土の精霊の加護
ウタカタが核を破壊したことで、巨岩の肉体が音を立てて崩れ落ち、さらさらとした砂へと還っていく。
その様子を見届けながらウタカタは少し不安げに言った。
「……おい、セツナ。本当に大丈夫なんだろうな?」
相手は仮にもこの島を守る精霊の一角。
肉体を壊して終わり、では寝覚めが悪い。
「大丈夫です。しばらくしたら、正気に戻った土の精霊様から何かしら接触があるはずですから!」
セツナは胸を張り、自信たっぷりに答えた。
するとその言葉の通り、ウタカタたちの脳裏に、地鳴りのように重厚で穏やかな声が直接響き渡った。
『——ふむ。どうやらワシは、ひどく暴走していたらしいな』
「お!? 頭の中に直接話しかけてくるのか。なるほどな、肉体は本当に現世に顕現するための仮の器……ってわけか」
感心したように顎の無精髭をさするウタカタに、土の精霊の声はどこか申し訳なさそうに続ける。
『お主たちには迷惑をかけた。本当にすまなかったな。大事無いか?』
「まぁ、起きちまったことは仕方ないさ。あんたが無事ならそれでいい。それより、一体何があったのか教えてくれるかい?」
ウタカタは土の精霊の身に何が起きたのか問いかけた。
『うむ。ワシが暴れていた間の記憶は無いが、その前に起きたことなら覚えておるぞ。……ワシの眠りを、無理やり妨げにきた者がおったのだ。其奴はワシの封印を強引に解き、ワシから理性を取り上げおった。事の発端は、間違いなく其奴じゃ』
「そいつの特徴は覚えてるかい? 特定できれば、封印を解いて回るそいつを捉えられるかもしれない」
その言葉を聞き、セツナは驚いたように話に割って入った。
「封印を解いて回っている!?そんな、誰がどうしてそんなことを!?」
「封印は自然に解けたんじゃなく、わざわざ誰かが解いたわけだ。ってことは、風の精霊さんの封印も、そいつが解いたと見る方が自然じゃないかねぇ?」
「まさか、精霊様の封印を全て解こうとしている!?」
「あくまで、可能性の話だよ」
ウタカタは、先程までの何処か掴みどころのないおちゃらけた口調から一転、真剣な口調で言った。
「でも、風の精霊の封印まで解いたんだ、あり得ない話じゃない。」
ウタカタのこの発言に、セツナは言葉を失っていた。
二人の問答が終わったと見て、土の精霊は記憶の断片を手繰り寄せて答えた。
『……覚えているのは本当に一部だけじゃが。其奴は——お主と同じように、腰に刀を持っておった』
土の精霊の封印を解いた者の特徴、それは帯刀しているというものだった。
「そうか。直接的な犯人の特徴までは分からないが、刀を持っているなら、そいつはただの一般人ってわけじゃなさそうだな」
「そうですね。私のように祭り事に関わりのある身分の方、というわけでもなさそうです」
ここで、道中疑問に感じていた事に合点がいった。
「……どうりで、ここへ来る道中に不自然な刀傷があったわけだ。そいつも俺たちと同じように、この山道を登ってきたに違いない」
「なるほど! あの岩肌に残されていた刀傷は、犯人のものだったということですね!?」
ウタカタは腕を組み、頬の傷に指を這わせながら深く眉をひそめた。
「刀を持っていることからすりゃ、そうとしか考えられねえ。しかし……犯人はなぜ、土の精霊の封印なんて解きやがったんだ? 封印が解ければ世界に災厄が降り注ぐんだろ? そんなことをする犯人の目的が、俺にはさっぱり分からねえな」
ウタカタの疑問に、セツナもまた悲痛な面持ちで首を振るしかなかった。
だが、悩んでいる時間は残されていない。
ウタカタは西の空を仰ぎ見た。
そこには、先ほどよりも一回り大きく渦巻く、不気味な黒い竜巻が天を衝いている。
「ま、考えても始まらねえか。次はあの『風の精霊』のところだな。行くぜ、セツナ」
「あっ、待ってくださいウタカタさん!」
しかし、風の精霊の元へ急ごうとするウタカタを制止するセツナ。
「ん?まだなんかあんのかい?」
「精霊様の封印をしにここへきたんですよ!忘れたんですか?」
セツナに言われて、ウタカタは本来の目的を忘れていた事に気づく。
「あー、こりゃいっけねぇ。すっかり忘れてたよ。悪いねぇ、セツナ」
「まったくもう、仕方がない人ですね。今から精霊様の封印を施すので、少し待っててくださいね!」
「はいよー。」
一体どのようにして精霊の封印をするのかウタカタにはわからないが、セツナが祈りを捧げる様子を見守る。
しかし、封印の儀を始めようとしたところで土の精霊が呼び止めた。
『封印の前に一つ、ウタカタと言ったなお主。封印を解いた輩はワシを完全に制御し暴走させる程の力を持つ。お主だけでは危険すぎる、ワシの力受け取れ』
そう言うと、ウタカタの身に土の精霊のマナが流れ込む。
「なんだこりゃ一体!?体が湧き立つような、力が漲ってくるぞ!?」
「ものすごいマナ!これが精霊様の持つマナなのですか!?」
ウタカタにはマナのことはわからない、しかし、その身に体感としてわかるものがあった。
「これが、マナか……なんと言うか、超人になったみてーだな。体は軽いし、今ならなんでもできそうな気がするぞ」
『お主にはワシのマナと共に力を授けた。大地の力じゃ。肉体を頑丈にすることができる。物理的に大地をある程度制御することもできる、こんな風にな』
そう言うと、土の精霊は周辺の岩石を浮かせてウタカタに鎧のように纏わせた。
更には、ウタカタの足元の地面を隆起させて石柱のように伸ばし、山の頂上まで高くウタカタを持ち上げた。
「おぉー!こりゃすげぇなぁ。男の子には堪らんねぇ、こりゃぁ!」
そして石柱は次第に縮み、ウタカタは地上へと戻った。
『お主にはワシの分霊をつけてやる、わからないことがあればなんでも聞くが良い』
「分霊?なんだいそりゃ?」
「土の精霊様の分身のようなものです。とは言っても土の精霊様同様実体はありませんが、ウタカタさんに取り憑く霊とでも思ってください」
「おいおい、お化けが付くなんて聞いてないよー!?」
『物を知らぬ無礼者め、まったく。ワシがせっかくついてやるんだ、感謝せい!』
「こりゃぁ、先が思いやられるねぇ……」
土の精霊の力を得て、ついに封印の儀が執り行われた。
「これで、本当に土の精霊は封印されたのかい?」
ウタカタが問うと、分霊としてウタカタに憑いている土の精霊が答えた。
『うむ、封印は無事に終えたようじゃ。』
その声は直接ウタカタに語りかけるものだった。
「うぉっ!直接声が聞こえるタイプ!」
『なんじゃ!嫌なのか!?まったく注文の多い奴じゃのう!我慢せい!』
土の精霊の暴走を鎮め、その力を授かったウタカタ。
次に目指すのは風の精霊の封印の地。
そこでは、風の精霊の封印が解かれ、土の精霊同様暴走をしているとセツナは言う。
暴走によってもたらされる災いを食い止めるため、二人は精霊の封印をして回ることに。
「そいじゃー、風の精霊のとこへ行こうか、セツナ」
「はい、ウタカタさん!」
土の精霊から受け継いだ大地のマナを体内で感じながら、流浪の剣士は、次なる異変の地へと向かうのだった。




