13話 教国へのカウンターと民草の隠密救助
13話 教国へのカウンターと民草の隠密救助
ルカ司教による決死の内部告発を乗せた魔法通信が、夜空を越えてヴェスペル大公国の中枢へと届いたのは、教国の会議からわずか数時間後のことだった。
大公城の執務室。
深夜にも関わらず、大公エレオノーラは諜報長官のギデオン、そして国軍のトップである将軍たちを招集し、緊急の御前会議を開いていた。
円卓の中央には、ルカから送られてきた暗号を解読した羊皮紙が広げられている。そこに記された教国の『焦土作戦』と、ヴェスペル大公国を呑み込むための『偽装工作』の全貌を読み終えた瞬間——。
「……ッ、下衆の極みね!!」
バンッ! と、エレオノーラが白魚のような手で円卓を激しく叩いた。
普段は冷静沈着な彼女の赤い瞳が、烈火の如き怒りに燃え上がっている。
「迷宮周辺の村々ごと禁呪で焼き払い、その惨状を魔王のせいにして我が国へ侵攻する大義名分にするですって……? 己の権力欲のために、何の罪もない民草を供物にする。教皇の被っているあの白い法衣の裏側は、悪魔よりもどす黒く腐りきっているわ!」
「全くだ。神の代理人を騙る狂人どもめ」
獣人連合の代表であるザルガも、怒りで牙を剥き出しにして唸った。
地下の最下層で、自分を殺しにきた魔物ですら傷つけることを良しとせず、無償の愛で救済している『魔王』。
地上の特等席で、自分を信奉する民草を平然と焼き殺し、他国を侵略する算段を立てている『神の代行者』。
果たして、どちらが真の悪魔なのか。答えは火を見るよりも明らかだった。
「怒りに震えている時間すら惜しいわ。ギデオン、そして将軍たち。直ちに教国の思惑を粉砕し、民の命を救うための対抗策を発動します」
エレオノーラは瞬時に怒りを冷徹な知性へと切り替え、次々と矢継ぎ早に指示を出し始めた。
「第一に、国境防衛。教国は魔王討伐後、残党が我が国へ逃げ込んだと偽装して攻め込んでくる算段よ。ならば、その『残党』とやらを国境で完璧に迎撃し、教国の自作自演を叩き潰すわ」
「ハッ! 直ちに我が国の誇る『銀竜騎士団』と魔導大隊を、東部国境の防衛線へ極秘裏に進発させます」
「ええ。ただし、教国に動きを悟られては駄目。大規模な商隊の護衛や、国境付近の魔物討伐という名目で部隊を分散させ、森や谷間に伏兵として潜伏させなさい。教国の偽装部隊が国境を越えた瞬間、一匹残らず捕縛するのよ」
将軍が力強く頷き、部屋を飛び出していく。
続いて、エレオノーラはギデオンへと視線を向けた。
「第二に……これが最も重要よ。ギデオン、迷宮の入り口付近に住む民草を、教国の『聖浄の業火』から救い出しなさい」
「大公閣下。お言葉ですが、あの周辺は教国の領土、あるいは緩衝地帯です。我々が大々的に避難勧告を出せば、教国は即座に『ヴェスペルが魔王と通じてパニックを煽っている』と断罪し、軍を向けてくるでしょう」
「正規の手段でやる必要はないわ。貴方の配下である隠密部隊を総動員して、教国に悟られずに村人を逃がすのよ」
エレオノーラは迷宮周辺の地図を指差した。
「たとえば『新種の伝染病が迷宮から漏れ出した』という噂を流し、大公国が特効薬を無償配布するという名目で民を国境側へ誘導しなさい。あるいは、有力な商会を使って『西の大規模農地で破格の賃金で人手を募集している』と触れ回るのもいいわ。とにかく、ありとあらゆる口実を作って、あの忌まわしい炎が放たれる前に、一人でも多くの民を避難圏外へ逃がすのよ!」
「……御意。どうしても村を離れようとしない老人や病人に対しては、我が国の魔術師を『流れの薬師』などに変装させて潜伏させ、有事の際に地下シェルターと強固な対魔力結界を展開できるよう手配いたします」
「頼むわ。あの狂信者どもの炎で、無辜の命を一つたりとも散らせはしない」
その言葉には、国家の元首としての強烈な矜持と、民を愛する深い慈愛が満ちていた。
神の計算を狂わせたレイの『優しさ』に引けを取らない、統治者としての『護るための執念』がそこにあった。
「そして第三。教国を世界の舞台から完全に引きずり下ろすための『動かぬ証拠』の確保よ」
エレオノーラは目を細め、氷のような冷酷な笑みを浮かべた。
「ギデオン。迷宮の入り口周辺——特に教国の総司令部が置かれている陣地や、村々を見下ろす高台に、最高精度の『映像記録の魔水晶』を無数に仕掛けなさい」
「……なるほど。教国が自らの手で禁呪を発動し、民を見捨てて自分たちだけが安全圏に退避する様子を、すべて克明に記録するのですね」
「その通りよ。ルカ司教の告発文だけでは、教国は『捏造だ』と言い逃れをするでしょう。だが、彼らが自国(あるいは中立)の民を焼き殺す決定的な瞬間と、大公国へ向けて偽装部隊を放つ瞬間の映像があれば……次に行われる大陸会議で、教皇の首に直接噛みつくことができるわ」
「完璧な布陣です、閣下。……これで教国は、自らが仕掛けた罠によって、自らの首を絞めることになるでしょう」
ギデオンは深く頭を下げた。
「すべては、地下へと潜ったジンたち『幻影の刃』が、慈愛の魔王殿と接触し、無事に使者を連れて帰還することが前提となるわ。彼らが合流し、我が国と魔王軍の間に不可侵の同盟が結ばれたその瞬間——私たちは反撃の狼煙を上げる」
エレオノーラは窓辺へと歩み寄り、夜明け前の白み始めた空を見つめた。
地下深くでは、孤独だった少年が優しさで強大な軍団を形成し、懸命に地上を目指している。
ならば、地上で彼らを迎える自分たちも、それに恥じぬ戦いをしなければならない。
「待っているわよ、優しき魔王殿。貴方たちが血を流さずに済むように、地上の舞台は、私が完璧に整えておくから」
大公国の総力を挙げた、極秘の防衛線と救出作戦、そして壮大な情報戦。
神の目を欺くための『影の戦争』が、いよいよ地上でも静かに、しかし激しく幕を開けたのであった。




