第五話
「酷いよこんなの!」
エルンはエリアーデを強く抱きしめながら年甲斐もなく泣き喚きそうになるのをぐっとこらえる。
「大丈夫ですわエルン様。私どもタルト商会が開発したこの無味無臭の睡眠薬に抜かりはありません」
エルンの腕の中で透明な液体が入った小瓶を自慢げに揺らす。だがエルンは納得できないようだ。
「もう充分だろ? 復讐どころかこいつにとってご褒美になってるじゃないか!」
「あらエルン様、天国の後に地獄を見せる。これこそ立派な復讐でしてよ?」
ご機嫌な顔でエリアーデはベッドの上に転がるナロットの服を脱がせ始める。
「僕がやるから君はもうこの男に触らないで!」
エリアーデを下がらせエルンは乱暴にナロットの衣服を剝いでいく。時々手が当たってナロットの肌に引っかき傷や赤い痕がつくが気にしない。
「あらエルン様、工作がお見事ですわ」
「どこに感心してるの!」
情事の痕を演出しているわけではない。ただの八つ当たりに興味を示さないでほしい。
裸にひん剥いたあと近くに宿代を置いた。エルンはエリアーデの手を取って足早に宿を出るとエリアーデを再度強く抱きしめる。往来の多い場所であるがここでは誰もが他人を気にも留めない。
「もうやだよ、帰ろうよエリアーデ……」
「エルン様……」
エリアーデに弱さを見せるエルンの背に両腕を回し力を籠め体を預けたかったが、ぐっとこらえてそっと離れるとエルンと顔を合わせた。
「次は侯爵家を調べなくてはなりません」
困った様に笑ってエルンの頬をそっと撫でる。優しく拒否されたことにエルンは悲しそうな顔をしたが小さく頷いた。
今頃優秀な諜報部隊が手に入れた情報を持って主人の帰りを首を長くして待っているはずだ。
エリアーデはエルンの手を取るとタルト商会へ帰るために歩き出す。その後ろを一人の男が静かに二人の後ろ姿を見つめていた。
◇
商会に戻るとエルンを伴って復讐計画作戦室と命名された最高級の客室へ足を踏み入れる。
さすがに王族であるエルンを普通の部屋に通すことは憚られたからだ。当の本人は気にしなくていいのにと先程の不機嫌さも相まってむくれている。
その顔も可愛らしいとエリアーデの心が甘く刺激された。
「お嬢様、特大の情報を掴んできました!」
「まぁ、さすがねジェイちゃん。さっそく教えてくれる?」
ジェイは元気よく返事を返すと持っていた資料を机の上に丁寧に広げる。
「こちらをご覧ください。テール侯爵領には大きな湖が存在するのですが、最近その湖の水が干上がったことで上質な塩が採れることが分かったようです」
「何だと?」
塩という単語にエルンの不機嫌が吹き飛んだ。ジェイはエルンの気づいたことに同調するように説明を続ける。
「そうなのです。このことは王族に報告せず秘匿しています」
「何ということだ、これは完全な裏切りじゃないか!」
「ふふ、下手をすれば反逆者と捉えられてもおかしくはないわね」
この国には塩に税をかけている。所謂塩税だ。海に面した地域が少ないこの国にとって塩税は大切な収入源の一つである。
そしてブレナン伯爵領のように珍しく海に面している領地を保有している者は、国から特別な許可を得なければ塩田を作ることは許されていない。
ブレナン家はその許可を得ず、貿易の中継地として海を使っているため塩を作ってはいない。
「どうやらテール侯爵家はこの塩湖から採れた塩をトーリャ国に密売し、不正に金を得ているようです」
「なるほどね、だから質の悪い絹や胡椒を対価として買い取っていたのね。質が悪くても需要があるし、トーリャ国も内陸だから塩は貴重な上に湖から採れるとあったら価値は跳ね上がるものね」
良くやったわ、とジェイを褒める横でエルンは難しい顔をする。
「伯爵領の森を切り開き、道を整備するだけの金も容易に出せるわけだ。しかし、そうなるとあの男は本当に利用されただけなのだな」
知らずに犯罪の片棒を担がされるとは何と哀れなと少しだけ同情した。ナロットはセリーヌと結婚したいわけでもないと言っていたことも相まってなんだか可哀想になってしまう。
「いいえ、エルン様。私を愛人呼ばわりなど言語道断ですわ……! やはり少々お灸を据えてやらなければ私の気が済まないのです」
「エリアーデ……。頼もしいな」
そんなエリアーデも好きだとエルンは頬を染めた。
「ではエルン様、最後の仕上げとまいりましょう」
「あぁ!……ん? エ、エリアーデ?」
エリアーデはエルンの手を両手で包み込むと真剣な顔を向ける。そのあまりの迫力にエルンは何事かと戸惑った。
「エルン様、どうか私と結婚してくださいまし」
「え……えぇ!? 喜んで!!」
想像していなかった告白にエルンは思わず即答した。




