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慈愛の魔王。〜全ての生き物に慈愛を神への反逆〜  作者: 盆ちゃん


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14話 魔王の隠密部隊の1週間の特別特訓

14話 魔王の隠密部隊の1週間の特別特訓


第130階層『常闇の森』での運命的な邂逅から、俺たちはジンたち『幻影の刃』の三人を第200階層の魔王帝都……もとい、拠点へと招待した。

 彼らは俺の陣営のあまりの規模と、規格外すぎる豪華な設備(温泉や大食堂など)に終始目を丸くして硬直していたが、今はそんなことに構っている暇はない。

 大公国への『平和の使者』として共に地上へ向かってもらうため、新しくテイムした隠密魔物たちの急造育成プログラムが幕を開けた。

 目標期間は、たったの『1週間』。

 本来であれば、魔物が人間の言葉を理解し、高度な隠密技術を習得するなど数年単位の時間がかかるはずだ。だが、俺たちにはそれを可能にするだけの『規格外の条件』が揃っていた。

「よし、ドッペル、ファント、シャドウ! 今日の魔力供給と戦闘訓練を始めるぞ! ゴル、少し手加減して相手をしてやってくれ!」

「グルァッ!」

 修練場に響き渡る俺の号令とともに、オーガ・ロードのゴルが巨大な棍棒を振り下ろす。それを紙一重で躱しながら、三体の隠密魔物たちが連携して背後を取る。

 俺の『慈愛の箱庭』によるテイムは、対象に俺の異常な魔力(現在も爆上がり中)を直接流し込み、魂の格そのものを引き上げる効果がある。連日のスパルタ討伐訓練と、俺からの魔力供給を浴び続けた彼らは、たった数日で恐るべき『変異進化』を遂げていた。

 あらゆる姿を模倣するドッペルゲンガーの『ドッペル』は、【真祖オリジン・ドッペルゲンガー】へと進化し、外見だけでなく声帯や魔力波長、さらには対象の記憶の断片すら模倣できるようになった。

 幻惑を操るファントムの『ファント』は、【ハイ・ファントムロード】へと至り、物理的な質量を伴う完璧な幻影を生み出せるように。

 そしてシャドウ・アサシンの『シャドウ』は、【アビス・ストーカー】へと進化し、完全に影という概念そのものと同化して物理干渉を一切受けない存在となったのだ。

「そこまで! 戦闘能力と基礎ステータスは申し分ありませんね。では、次は座学と人間社会の『常識』の授業に移ります」

 戦闘訓練が終わるや否や、メイド服姿のシルフィアが教鞭を執る。

 元天使である彼女の知識量は膨大だ。人間の国の文化、貴族の礼儀作法、食事のマナーから、教国と中立国の歴史的背景に至るまで、彼らの脳に直接、言語理解の魔法とともに叩き込んでいく。

 さらに、実践的な隠密術や、人間社会における『諜報員としての立ち回り』については、本職であるジンたち三人が徹底的に指導してくれた。

「——素晴らしい。たった一週間で、ここまで完璧に人間の諜報員に擬態できるようになるとはな」

 特訓最終日の夜。大浴場で汗を流した後の応接室で、ジンが感嘆の溜息を漏らした。

 彼の目の前には、黒装束を身に纏い、完全に「人間の有能な隠密」としての気配と佇まいを完成させたドッペル、ファント、シャドウの三人が片膝をついて控えている。流暢な人語を操り、礼儀作法も完璧。誰がどう見ても、彼らが数日前まで迷宮の暗がりを這いずっていた魔物だとは気づくまい。

「ジンさんたちのおかげだよ。これで、使者としての準備は整ったね」

 俺が胸を撫で下ろすと、ジンは深く頷き、ふと表情を引き締めた。

「零殿。実は……この一週間の間に、どうしても伝えておかなければならない事態が動いていたのだ」

「事態?」

「ああ。我々が大公国と緊急の連絡を取るために所持している『極秘通信の魔導具』を使って、すでに大公閣下へ『魔王軍との接触と、同盟の合意』について報告を済ませてある」

「えっ!? もう報告してくれたのか!?」

「事後報告になってすまない。だが、これには深い事情があるのだ」

 ジンは通信用の魔導具を机の上に置き、その上に魔力によるホログラムを投影した。

 そこに映し出されたのは、迷宮の入り口周辺の地図と、教国の軍勢の配置だった。

「先日、教国の中枢に潜り込ませている我が国の内通者——ルカ司教から、大公閣下へ決死の密告があった。教国は、迷宮の入り口付近で待ち伏せし、零殿たちが地上に現れた瞬間、周辺の村々ごと『聖浄の業火』という大規模殲滅魔法(禁呪)で焼き尽くす【焦土作戦】を決定した」

「……は? 周辺の村ごと!? ふざけるな、そこには無関係な人間がいっぱい住んでるんだろうが!」

 俺は思わず立ち上がり、拳を机に叩きつけた。神の代行者を名乗る連中が、自らの都合で罪のない民の命を焼き捨てようとしている。その身勝手さに激しい怒りが湧き上がった。

「その通りだ。さらに教国は、その惨状をすべて『魔王の仕業』に偽装し、それを大義名分として我がヴェスペル大公国へ軍事侵攻を行う算段を立てている」

「クソッ……なんて陰湿で最悪な連中だ……!」

「だが、安心してくれ」

 ギリッと歯を食いしばる俺を制するように、ジンは力強く告げた。

「我が主、エレオノーラ大公閣下は、教国の思惑などすでに完全に看破し、すべてを逆手に取る対策を打っておられる」

「対策?」

「ええ。閣下は直ちに国境防衛網を密かに敷き、教国の偽装部隊を一網打尽にする準備を進めている。そして……教国の領土である迷宮周辺の民草を『聖浄の業火』から救い出すため、伝染病の噂や雇用を偽装し、秘密裏に村人たちを避難圏外へ逃がす作戦を現在進行形で実行中だ」

 その言葉に、俺は息を呑んだ。

「さらに、教国が自ら民を見捨て、禁呪を放つ決定的な瞬間を記録するため、周囲に無数の『映像記録の魔水晶』を仕掛けた。この証拠と、零殿からの使者がもたらす『真実』が合わされば、教国は次なる大陸会議で完全に失脚することになる」

 ジンの説明を聞き終え、俺は呆然とその場に立ち尽くしていた。

 ヴェスペル大公国——エレオノーラ大公。

 彼女は、自国の防衛や利益のためだけでなく、敵国である教国の領土に住む、名もなき民草の命を救うために、国家の総力を挙げて動いているのだ。

 下手をして教国にバレれば、それを口実に真っ先に戦争を仕掛けられるという凄まじいリスクを背負ってまで。

「……すげえ。本当に、すげえ人なんだな、エレオノーラ大公は」

 俺の心の中にあった怒りは、いつしか強烈な『感銘』と『尊敬』へと変わっていた。

 俺が最下層で魔物たちに抱いた「見捨てられない」という小さな慈愛。

 彼女が地上で民草に向けている、国を背負った「護り抜く」という強大な慈愛。

 立場は全く違うけれど、根底にある「命を尊ぶ心」は同じなのだと、強く確信できた。

「俺……この世界に転移させられて、魔王なんてふざけた役目を押し付けられて、ずっと一人ぼっちで怖かった。人間と出会ったら、殺し合うしかないんじゃないかって、毎日震えてたんだ」

 俺は、隣にいるリムを優しく撫でながら、震える声で紡いだ。

「でも……地上には、大公閣下みたいに、神の言葉なんかより『目の前の命』を大切にしてくれる人がいる。俺たちのことを、化け物じゃなくて『対話できる存在』として信じて、命懸けで舞台を整えて待ってくれている人がいるんだ」

 視界が滲む。だが、それはもう悲しみの涙ではない。

 心の底から湧き上がる、熱い希望の涙だ。

「零殿……」

「ジンさん。俺の最高の家族(使者)たちを、どうか大公閣下の元へ届けてくれ。俺たちも、教国の罠を完全に掻い潜って、必ず地上に……あんたたちの国に辿り着いてみせる!」

 俺が真っ直ぐに見据えて言うと、ジン、カイル、リゼの三人は、深く、臣下のような最敬礼をとって応えた。

「御意。この命に代えましても、必ずや」

 そして、俺の背後に控えていたゴル、ガルム、コハク、シルフィアたち幹部も、主の決意に呼応するように力強く頷く。

 大公国や、それに連なる中立国となら、絶対に分かり合える。

 人間と魔物が手を取り合い、誰も血を流さずに笑い合える未来が、もう手の届くところまで来ている。

 その明確なビジョン——圧倒的な平和の実現を前にして、俺の体は抑えきれない興奮と歓喜で、ブルブルと武者震いを起こしていた。

 神が敷いた『最悪の魔王』というレールは、今、俺と大公閣下という二つの『慈愛』によって、完全に別の未来へと書き換えられようとしていた。

 さあ、反撃の時だ。

 俺たちは、最高の使者たちを地上へ送り出し、教国の敷いた罠をぶち破るための最終進軍をいよいよ開始するのだった。


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