お父様との連携2
「それで手紙は渡せた?」
「伯爵様とマリーと三人になってからすぐに渡したわよ。すぐに目を通して、それからジョナサンのことを聞かれたわ。私が見たジョナサンの容姿について話したら、本当にジョナサンなんだな、と仰って呆然とされていたわよ」
お父様の気持ちは、ものすごく複雑だろう。私が代筆したものは、十七年前の十九歳の若者からの手紙だ。
そこには、数日前に相談した時には、もう一人で忍び込むことに決めていたとか、一緒に飲んだエールがうまかったとか、十七年前のリアルタイムの思いが綴られている。それが今、幽霊らしき本人の口から語られ、自分の娘が代筆しているのだ。
「リディアはベラ・グレイという名を知っている? ジョナサンから何か聞かれていない?」
私はグレイという家名に引っかかったが、ベラという名には聞き覚えがなかったので、首を振った。
「そう。ベラの事をジョナサンに話すタイミングは、リディアに任せると、伯爵様は仰っていたわ。これ預かった手紙よ」
ダリアから渡された手紙は、あらかじめ用意されたらしき三枚と、その場で走り書きした一枚の四枚だった。
先に走り書きの方を読んでみた。
『驚いた。本当に驚いたよ。ジョナサンと話ができるなんて、考えもしなかった。
その昔、彼はベラ・グレイという令嬢を攫って逃げようと、修道院に忍び込んだ。だから彼女の消息が一番の気がかりなはずだ。手紙に書いておいたが、それを読ませて大丈夫かの判断を、リディアに託す。
どうか迷える我が友の心を、鎮めてやってくれ。
PS。鎮まったからといって、私に会わずに行くな、と念を押すこと』
私はその手紙を、隣に座って静かにしている二人に渡した。
「二人も読んで」
「いいの?」
「ええ。協力して欲しいし、意見も聞きたい。1人では心細いのよ」
それから私は、ぎっしりと字で埋まった三枚の手紙を読み始めた。
一枚目は、ジョナサンの手紙への返信。お父様も当時の事を思い出しながら書いているようで、内容も表現も、幾分か若者っぽいのが微笑ましい。それなのに鼻の奥がツンとした。
二枚目は私へのラブレターだ。これをダリアに読ませていいものか、まずはそれで悩んだ。私は心を鬼にして、ダリアに読ませることにした。勘違いのまま恋心を育てたら、不幸になる。
三枚目は、ベラの話だった。
冒頭に、『これをジョナサンが読んでも大丈夫か判断してくれ』と書かれていた。
そこにはベラが、修道院を出た後のことが書かれていた。
彼女はグレイ侯爵家を後ろ足で蹴飛ばして、国からも、貴族の世界からも逃げ出した。今は隣国で、修道女として暮らしている。
私は唸った。
彼女はジョナサン以外に嫁ぐ事を、拒否したのね。なんて激しい思い。物語のような恋。そして試練と別離。それも永遠の。
そう思うとドキドキする。私は残りの手紙を二人に渡し、窓を開けて外の緑をぼんやりと眺めた。
しばらくすると、二人が私の両横に立った。私と同じように胸が詰まっているようだ。
「ジョナサンがこういう顛末で幽霊になったとは思わなかった。すごく気楽そうなんだもの」
ケイトが窓枠にもたれて、ぼそっと言った。
私もだった。若くて死んでいるのだから、何か事件か事故など、悲劇的な事があったのだろう。でも明るくて紳士のジョナサンからは、悲劇の匂いが全くしない。
「死んだ時の事を、覚えていないからかもね」
なんとなくしんみりして、3人で外を眺めた。夕焼けでオレンジ色に染まっていた空が、次第に薄墨色に染め替えられていく。
ジョナサンに色が付いたらいいな。私は唐突にそんな事を考えた。
「あのね、修道院に忍び込んで騒ぎにならないって、おかしいと思わない?」
ダリアの言葉が、ぼんやりしていた私の耳に届いた。
「忍び込んだところを見つかったら、大騒ぎになるはずよ。しかもその場で殺されたなんて、一大事件よね。それなのに全く情報がなかったのはおかしいわ」
「そうだよね。しかも修道院の夜間警備って緩いよね。見つかる可能性のほうが少ない気がする」
夜間警備は、外部棟の宿舎に泊まっている兵が、定時に見回りをするだけだそうだ。その時間を避ければ、侵入するのは簡単かも。うら若き乙女と修道女しかいないのに、ちょっと不用心じゃないかしら。
「そういえば、ケイトは脱走した時、誰に捕まったの。警備の兵は少ないのだから、簡単に逃げられそうなのに」
「それがね。塀に取りついて登り始めたのだけど、うまく登れなくて、もたもたしているうちに捕まったみたい。なんか変なのよね。私は木登りも、塀の乗り越えも、大得意なのに」
「捕まったみたいって何?」
「空腹で気を失ったみたいなんだ。それで見回りの兵に捕まったってわけ」
「どの辺りの塀を試したの?」
「礼拝堂の裏手。あそこ人目につかなそうじゃない。それで、側の木や塀のツタを伝って登ったんだけど、なんか全然上に行けないんだ。変だなって思ったけど、焦っていたしお腹も空いていたから、そのせいじゃないかな」
今度昼間に試してみようかしら。私も塀の乗り越えには自信がある。男の子の遊びは、ロイと一緒に一通り経験している。
「私、こっそり登ってみる。塀を登るの得意なの」
リディアが言うと、ケイトもリベンジすると言い出した。そして窓から見える塀を物色し始めた。
「話を戻していい? ジョナサンが修道院に入り込んだとは思えないんだけど。警備兵が、侵入者を殺してしまったとしても、隠す必要はないのよ。おかしいじゃない」
ダリアは脱線せずに考えていたようだ。
ケイトが元気よくクルッと振り向いた。
「それなら修道院に来る前に、亡くなったのじゃないかしら」
「でも実際にジョナサンは、幽霊の姿で修道院にいるのよ。きっとここで死んだんだわ」
「確かに色々と辻褄が合わないよね。よーし、これは推理のしがいがあるな。ジョナサンが来たら、さっそく尋問に取り掛かろう」
ジョナサンに恋人のその後を伝えるか、相談するはずだったのに、だいぶズレてしまった。
「夕食の時間に遅れちゃう」
ケイトが言い出すと、ダリアが忘れていたわ、とポケットから紙包を取り出した。包の中には、カヌレが三個とチョコレートボンボンが六個入っていた。
「クックよりたくさん運べるわよ。私、偉いでしょ」
クックを褒めちぎっているのと同じノリで、今日はダリアを褒めた。ダリアは照れくさそうだったけど、満更でもなさそうだ。そうして、三人で笑いながら、食堂に向かった。
夕食は相変わらず質素だったけど、あの独房での四日間を経た今では、本気で感謝していただける。
煮すぎたキャベツも、ゆでただけのジャガイモも、少しだけのポークソテーも、しみじみ美味しかった。
夕食を終えた後は、部屋に戻るのがすごく楽しみだった。おやつがあるし、ジョナサンと話が出来る。
ケイトとダリアも同じ気持ちのようだ。ケイトがこっそりと言った。
「何となく、毎日が生き生きとしてきた気がする。楽しいよ」
私もだわ。この生活が楽しくなってきた。




