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慈愛の魔王。〜全ての生き物に慈愛を神への反逆〜  作者: 盆ちゃん


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28話 街の様子と神の啓示の真実と

28話 街の様子と神の啓示の真実と


『慈愛の魔王国』が産声を上げ、三日三晩にわたる盛大な建国祭が幕を閉じてから数日後。

 ヴェスペル大公国のエレオノーラ大公、獣人連合代表のザルガ、魔術師ギルド長、そして新生・神聖ルミナス教国の若き教皇ルカを乗せた視察の馬車隊が、旧教国領——現在の魔王国領へと足を踏み入れていた。

「……信じられん。あれが、本当にたった数日で建造されたというのか?」

 馬車の窓から身を乗り出した魔術師ギルド長が、震える声で呟いた。

 彼らの視線の先、かつて教国の禁呪によって見渡す限りの黒焦げの荒野と化していたはずの場所に、それはそびえ立っていた。

 高さ三十メートルにも及ぶ、継ぎ目の一切ない大理石のような純白の巨大城壁。陽の光を反射して神々しく輝き、さらにその表面には、最高位の魔術師ですら解析不可能な『慈愛と防護の結界』が淡い金色のオーラを纏って揺らめいている。

 どんな大国の王都の壁よりも強固で、そして美しい。それが、かつての最弱の少年と、彼を慕う魔物たちが力と魔法を合わせて創り上げた「平和の盾」であった。

「ガハハハッ! こりゃあ凄え! 我ら獣人の誇る戦士が束になっても、あの壁に傷一つ付けられる気がしねえぜ!」

「ええ。教国の威信を懸けた城壁すら、あれに比べれば泥細工も同然です」

 ザルガが豪快に笑い、ルカ教皇が苦笑交じりに同意する。

 やがて馬車が巨大な正門を潜り抜けると、彼らの目の前には、さらに信じがたい光景が広がっていた。

「おいおい、嘘だろう……」

 ザルガでさえ、思わず目を丸くして言葉を失う。

 活気。圧倒的なまでの生命の活気だった。

 幅の広い石畳のメインストリートには、大公国からの支援物資や、迷宮から採掘された素材を商う『巨大商店街』が軒を連ねている。

 だが、驚くべきはその住人たちだ。

 人間の商人が大声で客を呼び込み、その隣ではオークが軽々と巨大な荷車を引き、獣人の子供たちがシャドウ・ウルフの背中に乗って楽しそうに駆け回っている。店先では、ホブゴブリンが器用な手つきで迷宮産の巨大肉を串焼きにし、それをスラムから移住してきたであろう人間たちが美味そうに頬張っていた。

 種族の壁など、最初から存在しなかったかのような完璧な共存。

「大公閣下! 見てください、あそこを!」

 ルカが指差した先には、湯気をもうもうと上げる巨大な和風建築——『公衆大浴場(銭湯)』があった。暖簾をくぐって出てくるのは、顔を真っ赤にしたドワーフや人間、そして頭に手ぬぐいを乗せたスライムたちだ。

 さらに街の外縁部に目を向ければ、焼野原だったはずの土地は緑豊かな超豊穣の農地へと変貌し、植物系の魔物と農民たちが肩を並べて農作業に汗を流している。

「そして……極めつけは、あれね」

 エレオノーラ大公が、街の入り口付近に堂々と建てられた巨大な施設を見上げた。

 看板には剣と盾の紋章——『冒険者ギルド・魔王国総本部』と刻まれている。

「魔物の国に、魔物を狩る冒険者の拠点。本来なら水と油、絶対に交わらないはずの存在よ。でも……」

 大公の視線の先では、迷宮ダンジョンから帰還したばかりの完全武装の冒険者たちが、街の警備をしているリビングアーマーとハイタッチを交わし、ミノタウロスの営む酒場へと意気揚々と吸い込まれていく姿があった。

 街での戦闘を禁じる代わりに、無限に魔物が湧く迷宮を最高の狩り場として提供し、最下層到達者には「魔王帝都のVIP滞在権」を与えるというレイの規格外の政策。それは、血の気の多い冒険者たちのエネルギーを見事に「迷宮探索」と「街の経済循環」へと変換し、完全な共生関係を築き上げていたのだ。

「……奇跡だ。我々が何百年かけても成し得なかった真の平和が、この街にはある」

 ルカ教皇の目から、感動の涙がこぼれ落ちた。

 ***

 街の中央に建造された、迎賓館を兼ねたレイの執務室。

 視察を終えた首脳陣は、ホログラム越しではなく、ついに直接、慈愛の魔王・天導零との対面を果たした。

「ようこそ、『慈愛の魔王国』へ! 皆さんのおかげで、最高の街ができました!」

 レイは満面の笑みで彼らを迎え入れた。肩にはリムが乗り、背後には人化の術で執事やメイドの姿となったドッペルやシルフィアたちが控えている。

「ええ、本当に素晴らしい街よ、零。貴方の慈愛と、彼ら魔物たちの力が合わされば、こんなにも美しい国が生まれるのね」

 エレオノーラ大公は、まるで我が子の成長を喜ぶようにレイの肩を優しく叩いた。

 和やかな歓談と、今後の交易路の拡大、冒険者のルール整備などについての前向きな話し合いが行われ、大陸の平和は盤石なものとして確認された。

 だが、会議が終盤に差し掛かった時。ルカ教皇がスッと表情を引き締め、姿勢を正した。

「零殿、大公閣下。……本日は、もう一つ、皆様に重大なご報告があります。私が教皇に就任し、教国の最も深い『禁書庫』の記録を洗い直した結果、判明した恐るべき事実です」

 ルカのただならぬ気配に、執務室の空気がピンと張り詰める。

「……神の啓示の真実、についてですか?」

 シルフィアが鋭く問いかけると、ルカは重々しく頷いた。

「はい。前教皇は『魔王が世界を滅ぼす』と神託を歪めて大義名分にしていましたが……実際の神の言葉は『奈落より強大なる力が目覚める。世界は岐路に立つ』という曖昧なものでした。では、なぜ神はあのような啓示を下したのか。なぜ、零殿のような無垢な少年を、わざわざ理不尽なステータスを与えて最下層に配置したのか」

 ルカは一枚の古びた羊皮紙のコピーをテーブルに広げた。そこには、数千年単位での大陸の人口推移と、過去に起きた『天災』や『魔王出現』の歴史が記されていた。

「記録によれば、この世界ではおよそ数百年周期で、人口が一定のラインを超えると、必ず『強大な魔王』が現れるか、教国が『聖戦』と称して大戦争を起こしています。……その結果、必ず大陸の人口は『半減』しているのです」

「……ッ! それじゃあ、神の目的は……」

 レイが息を呑む。

「ええ。神が望んでいたのは、魔王による破壊でも、教国による大陸統一でもありません。ただ単に『増えすぎた人類の数を減らす(間引き)』ことだったのです」

 ルカの冷酷な推理に、ザルガやギルド長も絶句した。

 神にとって、地上の人間など盤上の駒に過ぎない。魔王が地上を蹂躙して人間を減らそうが、教皇が魔王の脅威を煽って人間同士の凄惨な戦争(焦土作戦など)を起こして勝手に死のうが、神の目的である「間引き」が達成できればどちらでもよかったのだ。

「だからこそ、神は零殿を圧倒的な力を持たせてダンジョンに配置し、同時に教国に神託を下した。両者が激突し、凄まじい血が流れる『最悪の舞台』を整えるために」

「ふざけるな……!」

 レイの拳が、ギリッと強く握りしめられる。

「そんなふざけた理由で、俺たちを争わせようとしたのか! 村の人間たちを、俺の家族たちを、ただの『数合わせ』のために殺させようとしたのか!」

「だが、神の計算は完全に狂ったわ」

 エレオノーラ大公が、静かに、しかし力強く告げた。

「零、貴方の『慈愛』が、魔物たちから残虐性を奪い、対話を可能にした。そして私たち人間が、神の言葉を疑い、貴方と手を取り合った。その結果……血は一滴も流れず、誰も死なず、逆に人間と魔物が共存する最強の国が生まれてしまった」

 神が用意した「死の盤面」を、彼らは完全にひっくり返し、一人の犠牲者も出さずに「平和の盤面」へと書き換えてしまったのだ。

「……神は、この結果を許さないでしょう」

 ルカが、天井——遙か空の彼方を見上げるように言った。

「間引きが失敗した以上、神は自らの手で、あるいは新たな理不尽なシステムを使って、この大陸に、そして零殿の国に直接的な『介入』をしてくる可能性が高いです」

 執務室に重苦しい静寂が落ちる。

 真の黒幕は教国ではなく、この世界を弄ぶ『神』そのものだった。

 だが、レイの瞳に恐怖はなかった。彼は顔を上げ、周囲を囲む大切な家族たち、そしてエレオノーラ大公たちを見渡した。

「神様だろうが、なんだろうが関係ない。俺はもう、孤独で怯えていたあの日の俺じゃないんだ」

 レイの言葉に呼応するように、ゴルが静かに闘気を漲らせ、ガルムとコハクが喉の奥で力強く唸る。リムがレイの頬にすり寄り、シルフィアが決意に満ちた微笑みを浮かべた。

「この国には、俺の大切な家族がいる。人間も、魔物も、みんなが笑って暮らしてる。……誰が相手でも、俺はこの手にある『力』と『慈愛』で、全部護り抜いてみせる!」

 その揺るぎない王の宣言に、エレオノーラも、ザルガも、ルカも、力強く頷いた。

 人間と魔物が手を取り合い、大陸の平和は成った。

 だが、彼らの戦いはまだ終わらない。優しき魔王とその家族たちは、この愛する世界を神の理不尽から護り抜くため、新たなる脅威へと立ち向かう決意を固めるのだった。

 ——『大陸編』完。

 次なる舞台は、世界そのものの理に抗う『神魔大戦編』へと続いていく。


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