面会で、不安になったのはどっちだろう
第二章の最終回です。
心を落ち着かせようと、私はもっとゆっくり観察しつつ散歩を続けた。
高い塀はずっと続いている。この塀はなぜ作られたのだろうか。修道院に忍び込めないように? はたまた、脱走を防ぐためか。
王都の修道院は、どこももっと解放的で、こんなに世間から隔絶されていない。
王族の女性が院長を務める、格の高い修道院として特別扱いされているので、今までそれを疑問に思ったこともない。というか、あまり話題に上らないため、考えたことが無いのだ。
多分、皆そうだろう。この環境をおかしいとか、監査しようなどと考える者はいなかった。そうする間に、どんどんいびつになっていったのかもしれない。
一周回るのに1時間近くかかったが、それでもまだ約束の時間に間があったので、門番に話し掛けてみようと裏門に向かう。
門の横の小屋に詰めていた二人の門番に、リディアが運ばれてきた時の騒動を詫びて少し金を渡し、娘がこれからお世話になる、と挨拶をした。
二人の門番は、あのときのご令嬢のお父上ですかと驚き、リディアの体調を心配してくれた。
修道女達は追い剥ぎでも、門番はごく普通の人間のようだ。
彼らは、この周辺に住む平民のようだ。修道院の警備は誰が受け持っているのだろう。
「修道院の中の様子はどんな感じだい。若い貴族女性ばかりだから、さぞ華やかだろうね」
「私らはこの門周辺と、外部棟までしか入れないので、中の様子は全く知らんのです。よく出入り業者や、送迎の者たちに聞かれますけどね」
素朴な雰囲気の男たちは、そう言って笑う。頻繁にそう問いかけられるだそうだ。
「外部棟っていうのは、応接室のある建物だろうか」
「そうですね。外部の者が入れる部分が外部棟と呼ばれています。面会室もそこに置かれています。この門からみえている建物もそうですね。それに続いて中間室があって、荷はそこに積むんです。外部棟のドアを閉めてから、修道女が荷を受け取りに来るようです」
それだと修道女達は、全く外部の者と接触しないわけだ。
「ずいぶん厳重に修道女達を隔離するのだね。何か理由があるのかい?」
「さあ。昔からそうだってことで、私らは疑問に感じたこともないですね」
「ところで、こちらの警備はどうなっているんだ? 騎士たちの姿も見当たらないけど」
「皇室から警備用に、騎士が十五名派遣されています。彼らが外部棟エリアと、外周の警備を行っています。敷地が広いから目立ちませんが、昼休みには半分がここに戻りますよ」
「それじゃあ、内部の様子は全く分からないということだな。何か聞いたりすることはないのか?」
「こちらは裏門で、業者や、送迎の者の準備が主体なので、表門とは違います。中の事はさっぱりです」
もう一人が、ふと思いついたように言った。
「不幸にも亡くなったご令嬢を運び出す時は、こっちの門から出ていくのです。2カ月前にも、お一人送り出しました。元々体の弱い方々が、回復を祈りに来られているそうなので、そういうことも多いのですよ。あれだけは不憫で慣れることができません」
胸がグッと詰まるような気がした。
口元を強く押さえて動揺を隠し、一拍置いてから聞いてみる。
「残念なことだ。祈りが届かなかったとは。私もご冥福を祈って、教会にロウソクを灯そう。この1年で何人ほどかな」
二人は、指を折って数え始めた。
あれはもう少し前だ、などと言い合った後、指を三本立てた。
「親御さんは悲しまれただろうね」
二人はまた顔を見合わせ、あいまいに首を振った。
「こちらに来る方々は、あまり家族から大事にされていないようで、面会に来る者も少ないし、亡くなっても、ご家族が直接引き取りに来ることはないのです」
淑女の墓場、の噂は本当のようだ。気が滅入ってきた。
表門に回ると、ピシッとした感じの門番が2名と、修道女が1人、それに警備に当たる騎士が4名居た。裏門とはだいぶ雰囲気が違う。
面会に来た事と予約時間を告げ、ノートに記名した後に、修道女が案内をしてくれた。面会室の中は狭くて、椅子が一つ置かれている。座った時の顔の高さに、格子の窓が嵌められていて、お互いが見えるようになっている。
「今からリディア嬢をお連れしますので、座ってお待ち下さい」
私は座って、格子の向こう側を見た。
格子はガッチリしていて小さく、向こう側は薄暗いので、あまり良く見えない。目が慣れてくると、向こうの部屋の白いしっくい壁が見えた。装飾の一つ、花の1本も無い、殺風景な部屋だ。
この修道院は、何を目指しているのだろう。献金で集めた金は、どこで何に使われるのか。修道女が金を何に使うんだ?
物思いにふけっていると、ドアノブを回すガチャガチャいう音が聞こえ、向こうの部屋のドアが開いた。
「ハント伯爵様。お嬢様のリディア嬢をお連れしました。どうぞ、お話しください」
そう言って、修道女はリディアの後ろの椅子に座った。
「二人きりで話がしたいのですが」
「規則上、それは認められません。見習い修道女は気持ちが不安定なので、ヒステリーを起こして、倒れることも多いのです。誰かが付き添っていないと危険なのです」
これは、逆らってもいいことは無さそうなので、あきらめよう。
私はリディアの顔をじっと見た。少し痩せたようだが、緑の目はいつも通り、キラキラと輝いている。そして私を心配そうに見つめている。
「不自由していないか?」
「お父様こそちゃんと眠れていますか? 私は大丈夫ですよ。楽しく過ごしています」
独房に入れられていたのに?
私を気遣ってくれているのだ。なんていい子なんだろう。さすがリディアだ。
「リディア、何か欲しいものは無いか?」
「食べ物を差し入れて欲しいです」
それはそうだろう。パンもまともにもらえないなら、他の物をもらっているはずが無い。後ろに座っている修道女が立ち上がった。
「修道院の食事では足りないのかな?」
「少しもの足りません」
修道女が口を挟んで来た。
「今までのような豪華な食事は無理です。修道院の食事は、質素なのが当たり前です。お友達が待っていますから、あまりわがままを言わないようにね」
つまり友達を人質に取っているのか。
「リディア、我儘は駄目だよ。だけど少食のお前がそう言うなら、量が少ないのだろうね。今日50万ミル寄進したが、追加でパンの差し入れをしよう」
それから修道女に向かって尋ねた。
「パンを一人当たり2個では多いでしょうか。もしくは焼菓子等をデザートとして差し入れさせていただくのも、いいかもしれませんね」
修道女の目が泳いだ。さてどう出るだろうと見ていると、コホン、と咳払いをした。
「他の見習い修道女は何の文句も言わないので不要かと思いますが、一応院長に確認してまいります。すぐに戻りますからね」
そう言いおいて、面会室から急いで出て行った。思いがけないチャンスが手に入ったのだ。私は格子に手をかけ、思い切り体を寄せた。
「リディア。本当のところはどうなんだ。どんな生活をしている?」
リディアは少しためらってから、ぽつぽつと話し始めた。
「やっぱり監獄だわ。修道院の食事は量が少ないので、みんな文句を言う気力も体力も無いみたい。パンの差し入れはありがたいけど、本当に私達に届くのかしら?」
フッとため息を吐いた後、リディアは私を見ると突然笑顔を作った。
「でも同室の子達と気が合って、友達になりました。夜のおしゃべりが楽しいんです」
私を慰めようとしているんだ。なんてことだろう。
「皆の手元に届くよう、何か手を打つよ。私に任せてくれ」
ガチャッと乱暴にドアが開き、修道女が飛び込んできた。
「お待たせしました。パンは支給しているので、焼き菓子なら大丈夫だそうです」
それだけ言うと、椅子をガタガタさせて座った。
「それはよかった。では、納品業者や、方法を決めてからご連絡します」
「お父様、あまり私のために無理はしないでね。家の仕事も、国の仕事もたくさん抱えていて、忙しいでしょう」
リディアが、またもや心配そうにしている。かわいい娘のために頑張ること以上に、大切な仕事なんて無いのに。
「国の仕事からは手を引いたから、心配しなくて大丈夫だ。それに、こっちに引っ越すことにしたんだ。王にも許しを貰ったよ」
リディアと修道女が、椅子を倒して立ち上がった。
「え! お父様、本当ですか?」
「ああ、本当だとも。もうこの周辺の土地は私のものだ。もう一カ月もしたら、屋敷が出来上るかな」
リディアがつっかえながら話した。
「あの、色々驚きましたが、国の最重要案件をいくつも抱えていたはずですよね。本当に王がお認めになったのですか」
「ああ、本当だとも。快く承諾してくれたよ。冗談だけど、お前に何かあったら、何をするかわからないと王に言ったら、笑いながら許してくれた」
あ、リディアが目をそらした。これは怒っているな。
リディアにはよく叱られる。私の判断基準が、時々理解できないとも言われる。だが、そんなはずは無い。私は終始一貫している。リディアが一番で二番はないのだ。
第三章「リディの回想、そして今」からは、リディアの視点に戻ります。
仕事が忙しくなってしまい、毎日更新は無理そうなので、三章からは週二回水曜日と土曜日に更新します。




