24話 緊急大陸会議の発令と召還と
24話 緊急大陸会議の発令と召還と
大公国と魔王軍による完璧な防衛と無血開城から、数日が経過した。
この数日間、神聖ルミナス教国の中枢は、まるで分厚い鉛に覆われたかのような『不気味な沈黙』に包まれていた。
「……まだか。ヴェスペル大公国からも、各国の諜報部隊からも、何の音沙汰もないのか!?」
大聖堂の神託の間。教皇は血走った目で、震える異端審問局長と枢機卿たちを怒鳴りつけた。
迷宮の入り口で教国の主力軍が魔王に降伏(事実上の武装解除)したという断片的な報告を最後に、一切の公式な情報が途絶えてしまったのだ。
大公国が教国の偽装部隊を捕縛したという事実も、迷宮の入り口での一件も、通常であればすぐにでも大公国側から「国際的な非難声明」や「宣戦布告」が叩きつけられてしかるべきである。
しかし、何もない。ヴェスペル大公国は沈黙を保ち、魔王軍が地上で暴れ回っているという報告すら上がってこない。
「猊下、こ、これは嵐の前の静けさです。大公国は何か……何かとてつもない策を練っているに違いありません!」
「黙れ局長! 貴様が戦場から無様に逃げ帰ってきたから、正確な状況が掴めないのだろうが!」
「ひぃッ……!」
教皇が局長に八つ当たりをした、その時だった。
扉が開き、一人の高位司祭が恭しく一枚の書状を奉り持ってきた。
「教皇猊下。大陸の中立国および反教国連盟の総意として、『緊急大陸会議』の開催を通達する親書が届きました。教国の全権代表としての出席を求められております」
「緊急大陸会議だと……!」
教皇はひったくるように書状を奪い取り、内容に目を走らせた。そして、険しかったその表情が、みるみると『安堵』と『嘲笑』へと変わっていった。
「フ、フハハハッ! 見よ、局長、枢機卿ども! 開催地は、我が教国と大公国の国境中央に位置する『聖都エルシオン』だ!」
「聖都エルシオン……我が教国が管理する、歴史ある聖なる中立都市ですね」
「その通りだ! 連中は我が教国に恐れをなし、完全に中立の場ではなく、我が方の領地に近い場所を指定してきたのだ。……ヴェスペル大公国め、我らの偽装部隊を捕らえたところで、魔王という『絶対悪』と手を組んだという事実は消せん。連中はこの会議で、我々に歩み寄ろうとしているに違いない!」
教皇の思考は、完全に自らの都合の良い方向へと歪んでいた。
自分の息がかかった聖都であれば、いざという時には駐留している聖騎士団を動かせる。最悪の事態は免れた。そこで大公国の非を並べ立て、強引に教国の正当性を主張すれば、まだ盤面はひっくり返せる……そう、思い込んでしまったのだ。
だが、教皇たちは知る由もなかった。
この数日間の沈黙の裏で、彼らの首を刎ねるための『ギロチンの刃』が、どれほど周到に、かつ冷徹に磨き上げられていたかを。
***
時計の針を数日前に戻す。
大公国の地下作戦室と、教国中枢に潜む若き司教・ルカの隠し部屋は、極秘の魔力通信で昼夜を問わず緊密に繋がっていた。
『ルカ司教。大公閣下よりお預かりした「映像記録の魔水晶」の複製品を、手配した秘密ルートですべてそちらへ転送しました』
『感謝します、ギデオン長官。……拝見しました。教皇の狂気、局長の逃亡、そして魔王殿の……傷ついた敵兵すら癒やす、圧倒的な慈愛。これを前にして、目を覚まさない聖職者はいません』
ルカの手元には、教国の腐敗と魔王の真実を克明に映し出した数十個の魔水晶が並んでいた。
ルカの役目は、この数日間の沈黙を利用して、教国内部に残る『本物の良心を持つ者たち』——狂信に染まりきっていない清廉な司祭や、民を護るという誇りを持った聖騎士の部隊長たちへ、極秘裏に根回しを行うことだった。
深夜の大聖堂の地下礼拝堂。
ルカの呼びかけで密かに集まった数十名の若き聖騎士と司祭たちは、空中に投影された魔水晶の映像を見て、愕然とし、次いで怒りで全身を震わせた。
「なんだ、これは……! 局長閣下が、自軍の兵士を禁呪で焼き払ったというのか!?」
「教皇猊下が我々を騙していた……!? 魔王は破壊の化身などではなく、我々の命を救ったと……!」
映像の中で、局長が自分たちを見捨てて逃亡する無様な姿と、火傷に苦しむ兵士を優しく治癒する魔王の姿が、痛烈な対比となって彼らの心に突き刺さる。
「兄弟たちよ。これが、我々が命を懸けて信仰してきた神の代行者の真実です」
ルカは血の滲むような声で、彼らに語りかけた。
「教皇は神の教えを己の欲のために歪め、民を焼き殺そうとしました。対して、魔王と呼ばれた天導零殿は、一切の血を流さず、真の慈愛を示しました。……我々が護るべきは、狂った教皇の権威ですか? それとも、名もなき民草の命と、本物の平和ですか!」
「……許せん」
一人の聖騎士が、ギリッと拳を握りしめ、涙を流しながら立ち上がった。
「我々の信仰は、決して老害の権力欲を満たすためのものではない! ルカ司教、我々はどうすればいい! 教国の真の誇りを取り戻すために、この命をどう使えばいい!」
「私も同感だ! 悪魔は迷宮の底ではなく、あの玉座の上にいたのだ!」
次々と立ち上がり、ルカに同調する良心派の者たち。
ルカは深く頷き、彼らに大陸会議の全貌を伝えた。
「数日後、緊急大陸会議が開かれます。場所は『聖都エルシオン』。教皇は自分の息がかかった都市だと安堵するでしょうが……その都市の警備を担うのは、我々良心派の聖騎士団です。すでにエルシオンの司祭長も、この映像を見て我々に協力することを誓ってくれました」
そう、教皇が「自分の陣地」だと信じて疑わなかった聖都エルシオンは、ルカの決死の根回しによって、すでに『反教皇派』の完全な支配下に落ちていたのである。
一方、地上ではヴェスペル大公国のエレオノーラ大公が、中立国や商業国家の首脳たちに水晶の映像を送りつけ、「誰が世界の真の敵か」を完全に知らしめていた。
すべての包囲網は完成した。
誰一人として、教皇に味方する者は残っていない。
***
そして、会議当日。
教国の大聖堂から、教皇、異端審問局長、そして彼らに癒着する数名の腐敗枢機卿を乗せた豪奢な馬車が、聖都エルシオンに向けて出発した。
「フン。ヴェスペル大公国め、今頃震え上がっていることだろう。我々は神の代行者なのだ、多少の犠牲など『聖戦の必要悪』として捻じ伏せてくれるわ」
馬車の中で、教皇はワイングラスを傾けながら傲慢に笑った。
「左様でございますとも。魔王がいくら強大であろうと、所詮は言葉も通じぬ獣。エルシオンの神聖騎士団を動かせば、大公国も容易に手出しはできません」
局長もまた、己の命が繋がったと勘違いし、醜く同調する。
馬車の窓から見える外の景色は、彼らの破滅を祝福するかのように見事な快晴だった。
彼らは気づいていない。
馬車を護衛している聖騎士たちの瞳に宿る、氷のように冷たく、怒りに満ちた視線に。
エルシオンで彼らを待ち受けているのが、輝かしい外交の勝利などではなく、全世界の重鎮と、慈愛の魔王陣営が用意した『絶対的な断罪の処刑台』であるということに。
「さあ、急げ! 愚か者どもに、神の威光と裁きを下す刻だ!」
教皇の高笑いが馬車の中に響き渡る。
自ら退路を断ち、完璧に仕組まれたギロチンの下へと嬉々として首を差し出しに向かう哀れな狂信者たち。
世界を覆す大逆転の舞台、緊急大陸会議の幕が、いよいよ開かれようとしていた。




