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慈愛の魔王。〜全ての生き物に慈愛を神への反逆〜  作者: 盆ちゃん


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15話 閑話1週間のズレが教皇を苦しめて

15話 閑話1週間のズレが教皇を苦しめて


地下の第200階層で、レイたちが『平和のための使者』を育成するための一週間の特訓に明け暮れていた頃。

 地上で待ち構える者たちの間には、かつてないほどの『焦燥』と『不協和音』が渦巻いていた。

 神聖ルミナス教国、大聖堂の最奥。

 数日前までは「魔王討伐の聖戦」という狂熱に浮かされていた神託の間は、今や重苦しい沈黙と、ヒリつくような苛立ちに支配されていた。

「……なぜだ。なぜ、奴らは動かんのだ!」

 バンッ! と、教皇が金糸の施された杖で大理石の床を激しく叩きつけた。

 その皺枯れた顔には、いつもの温厚で神々しい笑みはない。額には脂汗が浮かび、血走った眼球がテーブルの中央に広げられた『迷宮の魔力探知図』を憎々しげに睨みつけていた。

 探知図に表示されている、規格外の魔力の巨大な塊(レイと配下たち)。

 つい一週間前までは、1日に10階層という異常な速度で下層から駆け上がってきていたその光点が——第130階層『常闇の森』のエリアに到達したのを境に、ピタリと進軍を停止してしまったのだ。

「すでに七日が経過しているのだぞ! 狂熱に駆られた破壊の化身が、なぜこれほど長期間、中層で立ち止まっている!? まさか、我々の『焦土作戦』に勘付いたとでもいうのか!」

「教皇猊下、お鎮まりください。ただの獣にも等しい魔王軍に、地上の罠を看破する知恵などあろうはずがありません」

 聖騎士団長が冷や汗を拭いながら取り繕うが、その言葉には明らかな動揺が混じっていた。

「では、なぜ上がってこない! 迷宮の入り口では、我が教国の誇る聖騎士団と異端審問官が、今か今かと待ち構えているのだぞ! 陣を維持するだけでも莫大な兵糧と資金が飛んでいくというのに!」

 教皇が苛立ちを隠せないのには、明確な理由があった。

 そもそも、神から下った『啓示』というものは、教皇が諸国に喧伝したような「世界を滅ぼす最凶の魔王が確実に地上を蹂躙する」といった決定的なものではなかったのだ。

 実際の神託は、『奈落の底より強大なる力が目覚めた。世界は岐路に立たされる』という、極めて抽象的で「可能性」を示唆するものに過ぎなかった。

 それを、教皇たち上層部が自らの『権力欲』と『他国を侵略する大義名分』のために、意図的に最悪のシナリオへと曲解し、「魔王が世界を滅ぼしにくるぞ!」と過剰に煽り立てたのである。

 すべては、恐怖で中立国を従わせ、莫大な聖戦税を搾り取り、大陸の覇権を握るため。教皇にとって、魔王とは己の野望を叶えるための「都合の良い舞台装置スケープゴート」でなければならなかった。

(……本来であれば、神の言葉を己の欲のために歪めるなど、神罰が下ってもおかしくない大罪。だが、神は何も言ってこない。ならば、私のこの野望すらも神の御心なのだ!)

 教皇はそう自分を正当化していた。

 しかし、彼らは根本的な勘違いをしている。

 天上の神が本当に望んでいたのは、魔王による破壊でも、教国による大陸統一でもない。ただ単に『増えすぎた人類の数を減らす(間引く)こと』であった。

 魔王レイが地上を滅ぼそうが、教国が戦争を起こして他国の民草を焼き殺そうが、神にとってはどちらでもよかったのだ。教皇の根底にある残虐性と権力欲は、神の仕掛けた「人類の数減らし」の盤上において、極めて都合の良い手駒として踊らされているに過ぎなかった。

 だが、当の教皇本人は自分が神に操られているなどとは微塵も思っていない。絶対の権力者であると信じて疑わないからこそ、思い通りに動かない「魔王」の存在が、彼の心の隙間にどす黒い焦りを滲ませていた。

「異端審問局長! 貴様の部隊を迷宮の第100階層あたりまで降下させ、奴らを挑発して地上へ誘き出せ! このままでは中立の愚か者どもが『魔王は攻めてこないのではないか』と疑念を抱き始める!」

「お待ちください、猊下。それは下策です」

 鉄仮面を被った異端審問局長が、低くしゃがれた声で反対した。

「我々の真の目的は、魔王の討伐そのものよりも、その討伐の余波(焦土作戦)によってヴェスペル大公国周辺を火の海にし、連中に罪を擦り付けることにあります。もし地下で魔王と軍事衝突を起こし、あまつさえそこで討ち取ってしまえば……地上の村々を焼き払う口実が完全に消滅してしまいます」

「ッ……!」

 図星を突かれ、教皇はギリッと奥歯を鳴らした。

 そうだ。魔王には、どうしても「地上に顔を出した瞬間」に死んでもらわなければ困るのだ。地下で大人しくされては、教国の用意した壮大な自作自演のシナリオが根底から崩れ去ってしまう。

「ならば、どうしろというのだ! ただ指をくわえて、あの忌まわしい光点が再び昇ってくるのを待てというのか!?」

「左様でございます。……神の敵は、必ずや愚かに地上へと這い出してきましょう。我々は絶対の信仰をもって、神の御使いである『聖浄の業火』の準備を万全にしておけばよいのです」

 局長の言葉は正論だった。しかし、教皇の胸の内に渦巻く不協和音は消えない。

 神の言葉(自らの捏造)を信じる気持ちと、全く予想外の動きを見せる魔王の現実。

 狂熱に浮かされた破壊の化身であるはずの魔王が、一週間も同じ階層に留まっている。それはまるで、何か明確な『知性』や『目的』を持って動いているようにしか見えなかったからだ。

(……まさか、悪魔どもが対話や戦略を企てているとでもいうのか? いや、あり得ん! 絶対にあってはならない! もし魔王が人語を解し、人間と対話などしてしまえば、私の『聖戦』はどうなる!? 私の絶対的な権威は……!)

 己の信じる「神」と、己の抱える「底知れぬ欲」。その二つを正当化するためには、魔王は問答無用で殺戮を行う化け物でなければならない。その前提が崩れそうになっている現実が、教皇の精神をひどく削り取っていた。

「……ええい、忌々しい! 聖騎士団長、入り口の監視をさらに強化しろ! アリ一匹、迷宮から外へ出すな! もし、もしも……魔王の軍勢とは違う『何か』がコソコソと地上へ出ようとした場合は、魔物であろうと人間であろうと、問答無用でその場で八つ裂きにしろ!!」

「ハッ! 御意のままに!」

 唾を飛ばして絶叫する教皇の姿に、かつての神聖さは微塵も残っていなかった。

 神を信じていると言いながら、その実、最も神のシナリオ(と己の捏造)を疑い、恐怖に震えているのは教皇自身であった。

 対話を恐れる偽りの聖者と、平和を願って使者を放つ慈愛の魔王。

 教国の苛立ちが頂点に達しつつある中、一週間の『最高の教育』を終え、大公国の最強の隠密と共に迷宮を駆け上がり始めた三体の使者たちは、そんな狂信者たちの包囲網を嘲笑うかのように、静かに、そして確実に地上へと迫っていた。


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