水の精霊の本体は——
湖の中に精霊の姿はなく、核もなかった。
しかし、ウタカタを締め付ける強さは徐々に増していき、水中で考えている余裕などなかった。
(まずいっ!もう息が持たない)
ウタカタは必死にもがくが、やはり身動きが取れず拘束を振り払うことはできなかった。
ウタカタは動きを止めて全身に力を込める。
そして、覚悟を決めた顔つきをした。
(この水全体を一度どうにかするしかないねぇ。水との相性は最高で最悪。その分風より想像しやすいけど、諸刃の剣だねぇ)
ウタカタの体から火花が散った。
そして、ウタカタを中心に物凄い電撃波を放った。
(鳴神衝波!)
ウタカタから放たれる電撃波が湖全体を駆け巡る。
もちろん、湖の中にいるウタカタも無事では済まない。
「ぐぼぼぼががががが、ぐごぼっ!」
ウタカタは自身の放った電撃波で深いダメージを負いながらも、水の拘束を解き水面へと脱出することができた。
「ぶはあぁっ!!」
荒い呼吸を徐々に整える。
「……何とか……精霊さんの肉体を……一時的に破壊することは……できたようだねぇ」
ウタカタは湖の中にいるのは危険と判断して、セツナのいる陸地から自身の元まで地面を引き延ばし、湖面に足場を作った。
「精霊様の肉体って、湖の中にいたんですか!?」
「いや、湖の中にはいなかった」
電撃で体が痺れて、作った足場に倒れ込みながら地上に上がった。
「じゃあ、精霊様は一体どこに……」
「精霊さんは初めっから隠れちゃいなかったんだ。ずっと俺たちの目の前にいた。だけど、あまりにも自然すぎて、精霊さんだと気づかなかったんだよ」
「それって、どういう……」
「湖そのものが、精霊さんの肉体だ」
それを聞き、セツナの顔が青ざめる。
「まさか、そんなっ!水を操っていたんじゃ……」
「俺も最初はそう思ってたけどねぇ、精霊さん自身の肉体がどこにも見当たらなかった。身を隠すなら湖の中しかないはずなのに、どこにも。つまり、精霊さんの肉体は湖そのものだ」
「この湖そのものが、精霊様本体……」
ウタカタはやっと動けるようになり立ち上がる。
「鳴神衝波で水の肉体を破壊したから、どうやら今は再生中で攻撃できないみたいだねぇ」
ウタカタは、湖の中央に浮かぶ小さな陸地を見つめていた。
そこには、水の精霊を封印していた小さな祠が建っていた。
「湖の中になかったのなら、もうあれしかないねぇ」
ウタカタは刀を納刀し、袴を膝上あたりまでたくし上げた。
「ウタカタさん?」
「服が濡れちゃって重いからねぇ。全力であの祠まで走るってなると、ちょぉっと邪魔でねぇ」
たくし上げた袴が落ちてこないように、しっかり丸めて折り畳む。
ウタカタは少し足を動かした後軽く跳んだ。
「ここらで、勝負を決めようか」
真剣な顔でそう言うと、ウタカタは低い姿勢となって前傾に構える。
「疾風迅雷の陣!」
ウタカタはそれを合図に走り出した。
そして、走りながらウタカタの足場が中央に浮かぶ祠まで伸びていく。
まるで、ウタカタが湖面を走ったところに地面を作っているかのようだった。
しかし、祠に近づかせまいと水が左右から触手のように伸びてウタカタを襲う。
真っ直ぐ祠目掛けて走りながら、軽やかに跳んで攻撃をかわす。
しかし、祠に近づくにつれて攻撃が激しくなっていく。
水がウタカタを捉えんと絡みつくように襲った。
「まずいっ!ウタカタさん!!」
ウタカタは水に飲まれた。
ウタカタを覆い包んだ水は、そのまま動きを止めて動かなかった。
次の瞬間。
半球状に包んでいた水が、一気に蒸発して弾け飛ぶ。
「あれは、水の魔物に使った技」
水が霧散したことでウタカタは再び駆け出した。
刀を手に持ちながら全力で祠へ走る。
水の攻撃は更に勢いを増す。
必ずウタカタを捉えんとする意志が水に憑依したかのように、巨大な津波がウタカタの前方に発生した。
「そんな……こんなのどうしようもない……」
その津波は、街一つを飲み込むほどの大きさだった。
それでもウタカタは走るのをやめなかった。
真っ直ぐに津波へと向かっていくウタカタ。
津波がウタカタに迫ったところでウタカタに変化があった。
岩がウタカタの刀を覆い、刀が巨大な大剣へと変貌した。
そして、横薙ぎに津波の根元を切り払う。
直後、津波の切断面をものすごい勢いで風が吹き抜けた。
その風の形状はまるで巨大な刃。
ウタカタが横薙に振り切った大剣の刃のようだった。
巨大な津波は大剣の風の刃によって吹き飛ばされた。
そして、ウタカタの前方だけ津波が消し飛び、道が開けていた。
すぐさま大剣が刀へと戻る。
ウタカタは駆け出した。
祠はもうすぐそこまで迫っていた。
そして、ついにウタカタは湖の中央、祠の建つ陸地に足を踏み入れた。
その時だった——。
ズバババババババッ!!
四方八方から陸地諸共ウタカタを包もうと水が襲いかかる。
球状に水が陸地を包み込む。
その水の中にはウタカタの姿があった。
無重力で空中に浮かぶ水のように、その水は浮かんでいた。
湖の水全てが包み込み、さっきまで広がっていた湖は干上がってしまったかのようにその姿を変えていた。
「うそ!?湖の水が全部、あの祠とウタカタさんを包むように浮かんでる。本当に核が祠にあるの!?」
その水の中でウタカタがもがき苦しんでいた。
「ウタカタさん!そんなっ!どうにか脱出する方法は!?」
セツナはその様子を見て慌てふためいていた。
すると、球状の水の内側で更に岩がウタカタと祠を球状に包み込んだ。
「えっ?何が起きているの?これは、岩?」
そして、茶色かったその岩は熱を帯びたかのように次第に赤黒く変色していった。
「何?何が起きているの?」
やがて、岩の隙間から光が溢れ出した。
そして、ウタカタを包んでいた岩が弾けるように崩れ落ちた。
「ウタカタさん!!」
包んでいた水は力を失ったかのように、その場に落ちた。
物凄い量の水が空中から落ちて湖は元の姿を取り戻した。
ウタカタが中央の陸地に着地して刀を納刀する。
「ウタカタさん!やったんですか!?」
セツナは笑みを浮かべながら、ウタカタが駆け抜けた足場を走る。
ウタカタはゆっくりとセツナの方へ振り向く。
「あぁ、なんとかねぇ」
笑顔でそう答えるとウタカタはその場に座り込んだ。
「大丈夫ですか、ウタカタさん!」
ウタカタへと続く道を渡りきり、セツナが側へ駆け寄る。
「ずぶ濡れだよぉ、まったく。これじゃあ風邪ひいちゃうかもねぇ」
「……ふっ、安心しました。いつものウタカタさんで」




