速さ比べ
ウタカタは休憩を切り上げて、登頂することにした。
セツナも、それ以上は何も言わなかった。
激しい雨が、二人を叩きつけるように降り注ぐ。
「雨が強くなってきたな。山の天気は変わりやすいってか!?」
こんな状況でも軽口を叩くウタカタ。
しかし、そんなウタカタにセツナの心は救われていた。
災厄が降り注ぎ、本来なら重苦しい旅となるところを、ウタカタの性格がそれをあまり感じさせなかった。
「もう少しです、ウタカタさん!もう直ぐ風の精霊様の封印の地に到着します!」
これを聞き、ウタカタは元気を取り戻したかのように、軽い足取りで歩みを進めた。
「そいつは朗報だねぇ!おじさん、頑張っちゃうよー!ガハハハハッ!」
「ちょっと、張り切りすぎないでくださいよ!これから精霊様と戦うんですから!」
セツナの制止を聞き耳持たずに進んで行くウタカタ。
「わかってる、わかってる!先に着いて待ってるよーん!」
「ちょっと待ってください!置いてかないでくださいよー!魔物に襲われたらどうするですかー!!………コラ、待てーー!!」
セツナの声も虚しく、ウタカタはどんどん先へと進んでしまい、セツナが怒鳴り声を上げながら走って追いかけた。
すると、ウタカタが動きを止めて立ち止まった。
「……?どうしたんですか?」
「危険だから少し離れた方がいい。それと、結界も張っときな」
「まさかっ……!」
ウタカタの台詞から、セツナは察した。
「あぁ、そのまさかだ。風の精霊さんの、お出ましだよ」
ウタカタの眼前には、宙に浮きながら周囲に竜巻をいくつも発生させてウタカタを見下ろす風の精霊の姿があった。
その身は何かの物質でできているような見た目ではなく、風そのものを肉体としているようだった。
「触れたら切れちまいそうな体だねぇ。ありゃぁ、実体があるのかい?そもそも斬れないんじゃあ、どうしようもないけどねぇ」
そう言いながらも、いつでも抜刀できるように柄に手を伸ばすウタカタ。
腰を落として半身を切る構えを見せた。
『肉体が風でできて刀では斬れずとも、必ず核はある。核を斬るのじゃ、ウタカタよ』
土の精霊が助言をする。
「なるほどねぇ。そういや、核があるんだったねぇ。見た目に驚いて忘れてたよぉ」
『まったく、呑気な奴じゃのぉ!』
「それが俺のいいところさっ」
『褒めとらんわい!』
「でも、どうしたもんかねぇ。風の精霊さん、宙に浮いてるよ。攻撃が届かないんじゃあ、どうしようも……、あっ、そうか。足場を作れば済む話だねぇ!」
『ワシの力が必要じゃな、遠慮せず使うがいい』
「さっすが精霊さん、俺が何を考えていたのかわかってるみたいだねぇ」
『それ以外に方法が無かろう』
「そんじゃあ、力借りるよー!」
ウタカタは土の精霊の力を借りて地面を隆起させた。
いくつも隆起させて長さの異なる石柱を作り、一つ一つ石柱を飛び移って上へと登っていく。
「ウタカタさん、土の精霊様の力で足場を作って攻撃するつもりですね。風の精霊様が浮いているとなると、足場を作るしかありませんね」
戦闘に巻き込まれないであろう安全なところまで距離をとりつつ、ウタカタの戦いが見えるところで結界を張り見守るセツナ。
「核の位置がわからないから、取り敢えずてきとうに攻撃しますかー。我流・泡沫一閃!」
ウタカタの斬撃が繰り出される。
しかし——。
「あれ?いない」
『背後じゃ、ウタカタ!』
「なっ!?はやっ……ぐはっ!」
風の精霊は目にも留まらぬ速さでウタカタの背後へと回り、風による斬撃、カマイタチを飛ばしてきた。
ウタカタは新たに足場を作りそこへ着地する。
「おもいっきりくらっちまったねぇ、ゴフッ!」
『無事か!?ウタカタよ!』
「何とかねぇ。あの攻撃を防ぐなら金剛鎧装を使いたいところだけど、あれは重いからねぇ」
『戯け!重さなんぞ気にしておる場合か』
「それが、かなーり大事なんだよねぇ。重いと動きは当然遅くなる。俺の泡沫一閃を避けられたんだ、今より遅くなったら確実に当てられない」
攻撃を当てるためには、防御を捨てざるを得ない状況に緊張が走る。
『打つ手はないのか!?』
「そりゃこっちが聞きたいとこだけどねぇ。一応、一つだけあるよ、一つだけね」
ウタカタは勿体つけるように言った。
『何じゃそれは?』
「単純さー、泡沫一閃よりも早い斬撃を繰り出す、それだけのことだよ」
『……勿論、あるんだろうな。その泡沫一閃よりも早い斬撃が』
土の精霊は少し不安げにウタカタに問う。
「勿論あるけど、こいつが躱されたら打つ手無しだねぇ」
ウタカタの目は真っ直ぐに風の精霊を捉えていた。
その眼差しは自信満々で、とても打つ手なしの絶望を感じさせないものだった。
『言葉とは裏腹に、随分自信ありげじゃのう』
「俺の十八番だからねぇ。だからこそ、これが躱されたら打つ手無しさ」
風の精霊は理性を失っていて、ウタカタを狙おうとはせず、辺りに竜巻を発生させたり、カマイタチで山の木々を切り倒している。
「理性なく暴れているおかげで何とか助かってるねぇ、俺。まぁでも、理性が残ってたら暴れてないか」
ウタカタは刀を納刀した。
『どうした?ウタカタよ』
「足場を伸ばして、風の精霊さんとこまで詰める。ギリギリまで間合いを詰めて、確実に命中させるしかないねぇ。やるか、やられるかだよ」
覚悟を決めた顔付きで真っ直ぐ立ったまま答えた。
『何を言っとるんじゃお主!?早く構えよ!やられるぞ!』
「わかってますよー」
力の抜けた声で返事を返すウタカタ。
左足を後ろに下げて腰を落とし、半身を切って低い姿勢を取る。
鞘を左手で握り、右手は柄の元へ、右肘は風の精霊へと向いていた。
その構えは、そう、居合斬りの構え。
「速さ比べといこうか、風の精霊さん」
その言葉を合図に、ウタカタの足場とする石柱は、風の精霊へと向かって伸びていった。




