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第七話

 みすぼらしい格好をした男は煌びやかな王城にこれでもかと緊張していた。あまりにも住む世界が違い過ぎることに、可哀想な程委縮している。


「どうなの?」


 エリアーデに促され、侯爵は驚きながらも肯定する。


「……確かに、その者に密偵を任せていた」


 侯爵の解答を得ると、エリアーデは男に問いかける。


「ふふ、ねぇあなた。私を覚えてるわね? 宿の外でナロットとは別の殿方と抱き合っていたふしだらな女のことを」


「あ、あぁ……。確かに、あんただった」


 震える男は真実を口にする。エリアーデはまた小さく笑うとエルンにもたれかかった。


「そのふしだらな女と抱き合っていたのは、このふしだらな殿方だったんじゃなぁい?」


 クスクスと笑うエリアーデにエルンは気まずそうに頬を染めて視線を明後日の方向に泳がせる。


「……! そ、そうだ、確かにその男……っ! あ、あぁ……!」


 エルンが第二王子だと気づくと男は顔を青から白へと変えていく。


「あらあら、大丈夫よ。不敬なんかじゃないわ。むしろ証言してくれて嬉しいわ。陛下、どうかこの方に望む物を差し上げてくださいまし」


「うむ、いいだろう」


 にこっと笑う寛大な王に男は平伏した。男を連れて来た衛兵は男を不安にさせないように優しくこの場から連れ出していった。


「……っ!」


 侯爵は何も言えずに口を閉じたり開いたりしている。エルンは気まずさを払うために一度咳払いした。


「あの時は平民の姿に変装していたから無理もない」


「な、なぜ……!」


 青ざめる侯爵にエルンがムッとする。


「決まっているだろう。エリアーデとその男が不貞じゃないと証明するためだ」


 これ見よがしにエルンがエリアーデを抱き寄せる。だがナロットは納得できなかった。


「だ、だが俺の体には確かにエリアーデの痕が……!」


「あれは僕が脱がせたときについた傷だ! エリアーデじゃない!」


 嫉妬から顔を赤くし叫ぶエルンをエリアーデが嬉しそうに見るが、それに比例するようにナロットは体を硬直させていった。


「あの日だけじゃないかもしれないじゃない!!」


 突如セリーヌが声を張り上げる。


「エルン殿下の見ていない所で不貞行為をしているかもしれないじゃない!」


 セリーヌの反撃に貴族達は、ほぅと頷いた。確かにそれは一理あると楽しそうにワイングラスを口に運ぶ。


 エリアーデはこれ以上不貞をした、していないという論争に終止符を打つためにクスリと笑った。


「……さっきから何がそんなにおかしいのよ」


「いえ、あまりにも必死な姿が滑稽で」


 射殺さんばかりにエリアーデを睨みつける格下の女にエリアーデは姿勢を正すと美しく微笑んだ。


「私は不貞行為など一切していません。それどころか、この身を誰にも許したことはないわ」


 勿論調べてもらっても構わないと付け加える。


「は、はぁ!? 嘘でしょ!?」


「嘘じゃないわ。だって私の心はずっとエルン様にあったのだから」


「エリアーデ……!」


 エルンは感極まってエリアーデを強く抱きしめた。


「今までごめんなさいエルン様。でも、私どうしてもあなた様には安全な場所にいてほしかったの。誰よりも愛しているから……」


「嬉しいよエリアーデ、僕は幸せ者だ。僕もずっと君を愛していた。君の隣にいられないこの身分が嫌でしょうがなかった。……強くなる、君が心配しなくてもいいくらい強くなる! だから、僕と本当に結婚しよう」


「エルン様……。今までお待たせしてしまって本当にごめんなさい。喜んでお受けいたしますわ」


 抱き合う幸せな二人に皆が温かい拍手を送った。王も王妃もようやく正式に結ばれた二人に頷きながら涙ぐみ、兄である王太子はホッと安堵していた。


「いや! おかしいでしょ!? 婚約が決まったから夜会を開いたんじゃないの!? さっきから本当、何なのよ!!」


 セリーヌの怒りのツッコミに参加者が忘れていたと気を取り直した。王も忘れていたようで咳払いしたあと顔を引き締める。


 この婚約パーティーは侯爵家とナロットをおびきだすための罠に過ぎなかったのだが嬉しい展開にすっかり気をやられていた。


 エリアーデは意外にも律儀なセリーヌにほんの少しだけ申し訳なく思ったが、さっさと没落への道を辿らせて楽にしてやろうとエルンに甘えるようにもたれかかった。


 そして王がはっきりとこの夜会の真の目的を厳かに告げる。


「テール侯爵、今日この場に貴様らを呼んだのは他でもない。貴様らの裏切りを断罪するためだ」


「な、何をおっしゃるのですか陛下!!」


 白々しいと王は目を細める。


「こちらこそ調べはついている。エリアーデ、この愚かな裏切り者共に教えてやれ。そしてタルト商会を敵に回した事を存分に後悔させてやるといい」


「はい、陛下。お心遣い感謝いたしますわ。では、テール侯爵家の罪状をこの場の皆様にお伝えいたします」


 貴族達は待ってましたとばかりに目を輝かせる。その異様な雰囲気に侯爵家は思わず後ずさりした。


「この者共は侯爵家が所有する領地に存在する湖が塩湖であったことを国に秘匿し、何も知らないブレナン伯爵家を騙して婚約を結ばせた上に伯爵領を身分を盾に勝手に開拓したあげく、トーリャ国に塩を密売し不正に資金を得ていました。この事から脱税に加え、反逆罪、その他諸々の罪に問われるでしょう。あぁ、そうねブレナン伯爵家に対する横領罪も成立すると思われます」


 そこまで言い切るとエリアーデがにこりと微笑んだ。


「で、でたらめだ! タルト商会が我がテール家の貿易を疎ましく思ってそのような事を言っているに過ぎん!」


 エリアーデに反論しようと侯爵が声を上げるが顔面はすでに蒼白である。王は見苦しく抵抗する侯爵を冷たく見下ろす。


「タルト商会はただの商会ではない。ロッテ家は代々王家のスパイとして暗躍している我が王家の最も信頼する一族だ」


「……は!?」


 突然の告白に侯爵家も、ナロットさえも顔から血の気が引いて行った。



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