赤峰の精工温泉
旅館に到着した二人は、荷物を無造作に部屋に置き、すぐに温泉へと向かった。
「精工温泉って言ったねぇ。それって本当に火の精霊さんのおかげでできてるのかい?」
ウタカタは火の精霊へと尋ねる。
『そうさね!アタシのマナによって温泉が沸いてるのさ。だから、本当に温泉に浸かると疲れや傷が癒えるんだ。まぁ、精霊ならこれくらい当然さね!』
火の精霊は得意げに語った。
それを聞きウタカタは、本当に効果があると期待に胸を膨らませた。
「それじゃあ、ひとっ風呂浴びてきますかー!!」
全身がすでに悲鳴を上げているにも関わらず、精霊によって作られた温泉に入れる喜びで、足取りは軽かった。
セツナと共に温泉へと向かう。
「火の精霊様の災害で、旅館にお客さんがほとんどいませんね。ふふっ、私たちなんだか役得ですねっ!」
セツナはニコニコしながら語る。
「苦労した甲斐があるねぇ。まぁ、旅館からしたら、たまったもんじゃないんだろうけどねぇ」
そして、二人は男湯と女湯に分かれた。
女湯には人は誰もおらず、セツナの貸切状態だった。
「うわー!こんなに広い温泉を独り占めできるなんて、夢みたい。有事の時以外は神社から離れることがないから、赤峰の温泉初めてなんだよねー」
温泉を独り占めできる開放感に、セツナは次々と思ったことを口にしていた。
「それにしても、ここまでの旅大変だったなー。どれだけ歩いたのか、わからないやっ。山も何度も登ったし。危険な場所に何度も足を運んだ。初めての体験がいっぱいできて、怖いし危険なのに、なんだか楽しかったなぁ」
温泉にゆったりと浸かりながら、精霊を封印して回った場所を思い返す。
そして、その道中の景色や出来事を。
「私にしか封印はできない。使命だと思って旅に出たけど、なんだか楽しい旅だったなって今なら思える。」
「でも、使命は使命。遊んでばかりはいられないよね……。」
セツナは少し、一人ぼんやりと考え込む。
「それでも、少しくらいなら、いいよね!巫女としてやるべきことじゃなくて、自分のやりたいことを優先しても」
セツナは、誰にも気兼ねすることなく温泉を満喫した。
一方、ウタカタは——。
「いやぁー、疲れが取れるねぇ。傷に染みてちょっと痛いけど、これで傷が治るんなら最高の温泉じゃないの」
『アタシのマナが湯に流れているんだ、当然さね!本来精霊ってのは、現世に奇跡をもたらすために存在するのさ。今となっては当たり前に感じている恩恵もたくさんあるんだよ?』
「へぇー、詳しく知りたいねぇ。一体どういうのがあるんだい?」
『土には栄養があるのは知っとるか?人間は、良い土にはミミズがいると言うだろう?良い土なんて、初めは存在すらしなかったのじゃ』
「もしかして、磐座が土を?」
『左様、貴重な鉱石なんかもワシのマナを取り込んだことで生まれたのじゃ』
『それじゃあ、次ボクの番ねー!』
『今いいところじゃったろうに』
『いいじゃないか、次はボクの番!』
『おい、あんまり長話するなよ神凪。ウタカタがのぼせたら、俺の番が来なくなっちまう』
同じく貸切状態で、温泉を満喫していた。
そんな中、精霊たちが次々と自分たちが現世にもたらした奇跡を、武勇伝のように語る。
「ははっ、長風呂派だけどあんまり長いのは勘弁してくれよぉ?」
ウタカタは優雅に街の景色を見ながら、精霊の武勇を聞いた。
噴火は収まり空は晴れ、街はすっかり明るさを取り戻していた。
ウタカタは風呂から上がると、マッサージ機に腰掛ける。
椅子が心地よい振動を与えながら、ウタカタの凝った体をほぐしていく。
しばらくウタカタがリラックスして座っていると、セツナが女湯から出てきた。
「おぉ!遅かったねぇ、セツナ。どうだい?思う存分、精工温泉は堪能できたかい?」
「はい!初めて赤峰の温泉旅館に訪れたので、少しはしゃいで長湯してしまいました」
体をもじもじさせ、照れた様子で語るセツナ。
「セツナも座りなよ、気持ちいいよぉ」
セツナはウタカタの手招きに誘われるがまま、マッサージ機に腰掛けた。
ウタカタと同じように、マッサージ機がセツナの体をほぐす。
「はぁー、最高ですねー。もうこのまま動きたくないです」
「はははっ、そうだねぇ。普通の旅なら、好きなだけこうしていられるんだけどねぇ」
他の精霊の暴走が確認できなければ、二人はこのまま南部の黒太刀地方へ行く予定だ。
二人が並んでマッサージ機に腰掛けて話していると、家族連れの客と出会った。
「おや?今日初のお客さんだねぇ。旦那!外はもう平気かい?少し前まで噴火してたり灰が降ってたりで、すごかったんだよ!」
ウタカタが妻子を連れた男に声をかける。
「そうなのかい!?私もついさっき赤峰に到着したばかりでね。外はなんともなかったよ!」
「そうかい、何もないならそれが一番だ!はははっ」
ウタカタは楽しげに会話を繰り広げた。
しかし、男から思いもよらぬ話を聞く。
「ただねぇ、青薙の方が今やばいんだよ!津波がすごくてねえ。この間まで青薙にいたんだけど、あそこにいたんじゃ津波に飲まれると思って、船で赤峰に避難してきたんだ」
「え?津波かい?そいつは穏やかじゃないねぇ」
「被害も相当でね。街が池に落ちたみたいに浸水して、津波も強まる一方で!今青薙には近づかない方がいいよ」
その親子たちは部屋の方へと歩いて行った。
「聞いたかい、セツナ。街を飲み込む津波。これってまさか……」
セツナの方をゆっくりと見やる。
「水の精霊様の暴走……その可能性が高いですね」
「だよねぇ。このまま放っておいたら、街が海に飲み込まれるかもしれない、か。明日は青薙地方へ向かおう、セツナ」
「わかりました。ただ、少し経路についてお話したいことがあります。一度ウタカタさんの部屋に集まって、明日以降の旅程と経路を話し合いましょう」
セツナが難しい顔をしながら提案した。
「わかった。それじゃあ、食事を済ませたら話そうか」
二人は一度部屋へと戻り食事を済ませる。
そして、明日からの予定を決めるため、ウタカタの部屋へと集まるのだった。
「旅の予定ってのは、山の天気以上に変わりやすいねぇ」
ウタカタは、セツナが部屋へ訪れるのを一人待っていた。




