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修道院パラダイス  作者:
第五章 神獣

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相談2


 ロイは、ふ~んデートね、やってみれば、位の気楽な態度。

 ケイトとダリアは興味津々で私とトーマス様を見つめている。


「さっそく婚約を受けてくれるなんて、光栄です」


 トーマス様が甘々な表情でそんなことを言い出し、私は頭の中が真っ赤になった。

 そこに割り込んでくれたのは、今回もロイだった。


「お前なあ、自分に都合のいいところだけ聞き取るの、止めろよな。知れば知るほど、以前の冷静な貴公子像が崩れる」


 そう言いながらトーマス様をちょっとどかせた。


「リディアが言ったのはデートだ。侍女と護衛付きで、一緒にお茶を飲むくらいのことだろ」


 ロイがこっちを見たので、頷いておいた。実はそういうデートはしたことがない。ユーリ様の時は私が王宮に出向き、お茶が用意された場に、お伺いするものだった。あくまでもご招待。

 周囲には侍女、侍従、護衛、それに王妃様などが一緒にいることが多かった。


「お父様もご一緒でしょうか」


 私の言葉に、皆驚いたようだ。私は慌てた。


「だって、今までは王や王妃様がご一緒だったから。......私、変なことを言いましたか?」


 ケイトがつぶやくのが聞こえた。


「さすが元、王子の婚約者。箱入りの度合いが違う」


 なにか間違えたらしい。


「ロイ、どう思う?」


 お父様が、なぜかロイに尋ねた。


「かわいい妹ですが、あまりに世間知らずなのは不安です。あの殿下からこれというのも、極端でどうかと思います」


 ロイはこれと言いながらトーマス様を見ている。ちょっと失礼だと思う。ただし、トーマス様は外野を全く気にしていないようだ。全然無視して私に向き合っている。


「そんなリディア嬢が、私にはずっとまぶしかったのです。今は真直にあなたを見つめることができる。私はユーリ殿下に、毎日感謝しています」


 手紙に書かれているような言葉を、本人から面と向かって言われると、身の置きどころがない。

 誰か助けて、と思っていたらホープがチョコチョコと寄ってきた。


「ねえ、あの彼に手を握ってもらって」


 ホープは銀色の輝きを放っている。

 いかにも何かの力を蓄えている様子だ。


「ユニコーンは、何て言っているの?」


 ケイトが私の方に身を乗り出してきた。他の人達も少し寄って来ているし、トーマス様は、またもや目の前で跪いている。


「トーマス様に手を握ってもらえですって」


 ケイトは、すぐに握ってと言い、ロイは許すと言ったけど、トーマス様の肩を押さえて、お父様の方をそっと見た。

 お父様は、苦い顔つきのまま、頷いた。


 ロイが手を離すと、トーマス様は私の荒れた手をそっと取り、手の甲に口付けた。お父様とロイの口がぽかっと開き、おい、と声をかけると同時に、ホープの輝きが増した。

 ホープはグンと大きくなり、普通の子馬程度のサイズになった。


「完全に実体化したよ。もう結界は要らないから、あの男も体に戻ったはずだ。ありがとう、リディア」


 頭を私の胸に押し付けながら、ホープが伝えてきた。そのホープをトーマス様が引き離そうとしている。


「おい、馬。くっつきすぎだ。離れろ」


 私は急いで今の言葉を伝えた。ジョナサンが意識を取り戻しているかもしれない。


 ベラさんとケイトとダリアに、行きましょうと声を掛けて、ふと気付いた。

 結界が消えたなら、男性も入れるのだろうか。


 私は振り返って、男性三人にどう思うか聞いてみた。

 ホープは、もう拒絶されることも、捕まることもないと言う。それに結界は、ホープが眠っていた礼拝堂を中心に張られていて、本棟全体に張られているわけではないそうだ。たまたま私とケイトが試した裏手の辺り一帯は、結界の範囲内だったらしい。


 そう言われても、とためらう私が拍子抜けするくらい、三人があっさりと、一緒に行くと言い出した。

 

 それでまずはベラさんに、様子を見に行ってもらうことにした。

 リディア達三人は、見習い修道女たちに、病人の搬送のため、男性が入ってくることを、伝えに行くことにした。


 ベラさんはすぐに走って行ってしまった。

 私たちはゆっくり本棟に戻り、その話を伝えて回った。


 外部棟に戻るとベラさんが泣いているのが目に入った。

 思わず駆け寄り、どうなったか聞くと、意識が戻ったと言う。泣いている姿を見たときは、心臓がひっくり返りそうだったので、思わずふらついた。


 トーマス様が体を支えようと、腕を伸ばしたのを押しのけ、お父様が私をしっかりと抱き留めてくれた。


「ありがとう、お父様」


「当たり前だ。私のかわいい娘だもの。まだ、誰にもやらんぞ」


 その後、全員揃って、院長室に向かった。男性を弾く結界は、少なくとも中間棟から院長室までには無かったようで、無事にたどり着くことができた。


 院長室に着くと、ジョナサンは前夜と同じように上向きに横たわっていて、変わりはない。不安になって、ジョナサンの名を呼びながらベッドに駆け寄った。


 するとジョナサンのまぶたが少し持ち上がった。

 起きている。気がついているのだ。よかった。

 

「意識は戻ったけど、身動きはまだできないみたい。でも息をしているし、心臓も動いているわ」


 思えば十七年間、ピクリとも動いていないのだ。すぐに動けなくてもおかしくない。

 お父様たち三人で話し合って、ベッドごと移動させることになった。頭側の両横に二人、足側を一人が持ち上げ、先導はベラさんが行った。


 外部棟からは、馬車の荷台に載せられ、そのまま伯爵家の別邸に送られた。付き添いはお父様とベラさんだ。

 こうしてジョナサンは十七年ぶりに修道院の外に出た。


 見送ったあと、私達はホッとして気が抜けてしまったので、そのままお昼休憩を取ることにした。


 当然のようにトーマス様が私のエスコートをして、横に座る。誰か助けてくれないかと見回しても、皆当たり前のことと思っているようだ。

 ケイトの逃げられないかも、という言葉を思い出し、ちょっとゾクッとした。

 トーマス様はニコニコと嬉しげにしている。


 彼が身動きすると、フワッといい匂いが鼻先を通り過ぎる。ハンカチと同じ匂いだ。好きな匂いで、この3ヶ月慣れ親しんだ匂いでもある。

 もっとたくさん、匂いを吸い込みたいと思ってしまい、ドキッとした。自分がホープのように、トーマス様の胸元に顔を押し付けて、クンクンしている姿を想像してしまったのだ。


 ホープのことを思い出したせいか、いきなりホープが姿を現した。


「ジョナサンは無事に結界から解放されたわ。あなたはどうなったの。もうこの水色の玉とは繋がっていないの?」


「強制力は無くなったけど、玉との繋がりは残っているから、リディアが持っていてね。お守りにもなるよ。僕の力が漏れ出ているからね」


 水色の玉からは、銀色の馬の姿が消えている。


「聖堂にホープの本体が眠っていたの? ジョナサンのように」


「本体はどっちかといえば、この玉の方にあったんだ。聖堂にあるのは、以前の僕の姿絵だよ」


 そんなものあったかしら。考える内に、白い馬の絵があったのを思い出した。


「立派な白い馬の壁画があったわ。一部分削れていて、全体は分からないけど、確かにあった。これから凄く格好良くなるのね」


「そうさ。もっと大きくなったら、人間の姿になることもできるんだ。思い出したよ」




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