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修道院パラダイス  作者:
第二章 父の後悔(ハント伯爵視点です)

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気晴らしのための報復


 ところで伯爵様、そう言ってしばらく間を置いてロイが続けた


「正直なところ、伯爵様はもっとすごい剣幕で、王宮に怒鳴り込むものと思っていたんです。王と静かに相談して、婚約解消しただけで終わりというのが、不思議というより不気味なのですが、何かお考えがあるのでしょうか」


「いいや、何もないよ」


 ロイが疑り深い目をしている。私がひたすらニコニコしていると、そのうちにあきらめたようだ。


「現状では直接の敵は修道院。そちらに注力しつつ、王家やユーリ殿下への報復はじっくり考えるということですね」


 トーマスがニコニコを言葉で表してくれた。やはり見どころがある。私は黙って更に笑いを深めた。

 トーマスも同じような微笑みを顔に貼り付けている。


 王もそれをわかっているので、一気に怒りを噴出させない私を、薄気味悪そうに見ていた。全く何も考えずに喜んでいる王子は本物の馬鹿だ。


「トーマス、そんな危険な言葉を気軽に言うなよ。誰が聞いているか分からないぞ」


 ロイの言うことはもっともだ。年長者として、ここは私が教育しないといけないだろう。


「そうだな。君は公爵家を継ぐ立場だから、直接的な言葉を避ける訓練をしたほうがいいだろう」


 トーマスは素直に頷いた。


「言葉は婉曲に、行動は直線的かつ迅速に、ですね。勉強になります」


「教え甲斐があるね、君は」



 その数日後、私は王都の屋敷を執事に任せ、修道院に一番近い街、チェイマスのホテルに引っ越した。

 ここに一ヶ月程滞在するので、ホテルの最上階フロアを借り切っている。


 リディアが修道院に入って、もう少しで2週間になる。

 クックを二度送ったが、手紙をつけたまま戻ってきていた。状況が気になって、夜もおちおち眠れない。


 その長い夜の間に、ユーリ殿下達を陥れる計画の指示書を、せっせと作成した。


 ユーリ殿下とグレイ家が、隣国との関税交渉役を引き継いだと連絡が入っている。

 これは私がほとんど交渉を終わらせていて、締結をするだけになっている案件だ。この条約の締結で、著しく評判を落とした王子の、悪評を覆えそうとしているのだろう。


 早速私は他国に置いている商社から、圧力をかけさせることにした。ついでに、今回のユーリ殿下の悪行を、隣国の交渉関係者にそれとなく、かつ詳細に流させた。


 王女を溺愛している隣国の王は、私と気が合い、よく互いの娘の自慢と、褒め合いをしていたのだ。

 王に対して、役目を降りる挨拶は送ったが、理由はわざとぼかしてある。


 その理由を知った王は、当然怒る。しかも新しい交渉役が、リディアを残酷に扱った本人と、婚約者を差し置いて、図々しい振る舞いをした令嬢の父だ。

 つまり敵だ。娘を愛する父達の仇敵だ。


 噂だけで態度を決める程馬鹿ではない隣国の王は、交渉の場で二人に探りを入れた。だが、私と王の交流を知らない二人は、対応を誤った。

 これで、ユーリ殿下達は、殆ど決まっていた交渉を決裂させ、国同士の関係まで悪化させた、という立派な評判を得た。


 他に二件、グレイ家が引き継いだ交渉事と湖の整備工事がある。そちらも横やりを入れさせることにした。

 交渉事は、交渉相手側に他所からもっと良い条件を提示し、ハードルを上げさせた。我が国の条件では勝てないだろう。

 貴族用のリゾート地として開発している湖には、自然災害に見える破壊工作を指示した。土砂崩れで、だいぶ長く工事が中断することになる。ハント家の用意した機材や資材などにも、被害が出るよう指示しておいた。侯爵家の被害額はかなりのものになるはずだ。中断期間が延びれば、その分経費も垂れ流されて行く。


 私は次第にイライラしてきているようで、歯止めがきかなくなりそうだ。

 しかも、いくらやったところで、気持ちは晴れない。そんなことよりも、とにかくリディアに一目会いたい。


 考えた末に、私は大口の献金という餌をぶら下げて、修道院に乗り込むことにした。

 献金の手続きが終わり、ホクホク顔の院長に、私はおもむろに切り出した。


「修道院長様。娘がお世話になって、二週間程がたちました。娘の様子はどうでしょうか」


 院長は非常に慈悲深い微笑みを浮かべた。


「お嬢様はとても熱心にお勤めをこなしておられます。非常に優秀です」


 これは献金額に捧げる賛辞だろう。院長は心から、この言葉を述べているようだ。


「おお、それは素晴らしい。お褒めいただき、誇らしい思いです。ぜひリディアに会って一言直接、言葉を掛けてあげたい。一言だけにしますので、会わせていただけないでしょうか」


 院長は慈悲と戸惑いの表情で、首をかしげた。


「前回も申し上げましたが、二ヶ月間は面会禁止なのです。それはひとえにお嬢様のためなのです。せっかく修行が順調なのに、甘えが出て、その後ご本人が苦しむことになるのですよ」


 そんな押し問答が続いたが、なかなか院長は首を縦に振らない。

 あの額でも駄目なのかと、私は内心げんなりした。


 思いつく限りの言葉で粘っていたら、その一つが院長の心に引っかかったようだ。それは数年先まで予約が埋まっていると評判の、チョコレートだった。


「メルクル。あのメルクルですか? 噂に聞くだけで、誰も食べた事がないと言われている」


「はい。ちょっとした伝手があるので、二カ月目の面会までには、数を揃えられると思います」


 院長は、まあ、どうしましょうね、と急に迷い始めた。

 攻めるならここだ。


「無理なお願いは、今回で最後にいたします。もう二カ月目までは、決して来ませんから、お願いします。二カ月目の面会時に、王都のメルクルのチョコレートを差し入れいたします。どうでしょうか」


「まあ、献金もしていただいたことだし、特別に認めましょうか。ただし今は修行の最中なので、抜け出すことはできません。明日の午前中でどうでしょうか」


「結構です。ありがとうございます。ところで、こちらの修道院には何人が住んでいるのでしょうか。その数だけ頼んでみましょう」


「約な……九十名です」


「では、九十名分。急いで遣いを出します」


 そういうことで、面会の約束を取り付ける事が出来た。粘ってみるものだ。


 翌朝、私は指定された時間よりもだいぶ早く、修道院に到着した。まだ時間があるので、修道院の塀伝いに歩いてみる。

 高い塀に囲まれていて、中を見ることは出来ないが、声は聞けるかもしれないと思ったのだ。


 若い女性達が集団で暮らしているにしては、声が殆ど聞こえてこない。

 小鳥のさえずりさえ聞こえないのが、不思議だと思っていると、突然ヒステリックな声が上がった。


「顔を洗って化粧しろと言っているのが聞こえないの。本当に反抗的ね。今日も食事を抜きたいの」


 なんて殺伐とした内容なんだ。やはり監獄、もしくは捕虜収容所だな。


「ほっといてください。このままでお父様に会います。なにか問題でもありますか?」


 耳がピンと立った気がした。なんてことだ。リディアの声だ。


「あります。そんな青い顔をしていたら、御父上が心配されるでしょう。親孝行よ」


「だったら、もう少しまともなものを食べさせて。私達三人にもパンを頂戴。そうしたら、言う事をききます」


 仕方がないわね、とぶつぶつ文句を言うのが聞こえた後に、言葉が続いた。


「じゃあ、このパンをあげる。三人で一つよ。分け合いなさい。部屋に戻って食べたら、新しい服に着替えるのよ。面会中に変な事を言ったら、また独房に戻すからね」


 リディアの声が思いがけないセリフを言っていた。


 独房って何だ? 

 パンを寄越せとは、いったい。理解するまで時間が掛かった。私はもっと何か話さないかと、その場でしばらく待ったが、それ以上は何も聞こえてこなかった。


 リディアは独房に入れられていた。

 リディアはパンをもらえていない。

 リディアには二人の友人が出来たのかもしれない。


 考えていたより過酷な環境だが、何も分からないでいるよりはマシだ。

 リディアの声には張りがあって、元気そうだった。それが分かっただけでも、大収穫だ。



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