お父様との連携3
部屋に戻り、ランプを灯すと、すぐにジョナサンが、部屋の隅に現れた。
「今晩は。お邪魔してもいいかな」
「いらっしゃい。待っていたのよ」
すぐにケイトが答え、こっちに来て、と呼んだ。
「やっぱり幽霊は夜しか出てこれないの? それとリディアがいる場所にしか来れないのかな」
ケイトはもう尋問を始めている。
「ケイト、それは後にして、手紙の件を片付けましょう」
私は手紙の束を持って、ジョナサンの前に立った。
「お父様から手紙を預かっているの。まずはこれとこれを読んでね」
リディアは、ジョナサンへの返事の一枚を、彼の目の前にかざした。残念ながら、彼は手紙を持てない。
「読める?」
「ああ、だいぶ元に戻っているから、読むことはできるよ。その体勢は大変だろうから、手紙はサイドボードの上に置いてくれ」
ジョナサンは読みながら、何度も笑い声を上げた。
「相変わらずだな。この手紙を読んでいると、時間の隔たりを感じないよ。十七年も経ったなんて嘘みたいだ」
嬉しそうに話すジョナサンだが、今のところベラのことは一言も口にしていない。忘れているはずがないのだから、言い出せないのか、聞きたくないのかだろう。
さて、どうしよう。
私はさりげなく切り出してみた。
「お父様から、何か聞きたいことはないかって。あれば私が手紙に書いておくわ」
ジョナサンが微笑んでからため息をついた。
「やっぱり親子なんだね。気の配り方がラリーそっくりだ。ありがとう、リディア。ベラのことだね」
ちょっと不意を突かれて目を見張ると、彼のモノクロの瞳が、ぐっと深い色を帯びたのを見てしまった。
後ろで見ていたケイトが、グウッと喉を鳴らした。
ダリアはケイトの腕を引いてベッドに座らせてから、静かに横に腰掛けた。
私はジョナサンにも、できれば座ってもらいたかった。
「ジョナサンは座れるのかしら」
「どうだろう。やってみようか」
ジョナサンはベッドの端で試してみた。ベッドに座ることはできなかったが、座っているポーズは出来た。
辛くないのか聞いてみたら、記憶しているポーズを取ることは出来るし、生きている時と違って、力は要らないんだと言う。それで、そのままベッドに腰掛けるポーズをとってもらった。
「じゃあ、先ずはお父様からの手紙を一枚渡すわ」
私は走り書きの方をベッドの上に広げた。
ジョナサンはそれを読んでから、泣き笑いのような顔をした。
「約束する。ラリーと会うまでこの世に残る」
私はそのまま待った。しばらくたってからジョナサンが口を開いた。
「ベラは幸せにしているのかな」
「たぶん。私には分からないけど」
「結婚して子供もいて、楽しく暮らしているのだろうか」
「そういった方向ではないようよ。もう一枚を読む?」
またしばらく間が空いた。
「読む」
私は黙ったまま、ベラに関する一枚をベットの上に広げた。
ジョナサンは手紙の上に手を伸ばし、食い入るように字を追っている。多分3回くらいは読み返している。
「これは、僕が想像していたのと全く違う。彼女は侯爵家の長女だった。だから今は釣り合った相手と結婚して、幸せになっているはずなんだ」
ジョナサンは縋るような目で私を見るけど、言葉がでなかった。彼女がジョナサンを愛しているのは、彼女の行動を見ればわかる。何も知らない私が、何かを言うのはおこがましい気がした。
「修道院にいるなんて。僕の事なんか忘れて、幸せに暮らしていると思ったのに」
「幸せかそうでないかは、わからないわよ。さっきも言ったけど」
ジョナサンは呆然としている。でも、今までのように、バラけたりはしない。この姿でいるのに慣れたのだろうか。それともクロスの力が、大きくなったのかもしれない。
「お父様への手紙に書いておくわ。ベラさんの現在の様子を教えてって」
ジョナサンは両手で顔を覆って、下を向いていたが、パッと顔を上げた。
「僕がここにいることは、ベラにはしばらく内緒にしてくれないか」
「なぜなの」
「僕の気持ちが追いつかないから。もう少し状況を把握してからでないと、彼女に向き合う勇気が出ない」
「ジョナサン、後悔するかもしれないよ」
ケイトがジョナサンの前に立った。
「今の状態がいつまで続くのかも分からないんだもの。できることがあれば、すぐやるのよ。さっさと手紙を書いて」
どっちの言い分も正しいと思う。なぜか十七年ぶりに目覚めたジョナサンが、この先どうなるかなんてわからない。多分本人だってわからないだろう。それなら、やりたいことは早くやった方がいいかもしれない。
そう思う反面、自分の状態がわからないまま、大切な人に連絡を取るのをためらう気持ちもわかる。それに十七年が経ち、落ち着いて暮らしている人に、負担をかけることになるだろう。
「リディア、伯爵に判断してもらうのはどうかしら。ジョナサンのことも、ベラさんのことも知っていて、事情も分かっている唯一の人よ」
ダリアの提案は、とてもしっくりと収まりがいい。やはりダリアは賢いのだ。全員がホッとして、場の緊張が解けた。
「そうしてもらえるかな。僕はラリーの判断に任せたい」
「わかった。手紙を書くわ。父なら、修道院まで行って、様子を探ってくれると思う。きっと上手く運ぶわ」
「伯爵様は、いかにもやり手って感じですものね」
「ラリーはやり手の剛腕親父になっているのだろうね。目に浮かぶよ。そして愛妻家だろ。アリスにベタ惚れだったもの」
「それはその通りよ。ただ母は五年前に亡くなっているの。それからは母の分も込みで、私を溺愛しているわ」
ジョナサンが、驚いたのかピョンと立ち上がった。しかも空中に浮いている。
「そんなことになっていたなんて。僕はその時、彼の傍にいられなかった。何てことだ」
リディアはジョナサンに、床に降りるよう手で示した。素直に床に降り立ったジョンサンは、また落ち込んだ様子で、下を向いている。
「大丈夫よ。私とお父様と二人で、母の思い出をたくさん話したの。それからは私に、暑苦しい程の愛情を注いでくれているわ。だからこそ、今の状況はマズイのだけど」
父の暴走を思い出して、私はため息をついた。そんな私にジョナサンが聞いた。
「そういえば、君はなぜここに入ったの。こんな厳しい修道院なんかに」
そうだった。私がここに居る理由を、ジョナサンにはまだ話していなかった。
まずはジョナサンを再びベッドに座らせ、それからゆっくりと話し始めた。
ジョナサンは、ごく普通の反応を示した。つまり憤慨して怒りまくった。
「普通はこうよね。ケイトとダリアは無反応だったけど。ちなみにケイトは爵位を継ごうと思った罰で、ダリアはもてすぎる罰で、ここに入れられたの」
もちろんジョナサンの憤りはさらに大きくなり、足だけがバラけた。今は気力でバラけるのを止められるそうだけど、限界を突破したそうだ。
試しにジョナサンにクロスのチャームを当ててみた。すると足が元に戻り、その他の部分も影がグッと濃縮して、より緻密になった。もう産毛すら判別できる。




