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第四話

 ナロットの性格、趣味趣向は把握済みである。勿論セリーヌに関する情報も取得済みだ。


 敵を知ることは最大の武器となる。商売という情報戦を勝ち抜いてきたエリアーデに死角はない。唯一の弱点を上げるとすればエルンとなるだろう。


 だが彼は王族である。エリアーデの直接の守護など必要ではない。だからこそこの曖昧な関係に甘んじていたのに。


「なんだエリアーデ、悩み事か? お前らしくない」


 隠れ家的なカフェで注文した紅茶を手に不安そうに俯くエリアーデを気にかけるナロットだが、その顔はどこか嬉しそうである。


「えぇ、少し不安なことがあって……」


 困った様に微笑むエリアーデにナロットは得意気に頷いた。きっとナロットの心の中は優越感でいっぱいなのだろう。


 しっかりとした大商会の女主人が自分に捨てられるのを不安がっているとでも思ってくれているに違いない。やはり愛しいエルンの事を頭に思い浮かべて正解であった。


 エリアーデにとって顔に出る程不安になることなど彼以外にない。エリアーデの頭と心を支配しているのはいつだってあの可愛らしい青年なのだから。


「まだセリーヌのことが気にかかってるんだろうが大丈夫だ。言っただろ、貴族の都合だと。セリーヌは爵位を上げるために結婚するにすぎん」



 あらあら言っちゃったわこの子。



「そうなの? 貴族の世界は私にはよくわからないから不安になってしまうわ」


 貴族の世界を知らないわけがない。こちとら王族すらも商売相手なのだ。だがこのおバカさんの自尊心を満足させてあげなければならないため話を合わせる。


「エリアーデにはわからないだろうが貴族は大変なんだ。……俺だって、本当はセリーヌと結婚したいわけじゃない」


 不服そうに不満を口にするナロットにそうでしょうねと心の中で同意する。セリーヌはナロットにとって苦手な部類と言えるだろう。


 高位貴族故の傲慢さに加え、無駄にプライドが高い。情報によれば侯爵家の方から婚約の打診という名の圧をかけてきたようで、伯爵家から婚約をさせてくれと言わざるを得なかったらしい。


 そんな身分を盾に結んだナロットとセリーヌの関係など容易に想像ができる。


「セリーヌ様は失礼ながらお気が強そうですので大変でしょう。心中お察しするわ」


 にこりと微笑んで労いの言葉をかけてやる。ナロットはホッとした顔を見せたあと、気が緩んだのか次々と愚痴もとい情報をこぼし始める。エリアーデは嬉々として聞き役に徹し、時々褒めることを忘れない。



 あぁ、この男のこういう単純で扱いやすい所を可愛いと思っていた。



 かつての恋人関係を思い出し、背筋が快感からぞくぞくとする。確かに貴族達の間で愛のない政略結婚をしたために愛人が互いにいるという環境は珍しいことではない。


 タルト商会にも堂々と愛人のために高額な商品を希望する者も沢山いる。だが無駄にプライドが高いセリーヌはそうはいかないだろう。


 あの女は典型的な己に甘く他人に厳しいを地でいくタイプだ。まして侯爵家よりも爵位の低いナロットが愛人を作っているなど決して許さないだろう。


 さらに自分が小馬鹿にして見下している今現在、敵意を向けている平民の女が愛人だと知ったなら発狂するのではなかろうか。


 あぁ、それはそれで楽しそうだ。その無駄に高い鼻っ面を折られた顔を見せ物に酒を嗜むのも最高そうだ。


 いや、いけない。この案件はすでに王族が巻き込まれている。完璧を達成するためにはまだ足りないと、エリアーデは気を引き締めた。


 その頃エルンは、平民風を装った変装をし同じカフェに客として潜り込みナロットを背にした席に座って会話の内容を盗み聞いていた。が、げっそりとしていた。


 エリアーデを下にした発言、いかに自分が苦労しているかをアピールし面倒見の良いエリアーデに甘える男に辟易する。


 そして愚痴としながらこんな外で他家の情報を次から次へと喋るなど言語道断である。


「テール侯爵家はうちに断りもなく勝手に伯爵領の森を切り開き、道を作って整備し始めたんだ」


「まぁ、そうなの」


「何やら異国の奴らと勝手に貿易を始めたりとやりたい放題で腹が立つ!」


「それは大変ね」


 聞き上手なエリアーデに惚れ惚れすると同時にナロットに嫉妬を感じ始めた自分に嫌気がさす。


 エルンがここにいるのはあくまでエリアーデに協力し、ナロットとは不貞ではないと証明するためについてきているだけに過ぎない。


 王族であるエルンの証言は揺るがない証拠となるのだ。エリアーデの復讐を自分から手伝うと言った手前、聞き役に徹しなければいけないとため息を吐いた。


 後ろで二人が席を立った気配を感じ取る。横目で二人を確認すると、さりげなくエリアーデが会計しているのを見て別の意味で腹が立った。



 愛人の意味をあのボンクラは本当に分からないのか!?



 いけない、いけないと気を落ち着かせ、エルンは少し遅れて店を出る。仲睦まじそうに先を行く二人を睨みつけながらも距離を取って後をつけた。



 視線が痛い。



 エリアーデは内心苦笑しながらもその嫉妬に心地良さを感じ、嬉しい気持ちで受け入れる。だがきっと、ここからもっとエルンの胃を痛くさせてしまうことが起きるだろうと先に心の中で謝罪した。


「ではエリアーデ、ここでちょっと休憩していこうか」


「そうですわね」


 訪れた場所は高級宿。明らかなそういう場所である。恋人の時にできなかった事にナロットは興奮を隠せない様子でエリアーデの腰に手を当て、ぐいぐいと中へ進ませる。


 そして一室に入るとすぐにエリアーデをベッドの上に押し倒した。


「エリアーデ……!」


「待ってナロット様。女性には色々と準備がつきものなのよ?」


 ナロットの唇に人差し指を当て体を起き上がらせる。何かの魔法にかかった様にナロットは抵抗することができずに大人しく従った。


 にこりと妖艶に笑うエリアーデにカッと顔を熱くさせる。


「も、もちろんわかっているさ!」


 決してガッついたわけではないと見栄を張ってベッドに座って足を組むナロットに期待を持たせるように軽くウインクを飛ばすと、エリアーデは浴室へ消えていった。


 服を脱がずに暫く浴室で時間を稼ぐ。


「そろそろ頃合いかしら」


 エリアーデは音を立てずに浴室を出るとベッドの上を確認する。すると小さな寝息を立て深い眠りへと落ちているナロットを目に入れ、やれやれとため息を吐いた。


 窓に白いハンカチをかざす。するとあまり間を置かずにエルンがこの部屋に飛び込んできた。


「エリアーデ無事か!?」


 涙目なエルンにまた胸が高鳴った。



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