードのゴルだった。
彼は素手でゴーレムの大剣を白刃取りすると、そのままギリィッ!と握り潰して粉砕。空いたもう片方の手で巨大な棍棒をフルスイングし、ゴーレムの胴体を純白の装甲ごと無惨にカチ割った。
「ワォォォォンッ!」
「ガァァァッ!」
すかさず、双頭の炎狼ガルムとシャドウ・フェンリルのコハクが両翼から躍り出る。
ガルムの口から放たれた極大の『地獄の業火』が、絶対に溶けないはずの神界の石畳をドロドロのマグマに変え、ゴーレムたちの足を焼く。
そして、光に満ちた神界において「ゴーレム自身の足元にできる僅かな影」から飛び出したコハクが、黒き爪でゴーレムの関節(駆動部)を的確に切断していく。
「……呆れた。これが神の作った完璧な防衛機構?」
後方で優雅に扇子を広げながら、大公エレオノーラは冷ややかな笑みを漏らした。
「感情を持たない機械は、恐怖も躊躇いもない。けれど、それは同時に『最も予測しやすい』ということよ。一切のイレギュラーを想定していないアルゴリズムなんて、私の戦術論からすれば欠陥品も同然だわ」
エレオノーラは、自らの隣に控える『幻影の刃』と『隠密三連星』に視線を向けた。
「ジン、ドッペル。あいつらは個体ではなく、天界のネットワークで情報を共有している群体よ。まずはあの『目と耳』を完全に潰しなさい」
「御意。……行くぞ、使者殿たち!」
「承知いたしました」
エレオノーラの指揮のもと、隠密部隊が音もなく動いた。
まずはハイ・ファントムロードの『ファント』が、ゴーレムたちの視覚センサーに対して極めて高度な【幻影結界】を展開。ゴーレムたちの目に、味方のゴーレムが「侵入者」に見えるよう認識を書き換える。
同士討ちを始めたゴーレムたちが『エラー! 視覚情報ニ異常!』と天界のシステムルームへ警報を送ろうとした瞬間。
真祖・ドッペルゲンガーの『ドッペル』が、天界の魔力ネットワークに自身の魔力波長を完全に同調させ、『異常ナシ。平和デス』という偽の信号をシステムに送り続けたのだ。
そして、同士討ちで混乱するゴーレムたちの足元の影から、アビス・ストーカーの『シャドウ』とジンたちが無音で浮上。
彼らはゴーレムの胸部にある『動力核』だけを、暗殺者の刃でスッ、スッ、と寸分の狂いもなく抜き取っていく。
光と轟音が飛び交う前衛のド派手な大立ち回り。
その裏で、一切の音も光も残さず、システムに異常すら検知させないまま数百体のゴーレムを「機能停止」していく隠密部隊。
「すげえ……。エレオノーラさんと隠密組が合わさると、マジで悪役みたいなえげつなさだな」
レイが思わず感嘆の声を漏らすと、シルフィアが苦笑しながら頷いた。
「神界の防衛システムが、完全に手玉に取られていますね。……おっと、システム側も物理攻撃が通じないと判断したようです」
『物理排除プロトコル、効果低。魔法殲滅プロトコルヘ移行シマス』
生き残ったゴーレムたちが一斉に距離を取り、空を覆う黄金の歯車群と共鳴し始めた。
上空に、地上の大都市を丸ごと消し飛ばせるほどの超特大の『神聖魔力砲』の魔法陣が数十個も展開される。
「来ます、零様! あれだけの飽和攻撃、いくらゴルたちでも無傷では——」
「大丈夫だ。うちには最高に頼りになる『盾』がいるからな!」
レイが頭を指差すと、「ピュイッ!」と元気な鳴き声を上げて、スライム・エンペラーのリムが虚空へと飛び出した。
リムはそのプルプルの体を一瞬で巨大化させ、レイたち全員を覆い隠す巨大な半透明のドーム(トランポリンのような形状)へと変形する。
ズドドドドドドドォォォォォォッ!!!
天界の極大レーザーが雨あられと降り注ぎ、リムの体に激突する。
だが、リムは貫通されるどころか、その莫大な神聖魔力をボヨォォンッ!と弾力で受け止め、自身の体内にどんどん吸収して膨れ上がっていく。
「ピュイ、ピュイ……ピュイィィィィィィッ!!(ごちそうさま! お返しだぁぁっ!!)」
限界まで魔力を溜め込んだリムが、トランポリンを跳ね返すように勢いよく体を収縮させた。
直後、吸収した神聖魔力が本来の威力の数倍に増幅され、逆流する極太のレーザーとなって空へ向けて反射されたのだ。
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!
反射されたレーザーは、魔法陣を展開していたゴーレムたちを纏めて吹き飛ばし、さらには神界の空に浮かんでいた美しい黄金の歯車群を派手に粉砕した。
ガラガラと音を立てて崩れ落ちる神界の建造物。
『致命的エラー。致命的エラー。防衛ライン、崩壊。……最終排除ユニット、【四大天使】ヲ起動シマス』
狂ったように鳴り響く警報音の中、崩れゆく歯車の奥から、圧倒的なプレッシャーを放つ四つの影が舞い降りた。
それは、第一陣で攻めてきたような生体ユニットの天使ではない。
白金の重装甲に身を包み、背中に六枚の機械翼を持った、身長五メートルほどの『殺戮に特化した最高位ゴーレム』——四大天使であった。
「チッ、まだデカいのが残ってたか」
ザルガが舌打ちをするが、エレオノーラは扇子で口元を隠し、余裕の笑みを崩さない。
「四体? 数の計算もできないのかしら、あのポンコツ神様は。こちらは神話級のバケモノが数千体も控えているというのに」
「そういうことだ。みんな、一気に押し通るぞ!」
レイの号令と共に、慈愛の軍団による容赦ない『リンチ』……もとい、総攻撃が始まった。
四大天使の一体が、空間を切り裂く光の槍をレイに向けて放とうとする。
だが、その腕は真横から突っ込んできたゴルの巨大な両腕によってガッチリとホールドされた。
「ガァァァッ!!(よそ見してんじゃねえ!)」
そのままゴルは、四大天使を力任せに持ち上げ、神界の白磁の床に強烈なジャーマンスープレックスを叩き込む。
空を飛んで逃げようとした別の一体には、アラクネのタラが『超硬質の粘糸』を網のように投擲。機械翼をグルグル巻きにして墜落させたところを、ガルムとコハクが文字通り牙と爪でスクラップへと変えていく。
エレオノーラの完璧な指揮によって、四大天使の攻撃はすべて未然に封じられ、それぞれの弱点を最も得意とする魔物たちが的確に粉砕していく。
「……警告。出力、低下。自爆シーケンスヘ移行……」
ボロボロになった四大天使の最後の一体が、胸のコアを赤く発光させ、神界ごとレイたちを巻き込んで自爆しようとした、その時だった。
レイが一瞬で距離を詰め、その分厚い白金の装甲に掌を当てた。
「お前らには心がないから、テイムはできない。……だったら、心が溶けるくらい温めて(オーバーロードさせて)やるよ!」
【慈愛の箱庭】の力を、全開で叩き込む。
魂を癒やす無償の愛の魔力。だが、それを受け止める「心」を持たない純粋な機械にとって、その優しすぎる莫大なエネルギーは、回路を焼き切る猛毒(熱)と同義だった。
「ピィィ……システム……理解、不能……熱イ……温カ、イ……」
四大天使のコアが、自爆の臨界点に達する前に、限界を超えたレイの『温かい魔力』によってプスリと音を立てて溶け落ちた。
巨体がゆっくりと傾き、完全に沈黙する。
後に残ったのは、冷たく静かだったはずが、すっかり破壊の跡と極彩色の魔力に彩られ、魔物たちの熱気でむせ返るような「騒がしい空間」へと変貌した神界の姿だった。
「……ふぅ。これで露払いは終わりだな」
レイは額の汗を拭い、奥へと続く広大な道の先を見据えた。
そこには、一際巨大で、禍々しいほどに美しい黄金の扉がそびえ立っている。
『システムルーム(管理者領域)』。
このふざけたデスゲームを仕掛けた、孤独で理不尽な神様が引きこもっている部屋だ。
「よし、みんな! 行くぞ! 扉の奥で震えてる神様の首根っこ掴んで、説教してやろうぜ!」
「「「オオォォォォォォォォォォッ!!!」」」
レイの力強い宣言と、家族たちの歓喜の咆哮が、神の御膝元に高らかに響き渡る。
圧倒的な力と知略、そして何より揺るぎない「絆」を武器に。慈愛の遠征軍は、いよいよ最後の扉へとその手をかけたのだった。




