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慈愛の魔王。〜全ての生き物に慈愛を神への反逆〜  作者: 盆ちゃん


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21話 3日目の夜明けの攻防と完璧な作戦

21話 3日目の夜明けの攻防と完璧な作戦


大公国と慈愛の魔王陣営による歴史的な同盟会議から、三日目の夜明け。

 世界を覆す壮大な反逆劇は、教国側の『最悪のパニック』という形で幕を開けた。

 神聖ルミナス教国が迷宮の入り口に敷いた大包囲網。

 極度の疲労と疑心暗鬼、そして底を突きかけた兵糧によって、数万の聖騎士たちは立ったまま意識を飛ばしかけていた。探知用の巨大な魔水晶に供給される魔力石も、今まさに最後の輝きを失い、消灯しようとしていたその瞬間——。

 ピィィィィィィィィィィィィッ!!!

 突如として、野営地の中央に設置された巨大魔水晶が、眼球を焼くほどの刺々しい深紅の光を放ち、鼓膜を破らんばかりの警報音を鳴らし始めたのだ。

「な、なんだ!? 何事だ!」

「き、局長閣下! 大変です、魔水晶が……探知水晶が振り切れています!!」

 天幕から飛び出してきた異端審問局長と聖騎士団長に対し、青ざめた観測兵が絶叫した。

「第130階層で完全に停止していた巨大な魔力群が、突如として動き出しました! 階層の転移陣を連続稼働させています! その速度、異常です! 第50階層、第30階層、第10階層……っ、あと数分で第1階層(地上)に到達します!!」

「ば、馬鹿な!? なぜこのタイミングで……っ、陣形を整えろ! 迎撃態勢だ!」

 聖騎士団長が声を枯らして叫ぶが、二週間もの間、何もない虚空を睨み続けて限界を迎えていた兵士たちに、急な迎撃などできるはずもなかった。

 武器を落として右往左往する者、恐怖で腰を抜かす者。数万の軍勢は統率を失い、ただの烏合の衆と化して同士討ちすら始めかねない大混乱に陥っていた。

「駄目だ、間に合わん!!」

 局長は鉄仮面の奥で、ギリッと歯を食いしばった。

 限界まで疲弊しきったこの状況で、神話級のバケモノの群れに正面から衝突されれば、教国軍は一瞬で瓦解する。魔王に地下で大人しくされては困るが、自分たちの準備が整っていない状態で来られるのは最も困るのだ。

 恐怖と焦燥が、彼の理性を完全に焼き切った。

「総員、後退しろ! 迷宮の入り口から距離を取れ! ……ええい、構わん! 今すぐ『聖浄の業火(禁呪)』を起動させろ!!」

「し、しかし局長! まだ周辺の村々に避難勧告を出していません! それに、最前線の我が軍の兵士たちも退避が間に合わず、巻き込まれます!」

「構わんと言っているのが聞こえんのか! これが神の意志だ、些末な犠牲は気にするな! 撃てェェェッ!!」

 自らの命と保身を最優先した局長の怒号により、あらかじめ迷宮周辺の山々に配置されていた巨大な魔導砲台が一斉に火を噴いた。

 空が不気味な黄金色に染まり、次の瞬間——太陽が墜落してきたかのような超高熱の炎の雨が、迷宮の入り口と、無防備な最前線の聖騎士たち、そして近隣の村々へと容赦なく降り注いだ。

 ***

 その頃、迷宮からほど近い名もなき辺境の村。

 教国の「聖浄の業火」の標的となっていたこの場所では、大公国の暗躍によって八割の人間がすでに村を離れていた。しかし、先祖代々の土地を離れることを拒んだ老人や、動けない病人たちが数十名ほど残っていた。

「ばあさん……空が、空が燃えておるぞ」

「おお、神よ……ついに魔王がこの地を滅ぼしに来たのですね」

 黄金色の死の雨が村へ降り注ぐのを絶望の目で見上げる老夫婦。

 しかし、その炎が彼らの粗末な家屋を焼き払う直前。

「——【多重展開・聖盾の天蓋アイギス・キャノピー】!!」

 村に『流れの薬師』として滞在していた青年が、突如として空に向かって杖を突き出し、叫んだ。

 青年の手から放たれた極大の魔力が、村全体を覆う巨大な半透明の光のドームを形成する。

 ズドォォォォォォンッ!!

 轟音と共にドームに衝突した禁呪の炎は、村に一粒の火の粉も落とすことなく、防壁の表面で激しく弾け散った。

「な、なんだ……!? 薬師の兄ちゃん、お前さん、一体……」

「おじいさん、おばあさん! 皆さん、急いで村の地下の貯蔵庫を改築したシェルターへ! 地上はもう持ちません!」

 青年——ヴェスペル大公国から派遣された精鋭魔術師は、呆然とする村人たちを誘導し、強固な地下シェルターへと避難させた。

 分厚い石壁と結界に守られた地下室で、地上から響く地鳴りのような爆音に震える村人たち。

 彼らに向かって、青年は静かに、しかし明確に真実を告げた。

「今、皆さんの頭上に炎を降らせているのは、魔王ではありません。皆さんが信仰してきた『神聖ルミナス教国』の軍です」

「なっ……!? そ、そんな馬鹿な! 教国様が、我らを見捨てて村ごと焼くなど……!」

「事実です。彼らは魔王討伐という大義名分のために、あなた方を焼き殺し、その罪を魔王に擦り付けようとしていたのです」

 残酷な真実に、村人たちは言葉を失い、へたり込んだ。

「私たちはヴェスペル大公国から、あなた方をお救いするために密かに派遣されました。……そして何より、あなた方の命を救ってほしいと、教国の罠を教えてくれたのは……他でもない、地下から昇ってくる『慈愛の魔王』様なのです」

「ま、魔王様が……我々を……?」

 神の代行者であるはずの教国が炎を降らせ、悪魔であるはずの魔王が助けを差し伸べた。

 価値観が完全に反転した瞬間だった。

 老夫婦はしわくちゃの顔を両手で覆い、裏切られた絶望と、救われた感謝が入り交じった大粒の涙を流して、深く、深く祈りを捧げた。それは神に対してではない。自分たちの命を繋ぎ止めてくれた、見知らぬ大公と、優しき魔王への祈りだった。

 ***

 同じ頃、教国とヴェスペル大公国の国境付近、鬱蒼と茂る『黒曜の森』。

「チッ、なんで俺たちがこんな臭えオークやゴブリンの被りモンをして、森を歩かなきゃならねえんだ」

「文句を言うな。これも教皇猊下の崇高な作戦だ。魔王軍の残党のフリをして、ヴェスペルの国境の町をいくつか火の海にする。そうすれば、中立派の愚か者どもも教国の傘下に入らざるを得なくなるからな」

 粗末な魔物の毛皮や牙を身につけ、松明や禍々しい武器を手にした教国の『偽装工作部隊』数百名が、大公国領へ向けて密かに歩を進めていた。

 彼らは自分たちの作戦が完璧に機能していると信じて疑っていなかった。

 ……頭上から、巨大な影が降ってくるまでは。

「ガハハハハッ!! 随分と貧弱で、お遊戯会みてえな魔物だなァ、オイ!!」

 ズゥゥゥンッ! と地響きを立てて教国の偽装部隊のど真ん中に降り立ったのは、身の丈二メートルを超える筋骨隆々な獅子の獣人——獣人連合のトップ、ザルガであった。

 驚愕して立ち止まる教国兵たちの周囲を、突如として眩い魔法の光が包み込む。

「な、なんだ!?」

「囲まれているぞ!!」

 木々の上から、茂みの奥から、そして地中から。

 エレオノーラ大公が極秘裏に配置していた『銀竜騎士団』と『魔導大隊』、そして獣人連合の戦士たちが、完全に偽装部隊を包囲していたのだ。

「全軍、突撃! 大公閣下より『命を奪うことだけは避けよ』と厳命が下っている! 急所を外し、骨をへし折って一匹残らず捕縛しろ! 奴らは教皇を断罪するための最高の『証人』だ!!」

 銀竜騎士団の団長が号令をかけると同時、圧倒的な暴力が偽装部隊を蹂躙し始めた。

 獣人たちが咆哮と共に突っ込み、教国兵の武器を叩き落としては、強烈な拳や蹴りで次々と昏倒させていく。逃げようとする者は、魔導大隊が放つ『拘束の雷撃』や『大地の縛鎖』によって完全に動きを封じられた。

 血は一滴も流れていない。しかし、森の中には骨が砕ける鈍い音と、教国兵たちの悲鳴だけが虚しく響き渡っていた。

「ひぃっ、や、やめろ……我々は神の使徒——」

「神の使徒が、魔物のコスプレをして他国を侵略するか! 見損なったぞ、教国の腰抜け共め!」

 ザルガが豪快に笑いながら、逃げ惑う部隊長の首根っこを掴んで軽々と持ち上げ、地面に叩きつけて気絶させた。

 教国が描いた卑劣な他国侵略のシナリオは、大公国の完璧な伏兵作戦の前に、開始わずか数分で、一人(一匹)の死者も出さないまま完全に制圧されたのである。

 ***

 迷宮の周辺の村々の保護。

 国境付近での偽装部隊の捕縛。

 そして、教皇が焦りのあまり自陣営ごと焼き払う自滅の瞬間の、魔水晶による録画。

 地上でエレオノーラ大公が指揮した『対策』は、誰一人として死者を出すことなく、教国に再起不能のダメージを与え、完璧な形で遂行された。

 残るは——。

 迷宮の入り口、教国の陣地。

 最前線の自軍兵士たちごと禁呪で焼き払い、見渡す限りの焦土と化した谷底を見下ろしながら、異端審問局長は肩で息をしていた。

 多くの部下が炎に巻かれて重傷を負い、うめき声を上げているが、彼の目には狂気に満ちた歓喜の色が浮かんでいた。

「フ、フハハハッ! やったぞ! 魔王軍が地上に出る直前、迷宮の出口ごと業火で焼き尽くしてやった! いかに神話級のバケモノであろうと、直撃すればただでは済まん! 神の勝利だ!!」

 局長が両手を天に掲げて絶叫した、その時だった。

 ——ズドォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!

 業火の煙が立ち込める迷宮の入り口。

 完全に崩落したはずの巨大な石門が、内側からの『圧倒的な物理の暴力』によって、紙くずのように吹き飛ばされたのだ。

「なっ……!?」

 局長と、生き残った聖騎士たちの顔が絶望に引き攣る。

 もうもうと立ち込める黒煙を切り裂き、炎の海を真っ二つに割って現れたのは——。

 漆黒の重甲冑を纏った鬼神オーガ・ロード、双頭の炎狼、無数のバケモノたちを従え、無傷で悠然と歩みを進める一人の黒髪の少年だった。

「……随分と、派手な歓迎をしてくれるじゃないか」

 天導零。慈愛の魔王の瞳が、怒りに金色の光を帯びて静かに輝く。

 地上のすべてを味方につけた最強の反逆者たちが、ついに教国の狂信者たちの眼前にその姿を現したのだった。


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