3話 レベル上げと異常なステータス
3話 レベル上げと異常なステータス
あれからどれくらいの時間が経っただろうか。迷宮特有の薄暗さのせいで昼夜の感覚すら曖昧になる中、俺たちは着実に階層を上り続けていた。
現在地は第195階層。最下層から出発するというおかしな道のりだが、俺の周りにはすでに心強い「家族」たちがいる。
「コハク、右から回り込め! ゴルは俺の合図で正面から押し返せ!」
「ワォォンッ!」
「グルァッ!」
俺の指示に即座に呼応し、コボルトのコハクが目にも留まらぬ速度で壁を蹴って跳躍する。
標的は、三つ首を持つ巨大な毒蛇・ヒュドラ変異体。巨体がうねり、中央の首が俺たちに毒液を吐きかけようとしたその瞬間、コハクの鋭い爪が右の首の急所を的確に斬り裂いた。
苦痛に身悶えするヒュドラの隙を見逃さず、ゴブリンの戦士・ゴルが身の丈ほどもある大剣を振り被り、正面から猛然と突進する。重戦車のような一撃が中央の首を深々と叩き斬った。
「ピュイィィィッ!」
そしてトドメとばかりに、俺の肩から飛び出したスライムのリムが、空中で自らの身体を高速回転させながら巨大な高水圧の刃——『ウォーターカッター』を放つ。それは鋼鉄すら両断する威力で、残ったヒュドラの首を綺麗に刎ね飛ばした。
ズゥゥゥンッ……!
地響きを立てて崩れ落ちるヒュドラが光の粒子となって消え去り、あとには上質な魔石がゴロゴロと転がった。
「ふぅ……よし、みんな完璧な連携だったな! お疲れ様!」
「ピュイ♪」
「クゥ〜ン」
リムが誇らしげに俺の頭に着地し、コハクは尻尾を千切れんばかりに振って俺の膝にすり寄ってくる。寡黙なゴルも、どこかドヤ顔で大剣を背中に収めていた。
「さて、ちょうどここが休憩所のようだし、少し休んでいこうか」
俺たちは重厚な扉を開け、10階層ごとに用意されているという『休憩所』に足を踏み入れた。
そこには淡い光を放つ魔石のランプが灯り、こんこんと清らかな水が湧き出る『回復用泉』が備え付けられていた。泉の水を口に含むと、戦闘の疲労が嘘のようにスゥッと引いていく。
「そういえば、だいぶ戦ったし、レベルもかなり上がったはずだよな。ちょっと確認しておくか」
俺はふかふかの絨毯の上に腰を下ろし、久しぶりに「ステータス」と念じた。
目の前に半透明のウィンドウが展開される。
【名前】天導 零
【レベル】42
【スキル】森羅万象の簒奪者、慈愛の箱庭
【ステータス】
筋力:18,500(※一般兵士の平均:50)
魔力:24,000(※中級冒険者の平均:100)
俊敏:15,200
「…………バグかな?」
俺は思わず目を擦った。レベルが42まで上がっているのはわかる。だが、数値の上がり幅がおかしすぎる。
初期値の『筋力500・魔力999』の時点で一般兵士や中級冒険者をはるかに凌駕していたのに、今や桁が二つも違う。軽く剣を振るだけで迷宮の壁を粉砕してしまうため、最近は『森羅万象の簒奪者』で相手の魔術や体術を瞬時に模倣・最適化し、いかに「力を極限まで抑えて戦うか」という謎の縛りプレイ状態になっていた。
「俺一人で軍隊を滅ぼせるんじゃないか、これ……」
ため息をつきながらウィンドウを閉じようとしたその時、端の方に見慣れないタブが追加されていることに気がついた。
『テイムモンスター管理』
「ん? なんだこれ……」
好奇心からそのタブをタップしてみると、ウィンドウが横に広がり、俺の周囲でくつろいでいるリム、コハク、ゴルの姿がアイコンとして表示された。
どうやら、テイムした魔物たちのステータスや状態を確認できる機能らしい。
「どれどれ、まずは先輩のリムから……って、はぁっ!?」
表示されたリムのステータスを見て、俺は素っ頓狂な声を上げた。
【名前】リム
【種族】スライム・エンペラー(幼体)※変異進化
【レベル】38
【スキル】物理無効、全属性魔法Lv.7、王の威圧
【ステータス】
魔力:8,500
耐性:9,999
「す、スライム・エンペラー!? いつからそんな大層な種族に……!?」
俺の頭の上で「ピュイ?」と首を傾げている(ように見える)青いスライムは、どう見ても迷宮の最弱モンスターにしか見えない。しかし、魔力8,500といえば、人間の大魔導士すら鼻で笑うような数値だ。物理無効に至っては反則である。
震える指で、次にコハクのアイコンを開く。
【名前】コハク
【種族】シャドウ・フェンリル(亜種)※変異進化
【レベル】35
【スキル】影歩き、絶対回避、雷爪乱舞
【ステータス】
筋力:4,200
俊敏:7,800
「……シャドウ・フェンリル。ただのコボルトだったよな、お前……?」
「ワォン!」
元気よく返事をするコハクだが、そのステータスは間違いなく伝説級の魔獣のそれだ。俊敏7,800という数字は、音速を超えて移動できるレベルだろう。先ほどの戦闘で目にも留まらぬ動きをしていたのも納得である。
最後に、ゴルのステータスを開く。
【名前】ゴル
【種族】鬼神※変異進化
【レベル】35
【スキル】剛力無双、自己再生、闘鬼化
【ステータス】
筋力:8,800
耐久:6,500
「いや、ゴブリンからオーガ・ロードって、進化の系統を飛び越えすぎだろ!」
「グルゥ(照)」
照れたように頭を掻くゴルだが、その肉体は出会った時よりもふたまわり以上大きく、鋼のように引き締まっていた。
信じられない数値の羅列に、俺は頭を抱えた。
魔物は一般的に、強い魔力を持つ者の側で生きると影響を受けて進化しやすくなると説明書にあった。俺の『慈愛の箱庭』は、俺自身の規格外の魔力を直接対象の魂に注ぎ込み、繋がりを持つスキルだ。
つまり、俺の常軌を逸した魔力(現在24,000)を日常的に浴び続け、その愛情を一身に受けている彼らは、常識ではあり得ない突然変異的な進化——『神話級』へと片足を突っ込んだバケモノになりつつあるのだ。
「……そりゃあ、ヒュドラも瞬殺するわけだ」
普通なら恐ろしくて逃げ出すような状況かもしれない。
でも。
「ピュイ〜」
「クゥン、クゥン」
「グルァ」
俺が驚いて固まっているのを心配したのか、リムが顔にすりすりし、コハクが手を舐め、ゴルがポンポンと不器用な手つきで肩を叩いてくれた。
どんなに恐ろしいステータスを持っていようが、彼らが俺を慕う気持ちは、出会ったあの時から何も変わっていない。それが魂の底から伝わってくる。
「……ははっ。お前ら、強くなったなぁ。これで地上に出ても、誰にも負けないな」
俺は愛おしさが爆発して、三人をまとめて両腕でぎゅっと抱きしめた。
まだ見ぬ地上。そこがどんな世界であれ、この無敵で優しくて、ちょっと規格外すぎる「家族」がいれば、きっと上手くやっていける。
温かい毛並みや冷たいゼリーの感触に包まれながら、俺の孤独はとうの昔に消え去っていた。
——だが、俺はこの時まだ知らなかったのだ。
この「無敵で優しい家族」が、外界の人間たちから見れば『魔王の側近をあつめる最悪の魔物軍団』にしか見えないという、残酷な事実を。




