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修道院パラダイス  作者:
第五章 神獣
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院長の告白


 ジョナサンは動揺しているのか、なかなか集結できずにいた。

 私はクロスを彼の目の前にかざし、念を送った。


 早く人間の姿になって。ベラさんをおびえさせてしまうかもしれないから。

 クロスの力か、私の必死な顔を見て、ジョナサンが正気に戻ったせいか、やっと人間そのものの姿が出来上がった。

 その様子を見ていたベラさんは、慎重に近寄ってきた。


「ジョナサンね。ベラよ。分かるかしら」


 ジョナサンも一歩前に出た。


「変わっていないね。ベラ。変わらず美しい」


 そう言って手を伸ばし、ベラさんの髪に少し触れた。触れた指先が少しバラけたけど、すぐに戻っている。

 もう大丈夫そうだ。

 私はケイトたちの方に下がって、二人を見守ることにした。


「あなたはあの頃のままね。ずっと何をしていたの」


「何も。こうして出て来ている間のことしか記憶がないんだよ。だから今日はあの日から、三カ月程たったとしか思えない」


「毎日会える?」


「たぶんね」


 その会話に私は割り込んでしまった。


「ジョナサンは三日間出てこなかったわよ。その自覚はある?」


「そうなの! 僕は明かりが見えたら、目が覚めるみたいなんだ。そして灯りのもとへやってくる。どのくらい時間が経ったのかは分からないみたいだな」


 ではこの三日間、明かりが灯されなかったということ?


 首をかしげる私にダリアが答えてくれた。


「私の推測だけど、クロスはリディアの愛に反応するんじゃないかしら。この三日間それどころじゃなかったでしょ。トーマス様からのラブレターで、そういった気持ちを刺激されて灯ったのなら、辻褄が合うわよ」


 なるほど。最初はケイトとダリアに対する友情に燃えていた時だった。


「そうかもね。色々な愛で灯るのかもしれない。最初は二人への友情だったわ。独房で極限まで追い込まれていた時よ」


 独房という単語で、ジョナサンとベラさんがぎょっとしたように、こちらを振り返った。

 私は小さく手を振り、気にしないでと伝えた。

 

「.....ちょっと、後で今の話、詳しく聞かせてもらうわよ。いいわね」


 ベラさんが言うと、ジョナサンが僕もと言う。


「それなら、今聞いてしまいましょう。気になって駄目だもの」


 そうだね、とジョナサンも言い出してしまった。


 仕方なく、私たちはケイトのベッドに座り、ベラさんとジョナサンは私のベッドに並んで座ってもらった。

 やはり座るポーズを練習してもらってよかった。そう思ったら、ジョナサンも同じことを考えたようで、二人で苦笑してしまった。


 ベラさんが、何、と目顔で尋ねると、ジョナサンが面白おかしく、あの日の様子を話している。二人は以前からずっとそうしていたかのように、自然でお似合いだった。

 年齢が少し離れているけど、恋人同士なのは一目瞭然だ。


 私の中の愛のバロメーターが上がってきたせいか、またクロスのチャームがほのかに光り始めた。


 それを指で弄りながら、独房に入れられた顛末を、話して聴かせた。もうずっと昔の事に思えて、懐かしいような気分だ。


 聞いているうちにジョナサンが、怒りでバラけそうになったけど、頑張って靴の先だけで止めた。けれどベラさんが憤然として、腕を振って立ち上がったせいで、体の横半分を持っていかれてしまった。

 そしてまた二人で慌てて修復しようとしている。


 私たち三人は、なんだかかわいらしいわね、と言いながら落ち着くのを待った。


「やっぱり今の修道院長のほうがひどいわ。ラリーは知っているの?」


「話していないです。今までは危なくて話せなかったし、今はそれどころではないですから。もう少し落ち着いてからですね」


 二人は一緒になって頷いた。危なくて話せない、という部分に納得しているようだ。若い時のお父様って、どんなだったのだろう。


 ところで二人の感動の再会シーンが、これってことね。私はまたもや、少しがっかりした。

 感動のシーンは、めったに無いのだろう。


 私はすぐに現実的になって、今後の事を決めた。これから毎夜、クロスをベラさんに預ける事にする。修道院の敷地内なら、ジョンサンは動き回れる。少し淋しいので、週に一回は五人で集まることにしてもらった。

 

「このクロスがベラさんに反応するといいのだけど。こうなっている理由も仕組みも、全く分からないのです」 


「リディアに愛が溜まると、変化が起きるようだから、手っ取り早くトーマス様に口説かれてみたら?」


 ケイトが大雑把なことを言うので、ダリアに助けを求めた。それなのにダリアも同意見だと言う。


「これはリディアの愛の力で変化していくみたいだわ。もっと愛を注ぎ込んでみましょうよ」


 ベラさんが帰ったあと、私はすぐに寝ることにした。とても疲れたのだ。



 次の日から、規則正しくて、今までよりずっと楽しい生活が始まった。王宮の女性騎士達が到着したのもあって、急に辺りは華やかになって行った。


 その次の日、私の侍女のマリーが本棟に遣いにやって来た。今までは、他の見習い修道女に遠慮して、こちらには誰も寄越さなかったので、何事かと慌ててしまう。


「お嬢様、伯爵様が、べラ様と一緒に急いで来て欲しいそうです。内容は知りませんが、何かあったようです」


 昨日から女性騎士達が本棟内に入り、修道女たちの部屋を調べ始めている。多分それを目の前に並べ、取り調べをするのだろう。

 取り調べ中に何か起こったのだろうか。


 私はすぐにベラさんを呼びに行き、一緒に外部棟に向かった。


「来たか。二人共こっちに来てくれ。院長が驚くようなことを話し始めたんだ。一緒に聞いてもらいたい」


 私達を連絡通路の前で待っていたお父様は、かなり緊張している様子だ。

 

「尋問中に院長が、長年侵入者の体を保管していると言い出したので、話を止めて君たちを呼んだ。ベラ嬢、ジョナサンが忍び込んだ日の話がでると思う。心構えをしておいてくれ」


 ベラさんは唇を引き結んだ。

 つまり院長達は、ジョナサンの死に関係があるのだろうか。私は明るいジョナサンの笑顔を思い出し、胸が詰まるような気分になった。


 応接室の前に騎士が二人、中には一人がいて、院長を見張っている。

 私達三人が入ると、院長はパッと顔を上げた。数日前と比べ、頬がこけて、目も落ちくぼんでいる。

 

 三人が座ると、お父様は見張りの兵を下がらせて、院長に話し掛けた。


「先程の話をもう一度、最初からして欲しい。侵入者を発見したところからお願いする」


 お父様が、固い顔つきで院長を促した。



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