最終話
タルト商会の正体を王自らの言葉で聞かされた侯爵家は恐ろしさから全身を震わせていき、ナロットも困惑を隠せなかった。
だが王は容赦なく続ける。
「わかるか? なぜこれほどまでの大商会であるロッテ家が爵位を持たぬのか」
誰も答えられなかった。
「ロッテ家は王家に忠誠を誓っているために爵位を求めてはいないのだ。それゆえ王家はロッテ家を手放しで信頼しておる」
エリアーデがクスリと笑う。その笑いに再び怒りを刺激されたセリーヌが静かに問う。
「しかし、お言葉ですがこの度の婚約でロッテ家は王族の仲間入りをされるではありませんか」
ギリッと悔しさで奥歯を噛み締めるセリーヌに王は呆れてため息を吐いた。
「愚か者が。エルンは王族より籍を抜け平民となると言っているのだ」
「!?」
驚く侯爵家とナロットに周りの貴族達がクスクスと笑った。その反応にまたしてもセリーヌは何なのだと苛立ったが口には出せなかった。王が僅かに悲しみを滲ませながら続ける。
「エルンがロッテ家に婿入りすることでエルンは今後王族に近づくことはおろか、この城へ許可なく入城することも許されん。それはタルト商会が貴族だけでなく平民も監視しているからなのだ」
商売を隠れ蓑にこの国に仇なす不穏分子がいないかを監視し、貿易を通して他国すらも監視、情報調達することを欠かさない。それがこのタルト商会の真の目的である。
そのため疑われないためにも不用意に王家に近づくことは許されない。だからこそエリアーデはエルンの想いを受け入れるわけにはいかなかった。
だがナロットとセリーヌを追う中で、エルンの純粋な想いを向けられ続けたことにエリアーデは長年抑えていた気持ちにもう我慢ならなくなったのだ。
嬉しそうにエリアーデに頬を寄せるエルンに、ナロットは自分の行いが恥ずかしくなった。王族であるエルンが真に想う一人の女性のために、平民にまでなって愛を貫き通そうとした姿勢に居たたまれない気持ちになる。
「テール侯爵よ、言い分があるのならば聞こうではないか。勿論ロッテ家の主張を覆す確たる証拠を示せるのだろうな?」
王の厳しい追及にとうとう侯爵は膝をつき項垂れた。
「あんたのせいよ! あんたがあの女に愛人契約なんてバカなこと持ち掛けたりするからこんなことになったのよ!!」
ナロットはセリーヌに殴られるが無言でそれを受け入れる。そうでもしなければ示しがつかないと思った。
「往生際の悪い娘だ。貴族ならば最後まで堂々とせんか、見苦しい。衛兵、テール家を牢にいれておけ!」
王の命で素早く駆け付けた衛兵は項垂れる侯爵夫婦を縄にかけ、尚も暴れるセリーヌを乱暴に抑えつけ同じく縄をかけると引きずるようにダンスホールを連れ出していく。
「ふざけんな! ナロット絶対許さないから!! エリアーデこのクソ女! お前のことも呪ってやる!!」
「あらあら下品な子」
クスクスと笑って罪人を見送るエリアーデに周囲の貴族達は良い見世物を見せてもらったと満足そうに笑ってワインを楽しんだ。刺激のあった断罪劇に日常の忙しさを忘れてもらえたようで良かったとエリアーデも満足であった。
そして一人取り残されたナロットに王が語り掛ける。
「ナロット・ブレナンよ。なぜここにお前以外のブレナン伯爵家の者達や他の貴族達がいないかわかるか?」
「へ、陛下……恐れながら、わかりません」
素直に答えるナロットに、王は優しい顔で続ける。
「ここにいる者達は皆、王家と深く関わりのある者達だ。そしてタルト商会の真の姿を知る者達でもある」
「あ……」
ナロットが辺りを見渡すと貴族達は微笑んだ。その雰囲気にナロットはようやく自分の立ち位置を理解する。侯爵家の次は自分の番なのだと。
「ナロットよ、お前は随分と口が軽いようだな。そんなお前にタルト商会の正体を知られた今、お前をこのまま返すことができなくなった」
「……っ」
同じく正体を知った侯爵家は罪人となったために二度と日の目を見ることは叶わない。
「わ、わたしは……」
事の重大さに気づいたナロットはどんどんと顔を青くさせていき全身が震えだした。このままでは自分も牢へ入れられてしまうかもしれないと恐怖で呼吸が荒くなる。
「陛下、分かっていらっしゃるのにそんな意地悪なさらないで上げてくださいまし。ナロットは利用されていたに過ぎませんわ。そうでしょう? ナロット」
助け船の様なエリアーデの言葉に希望を見出したナロットは思わず顔を上げる。
「む、エリアーデ。ではこの者をお前ならどうするというのだ?」
エリアーデはニコッと微笑むとナロットに歩み寄る。ナロットの目にはエリアーデの姿がまるで女神の様に見え、思わず目を潤ませる。
「エリアーデ……すまなかった。俺が悪かった! セリーヌが嫌で、優しかったお前に癒されたかっただけなんだ……!」
酷い提案をしてしまったとナロットが俯くと、涙が大理石の床の上にいくつも零れ落ちてゆく。エリアーデはナロットの両頬にそっと手を添えると顔を上げさせた。
「エリ……」
「ふふ、ふふふ、うふふふふ! あぁ、ナロット可哀想にこんなに震えて……。でもね、許さないわよ。私はあなたのことを」
「え……」
無慈悲な宣告に絶望したナロットの体が固まる。
「でも大丈夫よ、そんなあなたを私が一生飼ってあげるわ」
「え”!?」
エルンとナロットが同時に叫んだ。エリアーデは頬を染め恍惚と顔を歪ませると高笑いする。
「あぁ! 一度でいいからダメな子を一から調教してみたいって思ってたの! あら、あなたが悪いのよナロット。私に愛人になれなんて愚かなことを言うから我慢できなくなっちゃったわ! ふふふ、みっちり教育して私の可愛い従順な犬にしてあ・げ・る♡」
「い、いや! やめてくれ、エリ……! いやあぁぁ!!」
「さすが僕のエリアーデだ」
エリアーデは隠し持っていた首輪を嫌がるナロットに容赦なくつけると今まで以上に満足そうに高笑いする。エルンはその鮮やかな手腕に惚れ惚れとしていた。
貴族達もまたタルト商会の女主人による素晴らしい余興が始まったと目を輝かせ、王は女性の扱いは気をつけなければと肝に銘じながら冷や汗を滲ませる。
王妃はうちの子はちゃんとやっていけるだろうかと心配し、兄である王太子は哀れなナロットに心の中で合掌していた。
こうして断罪劇は無事に幕を閉じたが、エリアーデの復讐はまだ始まったばかりである。




