巫女に伝わる伝承
土の精霊の暴走を鎮め、封印を無事終えた二人は聖山を後にし、西の空を覆う不気味な黒い竜巻——その先にある、風の精霊の封印の地を目指す。
ウタカタはその道中、隣を歩くセツナへと視線を向けて、気になっていたことを聞いた。
「なぁ、セツナ。ちょっと気になってたんだが、質問していいか?」
「はい、なんですか?」
「精霊に『核』があるって知ってたのに、最初の戦いの時に、なぜすぐに教えてくれなかったんだ? 最初から知ってりゃ、あんなに苦戦せずに済んだろうなぁってさ」
意地悪ではなく、純粋な疑問だった。
セツナは一瞬気まずそうに視線を落とし、それから小さく首を振った。
「……知っていた、というのとは少し違うかもしれません。代々、私たちの神社に伝承として伝えられてきた言い伝えがあったんです。でも、それが本当にあった話だとは、私自身ずっと信じられなくて……。言ってしまえば、昔の人が大袈裟に話を盛った御伽話か、ただの伝説だと思っていたんです」
それを受けて、どんな言い伝えだったのか、ウタカタは興味を抱いた。
「へぇー、どんな内容なんだい?」
ウタカタが興味深そうに促すと、セツナは記憶の奥底にある、古めかしい神座の言葉をなぞるように口を開いた。
「言い伝えには、こうあります。
精霊の顕現にて、核が必要なり。
マナはあらゆる力の起源なり。
九柱の精霊の封印解かれし時、世界に災厄訪れん。
巫女の祈りと精霊の封印によりて、世界から災厄封じられん。
その依代、巫女なり」
セツナの透き通るような声が、静かな山道に響く。
ウタカタは顎の無精髭を掻きながら、その言葉を頭の中で反芻した。
「精霊の顕現にて、核が必要なり……なるほどねぇ。現世に顕現するためにはどうしても核が必要だから、そいつを破壊しちまえばいいってことか」
「はい……。まさか、精霊様の器とする肉体が、あんな風に再生するだなんて思わなくて。それで、戦いの中で必死になって、後からその核の存在を思い出したんです」
「なーんだ、そういうことか! 思い出してくれてありがとな、セツナ。あのままじゃおじさん、今頃すり潰されて砂になってたぜ」
ウタカタは少しおちゃらけた様子で言った。
「い、いえ、そんな……! むしろ、すぐに伝えられなくてすみません……っ」
恐縮して俯くセツナに、ウタカタは「気にすんなって、そんなこと!」と豪快に笑って彼女の肩を軽く叩いた。
「それより俺は、その伝承の他の内容の方が気になるな。もしかして精霊ってのは、全部で九体いるのかい?」
ウタカタがそう呟いた、その瞬間だった。
彼の脳裏に、あの地鳴りのような土の精霊の、不機嫌そうな心の声が直接響き渡った。
『そうじゃ。我ら精霊は九柱おる。九体などと数えるな、まったく不届き者よのぉ』
「おっと、悪いねぇ精霊さん。どうにも俺はこういう神様事に疎くてねぇ」
頭を抱えて苦笑いするウタカタ、しかし、すぐに表情を引き締め真剣な面持ちになって言った。
「まぁ、九柱?いるっていうのはまだいいんだが……『九柱の精霊の封印解かれし時、世界に災厄訪れん』って部分。これ、もしかして……今まさに起きてることなんじゃないかねぇ?」
セツナも表情を曇らせ、西の空の黒い竜巻を見据えた。
「精霊様の封印をわざわざ解いて回っている黒幕は、もしかして、世界に災厄をもたらそうとしているんでしょうか……?」
「さあな。だが、その災厄ってのは、巫女の祈りと精霊の封印で防げるんだろ? 犯人の目的はサッパリわからねえが、裏を返せば、俺たちが片っ端から精霊を封印し直して回ればいいだけの話だ。……ただ、その黒幕自身を捕まえねえと、いたちごっこで終わりがないかもしれねえな」
「そうですね、黒幕の正体を突き止める必要はありそうです。特徴としては、ウタカタさんと同じように『刀を持っていること』のようですが……それだけではさすがに分かりませんね」
「そうだな。ま、考えても始まらねえ」
ウタカタは腰の刀の柄に手を置き、鋭い目を西の暴風へと向けた。
「次の風の精霊さんを正気に戻したら、そいつの顔を直接見たかどうか、また詳しく聞いてみるさ。行くぜ、セツナ!」
「はい、ウタカタさん!」
ウタカタは、あえて聞かなかった。
『その依代、巫女なり。』
これの意味するところはなんなのか、依代ということは巫女は生贄になるのか?
そんな考えが脳裏をよぎり、ウタカタは何も聞かなかった。
いや、聞けなかったのだ。
そして二人は、まだ見ぬ黒幕の影を追い、世界を救うための旅路へ出る。
黒き嵐の渦巻く次なる地へと足を踏み入れるのだった。




