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慈愛の魔王。〜全ての生き物に慈愛を神への反逆〜  作者: 盆ちゃん


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12話 教国の残虐性と正義の内通者

12話 教国の残虐性と正義の内通者


第130階層『常闇の森』で、慈愛の魔王と幻影の使者が歴史的な握手を交わしていた頃。

 地上では、全く別の熱狂が渦巻いていた。

 大陸の中央にそびえ立つ白亜の巨城——『神聖ルミナス教国』の大聖堂、その最奥に位置する『神託の間』。

 ステンドグラスから差し込む神々しい光に照らされた円卓には、教国の最高権力者たちが顔を揃えていた。白に金糸の法衣を纏う教皇を筆頭に、異端審問局の局長、聖騎士団の総長、そして数名の高位枢機卿たちだ。

「——皆様、神の御使いからの啓示は真実でありました。迷宮の底より目覚めし『最凶の魔王』は、凄まじい速度で階層を蹂躙し、地上へと歩みを進めております」

 聖騎士団長が、テーブルの中央に広げられた迷宮の魔力探知図を指し示しながら重々しく告げた。探知図には、下層から異常な速度で昇ってくる極大の魔力反応と、それに付き従う無数の魔力群が赤々と点滅している。

「フン、なんと愚かで悍ましい化け物どもか。自ら我ら聖軍の刃に首を差し出しに来るとはな」

 異端審問局長が、顔の半分を覆う鉄仮面の奥で冷酷な笑いを漏らした。

「教皇猊下。すでに迷宮の入り口周辺には、我が局の精鋭と聖騎士団による三重の封鎖網を敷いております。ですが、それだけでは不十分。奴らが地上に顔を出した瞬間、迷宮の入り口ごと『聖浄の業火』で焼き尽くす焦土作戦を提案いたします」

「聖浄の業火……あの禁呪指定されている大規模殲滅魔法か」

「はい。周囲の森や近隣の村がいくつか灰になりますが、魔王を討ち果たすための尊い犠牲(供物)です。神も必ずやお許しになりましょう」

 何の躊躇いもなく民草の命を切り捨てる局長の言葉に、しかし円卓の誰一人として異を唱えなかった。彼らにとって、神の敵を滅ぼすことこそが至上命題であり、それ以外の犠牲は些末な問題に過ぎないのだ。

「よかろう。許可する」

 教皇が深く頷き、皺枯れた手で十字を切った。

「この『魔王討伐』という聖戦は、我らルミナス教国が大陸の絶対的な覇権を握るための神が与え賜うた試練であり、絶好の機会である。……ところで、ヴェスペル大公国をはじめとする中立派の愚か者どもの動向はどうか?」

「相変わらず非協力的です。聖戦税の支払いも渋り、『まずは魔王軍の真意を見極めるべきだ』などと世迷言を口にしております」

「愚かしい。悪魔の真意など破壊に決まっておろう。……まあよい。魔王を焦土作戦で討ち取った後、その軍勢の残党が『偶然』ヴェスペルの領地に逃げ込んだということにしてやれ。中立を気取る不信仰者どもが魔物に蹂躙され、我らに泣きついてきたところを、ゆっくりと救済して(呑み込んで)やればよい」

 神聖なる大聖堂の奥深くで行われているのは、悪魔以上に冷酷で、血生臭い権力闘争と謀略の会議だった。

 彼らは自分たちが「絶対的な正義」であり、この部屋には「神に忠誠を誓う者しかいない」と微塵も疑っていない。だからこそ、包み隠すことなく極秘の焦土作戦や、他国への卑劣な工作を語り合っていた。

 しかし——。

 教国側にとっての致命的な盲点が、この神託の間に一つだけ存在していた。

(……狂っている。神の名を騙り、己の権力欲と殺戮衝動を満たしているだけではないか)

 円卓の末席で、静かに羊皮紙に会議の議事録を走らせていた若き司教・ルカ。

 彼は教皇の遠縁にあたり、若くして高位に就いた教国のエリートだ。周囲からは熱心な信徒だと思われているが、彼の内心はすでに教国の腐敗に対する激しい怒りと絶望で満ちていた。

 ルカは数年前、教国の過酷な異端審問によって無実の友を失っている。その絶望の中で彼に手を差し伸べ、密かに匿ってくれたのが、ヴェスペル大公国の諜報機関だったのだ。

 そう、ルカ司教は、教国の中枢に深く潜り込んだ『ヴェスペル大公国の内通者』であった。

(魔王が本当にただの破壊者かは分からない。だが、今の教国に魔王の討伐という実績を与えれば、大陸は彼らの狂信という名のもとに武力統一され、異教徒や中立派は根絶やしにされる……それだけは、絶対に阻止しなければならない!)

 会議が終わり、各々が自室へと戻った深夜。

 ルカは教会の尖塔にある自室の扉を厳重に施錠し、分厚い魔道書の裏表紙に隠された特殊な通信用羊皮紙を取り出した。

 それは、大公国の諜報長官ギデオンにのみ繋がる、高度な暗号化が施された魔導具だ。

 ルカは羽ペンを握り、今日決定された教国の恐るべき作戦を事細かに書き記していく。

 迷宮入り口に仕掛けられる『聖浄の業火』による待ち伏せと、その発動条件。

 罠の核となる魔導具の配置場所。

 そして、魔王討伐後にヴェスペル大公国を陥れるための偽装工作の全貌。

「……どうか、間に合ってくれ。エレオノーラ大公閣下。そして、地下へ潜った『幻影の刃』の者たちよ」

 書き終えた羊皮紙に微弱な魔力を流し込むと、文字は淡い光となって宙に溶け、遙か西の空——ヴェスペル大公国へと一瞬にして転送された。

 教国は、自らの陣営を完全に掌握していると過信していた。

 だが、その傲慢さゆえに、最も隠さねばならない『魔王迎撃の切り札』と『他国への謀略』を、自ら敵対勢力へと垂れ流してしまったのだ。

 このルカの決死の内部告発がもたらす意味は、とてつもなく大きかった。

 これによってヴェスペル大公国は、教国を国際社会から完全に失脚させるための「動かぬ証拠」を手に入れることになる。

 そして何より——これから地上を目指すレイと配下の魔物たちにとって、この情報は『何階層の、どのルートを通れば焦土作戦の罠を完全に無効化し、逆に教国を出し抜けるか』という、最高に嬉しい誤算(チート級の攻略本)として機能することになるのだ。

 地上で蠢く狂信と陰謀。そして、それを裏から叩き潰そうとする中立派の暗躍。

 すべての舞台装置は、優しき魔王とその家族たちが地上へ這い上がり、世界の常識をひっくり返す『その日』に向けて、完璧な形で整いつつあった。


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