精霊たちが選んだ器
青薙の港町で一晩過ごした翌日。
二人は徒歩で水の精霊の封印の地へと向かう。
「昨日の船旅は何事もありませんでしたね。でも、今日は徒歩ですから、急ぎつつも慎重に進みましょう」
セツナは、昨日とは違って少し張り詰めた表情をしていた。
「ふわぁ〜あ、わかってるよぉ。まだ水の魔物らしきものにも襲われていないからねぇ。ここからは気を引き締めていこうか」
ウタカタは緊張感のないあくびをして言った。
「そうと決まれば、いざ出発!」
対照的に、セツナは張り切っていた。
それは旅を楽しんでいるからではなく、巫女としてやるべきことをやるための責任感からきているように、ウタカタには見えた。
ここからは厳しい旅になるだろうとセツナは予測している。
ウタカタはそう判断した。
「まぁ、そう気負う必要はないさっ!セツナは道中のことは気にせず、精霊さんの封印だけしっかりやればいい」
「そうはいきませんよ!…………なんて、そうですね。私がここでいくら心配しても仕方ありませんよね。ありがとうございます」
二人は程よく肩の力を抜き、街道へと出た。
赤峰の温泉旅館で聞いた、津波による被害はまだ見受けられない。
特に事件は起こらずに隣町へと到着した。
二人は街の人に、津波の被害がどのくらいなのかを聞くことにした。
この辺に詳しそうなお婆さんにセツナが尋ねた。
「すみません。青薙で津波の災害が発生していると聞いたんですが、どのあたりから被害が出始めているかわかりますか?」
「うん?そうさねぇ。街を二つ三つ超えた先から津波の被害が出始めてとるよ。……もしかしてお前さんたち、精霊様の災いを治めに行ってくれるのかね?」
「はい。水の精霊様の暴走を鎮めに、今向かっているところです」
「そうかい!そうかい!ありがたやー、ありがたやっ!どうか蛟様の怒りを鎮めてくだされ」
「安心してください。しばらくしたら、また元の街に戻ります。少しの辛抱です」
「あぁ、巫女様。それに……お侍さんかぇ?白波様のご加護があらんことを」
お婆さんは両手を合わせて二人にお祈りをすると、去っていった。
「セツナ。一つ聞きたいんだけど、蛟様ってのは水の精霊さんであってるよね?」
「はい、水の精霊様のお名前です」
「じゃあ、最後に言ってた白波様ってのは一体誰のことだい?」
「ふふっ、初めて聞いたウタカタさんにとっては確かに不思議かもしれませんね。白波様も、水の精霊様のお名前ですよ」
「えっ?名前が二つあるのかい?」
「そうです。水は私たちの生活に欠かせません。そのため、普段は白波様が我々を災いから守ってくださっていると考えられていました。波で災いを押し返すことから白波という名が定着しました」
「そういえば、精霊さんの名前は人が勝手につけた呼び名なんだったね」
「そうです。そのため、昔の人々は水の災害が起きたら水の精霊様がお怒りになっていると考えられたのです。そして名付けられたもう一つの名が——」
「——蛟様ってことだね」
「はい。青薙では、普段は白波様としてこの島を守護する精霊様。しかし、人々が水を汚したり、漁などで生き物を乱獲したりすると、精霊様が蛟様となってお怒りになる。そう伝えられているそうです」
「なんか、ホントに精霊様って感じだねぇ。今まであまり実感なかったけど」
『それってもしかして、ボクたちが精霊っぽくないってこと言ってるー!?』
『まぁ、これまで旅と戦いの連続であったからな。それに、我らが精霊として何をやってきたか一度熱く語ったが、奇跡を起こした話など実感が湧かんのも無理はない』
『自然の災害と恵みは、精霊による破壊と再生なのじゃ。善悪では片付けられぬ必要なことじゃ』
『人間たちにとっては災いかもしれないけど、一種の試練なのさっ。試練を乗り越えるために団結することを促す。そして、乗り越えた先に恵みが待っている。だから人はまた手を取り合い助け合うことができるし、得られた恩恵を大事にして忘れない。アタシらが精霊として存在する理由は、まさにここさねっ!』
「へぇ、初めて聞いたよ。知ってたかい?セツナ」
「いえ、私も知りませんでした。精霊様と今まで直接関わることはありませんでしたし、伝承にもありませんでした」
『精霊が直接関わることなど滅多にないことだからな。お前たちはある意味恵まれた境遇とも言える』
『でも、ボクたちの暴走を止めて回る旅をしないといけないなんて、ついてないと思うけどねー』
神凪は、仰向けになり空中を泳ぐようにフワフワと漂いながら話した。
「あれからずっと現世に顕現したままだけど、いいのかい?」
『何も問題はない』
「いゃぁ、君たちみたいな摩訶不思議な生物を見たら、普通びっくりすると思うよぉ」
『確かにそうじゃな。じゃが、ワシらはすでに人間に見られておるから、こうして名を持っておるのじゃ。今更気にすることでもなかろう』
背中の甲羅から小さく木が生えている茶色い亀の磐座。
風に乗って浮遊移動をする緑色のフェレットの神凪。
体毛は綺麗な純白で黄色い模様が煌びやかに走る虎の鳴神。
九つの尻尾の先端に火が灯っている赤い狐の不知火。
四柱とも小動物くらいの大きさで顕現している。
「でも、こんな訳のわからない動物泊められませんって宿の人に断られたんだからねぇ。こっちの身にもなってよぉ」
『無機物が動いていたら気味悪がると思って、気を使って動物にしたというのに』
『アタシは炎そのものを体にしたかったんだけどねぇ!』
『それはいくらなんでもまずいじゃろ、不知火。ワシを見習え。一目見て現世に存在する生物でないことがわかる。つまり、精霊じゃと気づくよう計らったのじゃぞ』
『いかにも頭の堅い磐座が考えそうなことだね』
『なんじゃと!?』
『宙に浮くフェレットなんている訳ないんだから、ボクの方が何倍もユーモアがあるよ』
「声だけじゃなくて、見た目も加わってより賑やかになりましたね」
「セツナ、こういうのはね、賑やかじゃなくて騒がしいって言うんだよ」
二人は騒がしい四柱を引き連れて、さらに先の街を目指すのだった。




