対決——土の精霊
しかし、間合いを詰めたウタカタの眼前には、鋭い槍のように隆起した地面が迫る。
「うぉっと!」
間一髪これを回避するウタカタ。
しかし、本体の土の精霊が勢いよく拳をウタカタの頭上から叩き込む。
ズドーーン!
凄まじい音を立てて、地面を岩の拳がえぐる
「直撃したら確実に死ぬねぇ、こりゃぁ」
ウタカタは掴みどころのない声色で、冗談めかして言った。
すると、土の精霊は拳をウタカタの方へと向けると、拳から無数の石飛礫を放った。
「おいおいおい……! マジで冗談じゃないよ〜、これ……っ!」
無数の石飛礫が雨のようにウタカタ目掛けて降り注ぐ中、ウタカタは弱音を吐きながらも全ての石飛礫を交わして間合いを詰め直す。
しかし、土の精霊は無造作に拳を振り下ろし、ウタカタを捉えんとする。
その拳は足場諸共破壊した。
そして、拳を叩きつける度に大地を激しく揺らした。
地割れが起き、土砂崩れを起こして、戦いの中で足場が刻一刻と変化していく。
土の精霊——数十メートルにも及ぶ岩石の巨躯が腕を振るうたび、聖山の頂はまるで大規模な爆発でもあったかのように形を変えていく。
しかし、ただの力任せだけではない。
精霊がその巨大な足を踏み鳴らせば、ウタカタの足元の地面が爆発したように割れ、突如として槍のような鋭い岩柱がいくつも隆起してくるのだ。
「——くっ!」
地割れに足を取られまいと跳躍すれば、今度は頭上から無数の石飛礫が豪雨のように降り注ぐ。
近づこうにも足場は常に崩壊を続け、頭上も足元も見なければならず、距離を詰めることすら満足に許されない。
戦場そのものがウタカタを拒絶し、圧殺しようと蠢いている。
ウタカタは、まるで、意志を持った天災害と戦っている気分だった。
「ウタカタさん……っ!」
離れた安全圏から、セツナが悲痛な声を上げる。
セツナはどういうわけか、自身を中心に結界を張っていた。
飛び散る岩石の破片や石飛礫が、その結界に触れて消滅している。
しかし、結界の範囲は大して広くなく、セツナの周辺を覆う程度で、飛び散る破片から自身を守るのが精一杯のようだった。
「心配すんな嬢ちゃん! おじさんを信じろ!」
ウタカタは細めた目でゴーレムの動きを睨み据えた。
流浪の旅で数多の死線を潜り抜けてきた男の勘が、敵の攻撃のわずかな隙を見出す。
隆起する岩柱の側面を蹴り、弾丸のように斜め上方へ。
地割れの裂け目を飛び越え、ついに土の精霊の懐へと飛び込んだ。
「まずは片腕、もらい受けるぜ……!」
低く鋭い呼吸。
深く息を吸い、一瞬で吐く。
「我流・泡沫一閃!!」
腰の刀が、目にも留まらぬ速度で翻った。
強固な岩石の腕が、ウタカタの凄まじい太刀筋によって、完璧な斜めの軌跡で両断される。
自重に耐えかね、大音響と共に地面へ落ちる岩の腕。
満足気にウタカタが着地した、その瞬間だった。
——ゴゴゴゴゴ……!
耳障りな地鳴りが響く。
切り落とされ、地面に転がっていたはずの巨岩の破片が一斉に浮かび上がり、まるで磁石に引き寄せられるように元の場所へと吸い込まれていく。
それはほんの数秒の出来事だった。
ウタカタが息を整える間すらなく、土の精霊の腕は、何事もなかったかのように完璧な姿へと再生していた。
「……はぃ?斬り落とした側から元通りかよ!」
信じられないものを見る目で、ウタカタは刀を構え直す。
刃には刃溢れひとつない。
ウタカタの技量は確かなもので、完璧な一太刀だった。
しかし、相手の肉体はただの岩の塊。
どれだけ深く斬り裂こうが、どれだけ部位を破壊しようが関係なかった。
いくら破壊しても、瞬く間に元の姿へと修復されてしまう。
いかに剣を極めた達人といえど、これではただ体力を削られ、すり潰されるのを待つだけだった。
『オオオオオオオオオオオ――ッ!!』
土の精霊が、再び大地を揺るがす咆哮を上げた。
先ほどよりもさらに激しく、周囲の地面が波打ち、ウタカタの退路を塞ぐように巨大な岩壁がせり上がってくる。
「チッ、これじゃキリがないねえ……!」
ウタカタは、いくら斬っても再生する無敵の相手に、打つ手がなく絶望していた。
すると——
——ビキッ!バキバキバキ……ッ!!
激しい音を立てた後、緩やかに地面が揺れ出した。
「おやぁ?これは、ちょっとまずいねぇ……っ!」
地面の異様な鳴動から、ウタカタは直感的に足場がもう持たないことを察した。
このままでは、山頂の斜面ごと一気に崩落する。
大規模な土砂崩れが起きるとウタカタは予想した。
ウタカタ自身の身軽さなら回避は容易だ。
だが、後方で必死に結界を張っているセツナには避ける術がない。
「セツナ嬢ちゃん!!」
地割れの裂け目を飛び越え、ウタカタは凄まじい脚力でセツナの元へと駆け寄った。
セツナは結界を解き、何事だ?と言いたげな表情をウタカタへ向ける。
次の瞬間、轟音と共に山頂の地面が大きく崩れ、大量の土砂が牙を剥いて流れ落ちた。
ウタカタは躊躇なくセツナの華奢な体を、その太い腕で強く抱きかかえると、崩落する斜面を滑り降りるようにして、間一髪で安全な巨岩の陰へと飛び込んだ。
頭上を凄まじい轟音と共に土砂が通り過ぎていく。
やがて崩落が収まり、周囲に静寂が戻った。
「……ふぅ、さすがに死ぬかと思ったねぇー。おい嬢ちゃん、怪我はねえか?」
ウタカタはセツナを抱きかかえたまま、顎の無精髭についた土を払って苦笑いした。
あまりの恐怖に目を瞑っていたセツナは、ゆっくりと目を開け、自分がウタカタの胸の中にすっぽりと収まっていることに気づく。
「あ……は、はい! 大丈夫です……! ありがとうございます、ウタカタさん……っ」
セツナは顔を赤くしながらも、心からの感謝を伝えた。
「それと!嬢ちゃんじゃなくて、セツナって名前があるんです!ちゃんと名前で呼んでくださいよ!!」
セツナは激しい口調でウタカタへ言い放った。
ウタカタはふっと笑って彼女を地面に下ろすと、再び刀の柄に手をかけ、巨岩の隙間から荒れ狂うゴーレムを睨み据えた。
「礼ならあのデカブツをぶっ倒してからにしてくれ。……にしても、コイツは困ったねぇ。斬っても斬っても砂遊びみたいに戻りやがる。あの再生する肉体相手に、一体どうすりゃいいんだい?」
「ちょっと、無視しないでくださいよ!まったくもう……」
セツナは自分の指摘を無視されて、不満そうに言った。
しかし、衣服が土にまみれながらも、鋭い眼光を失わないウタカタの横顔を見て、セツナはハッと神社の伝承を思い出したように叫んだ。
「ウタカタさん! 精霊様が顕現するための器には、必ず膨大なマナが集中している『核』があるはずです! 外側の岩をどれだけ壊してもダメです……その奥にある『核』自体を直接破壊できれば、現世の肉体を維持できなくなって止まります!」
「核だって……!?」
ウタカタは、土砂を巻き上げて再びこちらへ向かってくる巨大なゴーレムを見上げた。
「あんなデカブツの、一体どこにそんなもんが隠されてるってのさー!」
途方もない巨躯の中に核があると言われ、ウタカタは打つ手なしの絶望から這い上がり、海に落ちた指輪を見つけ出すような絶望に叩き落とされた。
頭をポリポリと掻いて困った様子のウタカタ。
そんなウタカタをよそに、土の精霊はその巨腕を天高く振り上げる。
「やばばばばばばーっ!!」
それを見て急いで離れるセツナ。
そして、祈りを捧げる。
すると、セツナの周囲に透明に光る結界のようなものがうっすらと浮かび上がった。
「便利な能力持ってるねー、嬢ちゃ——セツナは」
ウタカタは、地雷を踏むまいと急いで訂正して言った。
土の精霊はウタカタたちを今度こそ完全に押し潰さんと、容赦のない一撃がウタカタへと振り下ろされようとしていた——。




