20話 反教国同盟と今後の展望
20話 反教国同盟と今後の展望
地下第200階層の本城、俺の執務室。
テーブルの中央に置かれた極秘魔導具『双星の交信珠』が青白い光を放ち、空中に鮮明なホログラム映像を展開していた。
映像の向こう側に映し出されているのは、遙か地上の西に位置するヴェスペル大公国。大公城の最深部にある広大な円卓会議室だ。
円卓の上座には、美しくも威厳に満ちたエレオノーラ大公。そして彼女を囲むように、幾人もの見知らぬ——しかし、一目でただ者ではないと分かる各国の重鎮たちが顔を揃えている。
そして、彼らの対面に立つ三つの黒い影。
人間の青年の姿をとるドッペル、実体を持つ幻影のファント、そして漆黒の闇に身を包むシャドウ。俺が遣わした三体の『平和の使者』たちだ。
『——よくぞ、我がヴェスペル大公国へ辿り着いてくれました。ジンたち「幻影の刃」から、あなた方の神業とも呼べる隠密行の報告は受けています。教国の絶対封鎖網を無傷で、しかも無音で突破するとは。我が国の精鋭たちも舌を巻いていましたよ』
エレオノーラ大公が、優雅に微笑みながら賛辞を贈る。
すると、ドッペルが一歩前に出て、完璧な貴族の礼を執った。
『お褒めに預かり、光栄の至りに存じます。しかし、我々は主の御心に従い、ただ血を流さずに歩みを進めたまでに過ぎません。すべては、慈愛の王の望む「平和な対話」を実現するため』
流暢な言葉遣い、一切の隙がない洗練された立ち振る舞い。
その姿を見た円卓の重鎮たちは、どよめきを隠せなかった。
『ほ、本当に彼らは「迷宮の魔物」なのか? これほど高度な知性と理性を持ち合わせているとは……』
『信じられん。教国の狂信者どもより、よほど人間らしい礼節を弁えておるではないか』
驚愕の声を上げる彼らに対し、エレオノーラ大公がホログラムのこちら側——通信越しに俺を見つめながら口を開いた。
『皆様、ご紹介します。こちらが、奈落の底より彼ら知的な使者を遣わした陣営の主……神の言葉によって「最凶の魔王」と名指しされた、天導零殿です』
俺は居住まいを正し、ホログラムの映像に向かって深く頭を下げた。
「初めまして、天導零です。教国からは魔王と呼ばれていますが、俺はただ、理不尽にこの世界に放り出され、迷宮の底で出会った大切な『家族』たちと一緒に、平和に暮らしたいだけのしがない人間です。……今日、こうして皆さんと対話の機会を持てたことを、心の底から感謝します」
俺の等身大で真摯な言葉に、円卓の空気がふっと和らいだ。
一人の筋骨隆々な獅子の獣人が、豪快に笑いながら立ち上がる。
『ガハハッ! 噂には聞いていたが、本当に優しそうな人間の小僧じゃないか! 私は獣人連合の代表、ザルガだ。あんたが魔物たちを「家族」と呼び、慈しむ姿……我ら獣人族に通じるものがある。あんたのその言葉と使者たちの立派な姿を見れば、教国の神託がいかに腐りきった虚言であるか、一目瞭然というものだ』
『ザルガ殿の言う通りです』
続いて、白髭を蓄えた魔術師ギルドの長が深く頷く。
『我々魔術師ギルドや、実利を重んじる商業国家の代表たちも、教国の度を越えた覇権主義にはほとほと愛想を尽かしておりました。破壊と殺戮ではなく、対話と共存を望む「魔王」殿。……我々中立派、もとい「反教国勢力」は、大公閣下を通じ、貴方たちの陣営と固く同盟を結ぶことをここに誓いましょう』
その瞬間、円卓に座るすべての重鎮たちが立ち上がり、胸に手を当てて俺に対して敬意を示した。使者の三体も、主である俺への敬意に応えるように深く頭を下げる。
「ありがとうございます……! 俺たちも、絶対に皆さんの期待と信頼を裏切りません。この力は、誰かを傷つけるためじゃなく、皆さんと共に教国の暴挙を止めるために使います!」
俺の言葉をもって、人間と魔物の間を結ぶ、かつてないほど強固な『平和的同盟』が正式に締結された。
神が敷いた「魔王と人間の全面戦争」という最悪のシナリオは、完全に破綻したのだ。
『さて、歴史的な同盟が成ったところで……これより、教国の喉首を掻き切るための、最終的な「対策会議」に移ります』
エレオノーラ大公が表情を引き締め、手元の資料を広げた。
ここからが本番だ。世界の命運を決めるターニングポイントが始まる。
『まずは、ギデオン。教国が「焦土作戦」の標的としている、迷宮周辺の民草の避難状況は?』
『ハッ。我が国の諜報員を総動員し、伝染病の噂や偽の雇用募集を流布した結果、標的エリアの村人の約「八割」が、すでに安全圏である我が国との国境付近への避難を完了しております』
『残る二割は?』
『土地を離れることを拒む老人や、動けない病人たちです。彼らに対しては、流れの薬師や行商人に扮した我が国の精鋭魔術師たちを村に潜伏させております。教国が焦土作戦の炎(禁呪)を放った瞬間、村の地下に建造したシェルターへ彼らを誘導し、最高強度の「対魔力防壁結界」を展開して命を護り抜く手はずが整っております』
ギデオンの報告に、俺は思わず息を呑んだ。
たった数週間で、敵国の領土の民をここまで完璧に保護する手立てを整えてしまうとは。エレオノーラ大公の執念と、大公国の実行力は凄まじい。
『続いて、国境付近の防衛ですが……』
ザルガがニヤリと笑いながら地図を指す。
『我が獣人連合の戦士たちと、大公国の銀竜騎士団、魔導大隊が、すでに教国との国境線の森や谷に「伏兵」として配置を完了している。教国が魔王軍の残党を装った「偽装部隊」を我が国に差し向けてきた瞬間、一匹残らず袋叩きにして捕縛し、教皇の自作自演の証拠として大陸会議の場に引きずり出してやる算段だ』
『完璧ね。そして、教国が自ら民草を焼き払う瞬間を記録する「映像記録の魔水晶」の設置も、迷宮入り口の高台に完了しているわ』
エレオノーラ大公が、鋭い視線を通信越しの俺へと向けた。
『あとは、この壮大な挟撃作戦の「引き金」をいつ引くか、よ。……零、貴方たちの遅延戦術のおかげで、現在教国の包囲網はかつてないほど疲弊し、混乱しているわ。兵糧は尽きかけ、探知用の魔力石も枯渇寸前。狂信者たちの疑心暗鬼は頂点に達している』
「ええ、ネロさんからもリアルタイムで報告を受けています。教国軍の士気はすでに崩壊寸前ですね」
俺の隣に立つ『夜帷の梟』の副長、ネロが力強く頷く。
『ええ。長引かせすぎれば、教国軍は暴動を起こして自壊するか、あるいは撤退してしまうでしょう。それでは「焦土作戦の証拠」を押さえられず、教皇を断罪することができない。……限界まで引っ張った糸を、最も効果的なタイミングで切る必要があるわ』
大公の言葉に、円卓の全員が息を呑んで俺と大公のやり取りを見守った。
俺は、隣に立つシルフィアと目を合わせ、一つ頷いてから大公に告げた。
「……『三日後の夜明け』。そこで、俺たちは動きます」
『三日後ね。理由は?』
「俺たちが進軍を再開し、猛スピードで階層を駆け上がれば、教国の探知網にも必ず異常な魔力反応として捉えられるはずです。限界まで疲弊し、魔力石の備蓄が完全に切れる直前の『三日後』。そこに突如として魔王軍の巨大な魔力反応が下から猛スピードで迫ってきたら……パニックに陥った教国上層部は、確実な迎撃体制を整える余裕もなく、恐怖から反射的に『焦土作戦(禁呪)』のスイッチを押すはずです」
俺の提案に、ギデオンをはじめとする軍の重鎮たちがハッと目を見開いた。
『なるほど……! 敵に考える時間を与えず、最も判断力が鈍った瞬間に恐怖を煽り、強制的に「失策」を誘発させるのですね。見事な盤外戦術です、零殿!』
『フフッ、本当に恐ろしい子。……けれど、最高の一手だわ』
エレオノーラ大公が、心底愉快そうに赤い瞳を輝かせた。
『決まりね。「三日後の夜明け」。魔王軍の本隊は、迷宮の転移陣を乗り継ぎ、一気に第1階層の入り口まで駆け上がりなさい。教国がパニックに陥り、禁呪を発動したその瞬間——』
「我が軍の『絶対防御』でその炎を完全に防ぎ切り、入り口を突破します!」
『同時に、我が大公国と反教国同盟軍が、村人の保護、国境での偽装部隊の迎撃、そして映像記録による証拠の確保を完全並行で行うわ!』
俺と大公の言葉が重なり合い、作戦の全貌が完全に一つになった。
この瞬間、会議室にいた全員の肌に粟が立つほどの高揚感が走った。
これは単なる作戦会議ではない。神の狂った意図を打ち砕き、人間と魔物が手を取り合って、腐敗した巨悪に引導を渡す『歴史の転換点』そのものなのだ。
『頼んだわよ、零。……地上で待っているわ』
「はい! 必ず、皆さんの元へ辿り着いてみせます!」
通信が切れ、ホログラムの光がふっと消える。
執務室に静寂が戻ったが、俺の胸の奥ではかつてないほどの熱い鼓動が鳴り響いていた。
恐怖はない。迷いもない。
俺は立ち上がり、隣に控えるネロ、そして背後に控えるゴル、ガルム、コハク、リムたち最高で最強の家族たちを振り返った。
「聞いたな、みんな。三日後の夜明けだ」
「「「オオォォォォォォォォォォッ!!!」」」
城を揺るがすほどの、地響きのような咆哮。
それは破壊の雄叫びではない。主の慈愛に応え、平和な未来を勝ち取るための、希望に満ちた歓喜の叫びだった。
さあ、長かった地下での生活もあと少しで終わりだ。
慈愛の魔王と、大公国が仕掛ける世界最大の反逆劇の幕が、いよいよ切って落とされようとしていた。




