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慈愛の魔王。〜全ての生き物に慈愛を神への反逆〜  作者: 盆ちゃん


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22話 局長の失敗と慈愛の魔王

22話 局長の失敗と慈愛の魔王


業火の黒煙を切り裂き、完全に粉砕された迷宮の石門から姿を現した『慈愛の魔王』とその家族たち。

 無傷で悠然と立ち並ぶ彼らの姿を前に、異端審問局長の顔面は紙のように蒼白になっていた。

「ば、馬鹿なッ……! 迷宮の出口ごと、直撃したはずだ! なぜ傷一つ負っていない!? なぜ生きて……ヒィッ!?」

 局長は恐怖で腰を抜かしそうになりながら、後ずさった。

 彼ら教国が絶対の自信を持っていた『聖浄の業火』は、最前列で壁となっていたオーガ・ロードのゴルと、リビングアーマーのガイが展開した極大の物理・魔法複合障壁によって、完全に弾き返されていたのだ。

「ひ、ひぃぃぃっ! や、やれ! 聖騎士ども、異端審問官ども! 奴らをここで食い止めろ!」

 局長は血走った目で周囲の部隊長たちに怒鳴り散らした。

「貴様らは神の盾だ! 命に代えても魔王を足止めしろ! わ、私は教皇猊下にこの緊急事態をご報告しなければならん! 後は任せたぞ!!」

 そう叫ぶや否や、局長は自分を守るはずの近衛兵すら置き去りにして、陣地の奥に停めてあった馬車へと全速力で駆け出し、無様に戦場から逃亡を図った。

 味方を巻き込む禁呪を命じた挙句、残存部隊に死の足止めを強要し、自分だけが真っ先に尻尾を巻いて逃げ出す。

 その一切の矜持も信仰心もない醜悪な逃亡劇は、エレオノーラ大公が周囲の高台に仕掛けていた無数の『映像記録の魔水晶』によって、逃さず克明に録画されていた。後にこの映像が大陸会議で公開され、彼と教皇の首を物理的・社会的に撥ね飛ばす最大の決定打となることを、逃げ惑う局長は知る由もない。

「お、局長閣下……!?」

「クソッ、我らを見捨てるというのか!」

 取り残された聖騎士や異端審問官たちは絶望に顔を歪めたが、彼らに逃げるという選択肢はなかった。背後には教国の威信があり、目の前には神託で名指しされた魔王がいるのだ。

 彼らは恐怖で震える足に鞭を打ち、半狂乱になって武器を掲げた。

「う、うおおおおっ! 神の敵め、死ねェェェッ!!」

 数千の残存兵が、決死の特攻を仕掛けてくる。

 だが、迎え撃つ俺たち魔王軍の動きは、彼らの悲壮な覚悟を根本からへし折るほどに『優しすぎた』。

「みんな、大公閣下との約束通りだ! 相手は怯えてるだけだ、絶対に殺すなよ! 怪我人には手を出さず、動ける奴だけ武装解除しろ!」

「「「オオォォォォォッ!!」」」

 俺の号令とともに、巨大な魔物たちが一斉に散開する。

 ゴルは襲いかかってくる聖騎士たちの剣を素手で受け止め、まるで子供をあやすように優しく薙ぎ払って気絶させる。

 ガルムとコハクは敵の陣形を瞬きする間に駆け抜け、牙と爪で『武器だけ』を正確に粉砕していく。

 上空からはシルフィアとリムが連携し、柔らかい突風と凍結魔法で敵の足を地面に縫い付け、一切の流血を伴わずに次々と無力化していった。

「な、なんだこいつら……!? なぜトドメを刺さない!?」

「化け物め、我らを嬲り殺しにする気か!」

 武器を失い、へたり込む聖騎士たちが恐怖に叫ぶ中。

 俺は一直線に、先ほどの『聖浄の業火』の余波に巻き込まれ、全身に重度の火傷を負って呻いている教国兵たちの元へと駆け寄った。

「痛かったな。もう大丈夫だ」

 俺は剣を置き、血と泥に塗れた敵兵の体に両手をかざした。

 【慈愛の箱庭エデンズ・ハグ】の力が、純粋な回復魔法へと変換されて溢れ出す。

 温かく優しい金色の光が辺り一帯を包み込むと、業火で爛れた彼らの皮膚が瞬く間に再生し、苦痛のうめき声が安堵の吐息へと変わっていった。

「あ……あぁ……?」

「嘘だ……痛みが、火傷が消えている……?」

 治療を受けた兵士たちは、自分の体を見つめ、そして目の前で優しく微笑む『黒髪の魔王』を見上げて完全に呆然としていた。

「どうして……お前は神の敵だろう? なぜ、我々を助ける……ッ。我々はお前を、お前たちを焼き殺そうとしたんだぞ!」

「あんたたちが神の敵だと思ってるからって、俺があんたたちの敵にならなきゃいけない理由はないだろ?」

 俺は兵士に手を差し伸べ、立ち上がるのを手伝いながら言った。

「それに、あんたたちを焼いたのは俺じゃない。あんたたちの上の人間だ。……味方ごと焼き払うような奴らの命令で、あんたたちが死ぬ必要なんてないんだよ」

 その言葉と、圧倒的な慈愛の光。

 神の代行者(局長)は自分たちを焼き、見捨てて逃げた。

 神の敵(魔王)は自分たちを傷つけず、火傷を癒やしてくれた。

 目の前で起きたあまりにも残酷で、あまりにも温かい『真実』を前に、聖騎士と異端審問官たちは皆、膝から崩れ落ちて武器を捨てた。狂信の呪縛が解け、ぽろぽろと大粒の涙を流して嗚咽を漏らす者すらいた。

 そして、戦場が一切の血を流すことなく完全な制圧に至った、まさにその時である。

 パァァァンッ!!

 夜明けの空気を震わせる、高らかなラッパの音が鳴り響いた。

 西の丘陵地帯から、地響きを立てて現れたのは、白銀の鎧を朝日に輝かせる大軍勢——ヴェスペル大公国の『近衛騎士団』であった。

 その先頭で、純白の美しい軍馬に跨り、豪奢な軍服と真紅のマントを翻して進み出てきたのは、他でもないエレオノーラ大公閣下その人だ。

「——そこまでよ、教国の哀れな迷える子羊たち」

 大公の凛とした声が、魔術によって戦場全体に響き渡る。

 彼女の背後には、大公国最強の隠密『幻影の刃』のジンたち三人と、人間の姿をとった俺の使者たち(ドッペル、ファント、シャドウ)が恭しく控えていた。

「大、大公閣下……!? なぜヴェスペルの軍がここに!」

 武装解除された教国の部隊長が、震える声で叫ぶ。

「貴方たちを『真の悪魔』から救うためよ」

 エレオノーラ大公は馬から降り、俺の隣まで歩み寄ると、周囲に配置された映像記録の魔水晶を指し示した。

「教皇は狂っていたわ。権力と覇権のために魔王の脅威を捏造し、あまつさえ貴方たち最前線の兵士や、周辺の村人ごと禁呪で焼き払い、その罪を彼らになすりつけようとした。……先ほどの局長の逃亡劇も含め、すべてはこの水晶に記録され、大陸中に公開されることになっているわ」

「そ、そんな……猊下が我々を、生贄に……」

「我々の信仰は、一体何だったというのだ……!」

 大公が突きつけた無慈悲な真実に、教国兵たちは完全に顔を覆って絶望した。

 そんな彼らを、大公は冷たくも、どこか哀れむような目で見下ろす。

「だが、貴方たちは生かされた。教皇に見捨てられた貴方たちの命を救ったのは、貴方たちが『化け物』と呼んで忌み嫌っていた、この優しき天導零殿とその家族たちよ」

 大公が俺の肩にそっと手を置く。

 数千の教国兵たちの視線が、一斉に俺へと集まった。

「見なさい! これが魔王軍の真実よ! 彼らは誰一人として殺さず、怪我人を癒やし、ただ平和と対話を求めて地下からやってきた! 神の言葉に盲従し、何も見ようとしなかった貴方たちとは違う。私は、我がヴェスペル大公国は、この慈愛の王と固い同盟を結び、狂った教国に反旗を翻す!!」

 大公の宣言は、確かな「歴史の転換点」として戦場に響き渡った。

 教国の兵士たちはもはや誰も反論せず、ただ圧倒的な真実と、自分たちを救ってくれた魔王軍の温かさに打ちのめされ、深く平伏するしかなかった。

「……やり遂げたわね、零。貴方たちの無血の勝利よ」

 エレオノーラ大公が、俺に向かってふわりと、通信の時と同じ優しい笑みを向けた。

「大公閣下のおかげです。……本当に、地上まで来てよかった」

 俺は、隣で嬉しそうに尻尾を振るコハクとガルム、頭の上で跳ねるリムたちを見回し、心の底から安堵の息を吐き出した。

 最下層での圧倒的な孤独から始まり、数え切れないほどの魔物を「家族」として迎え入れ、神の敷いた最悪のレールをぶち壊して辿り着いた地上の光。

 今、記録用の魔水晶は、狂信者たちの敗北と、人間の大公と魔王が手を取り合って微笑む、この上なく美しい光景を映し出していた。

 偽りの神の時代が終わり、優しき魔王と大公が新たな平和の礎を築き上げる。

 誰も血を流さず、誰も涙を流さない、これ以上ない最高のハッピーエンドが、今ここから始まろうとしていた。


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