第3話 彼女の優しさと後悔
「……やっちゃった」
教室から少し離れた人気のない廊下。
橘琥珀は壁に背を預け、両手で顔を覆ったまま深くしゃがみ込んでいた。
その隣で、壁に寄りかかった航が呆れたように、けれどどこか楽しげに笑う。
「お前さ、ほんとバカだろ」
「……はぁ?」
指の隙間から睨み返す視線は鋭いが、その耳はまだ真っ赤だ。
「しかたないでしょ。あんな言い方されて、黙ってられるわけない」
「だからって、入学初日に机蹴り飛ばす奴があるかよ。……まぁ、俺もあの女の口、二度と開けないように塞ごうとしてたところだけどな」
航は肩をすくめ、ポケットに手を突っ込んだ。
「私が本気なら、あんなもんじゃ済まない」
「物騒なヤンキーだな、おい」
言葉は軽い。けれど、その場の空気には、二人だけが共有する重たい熱が孕んでいた。
短い沈黙が落ちる。
琥珀は視線を外し、小さく、悔しそうに舌を鳴らした。
「……何も知らないくせに、勝手なこと言うの、ほんと無理」
ポツリと零れた声には、先ほどまでの威圧感は欠片もなく、ただ一途な少女の痛みが滲んでいた。
航はわずかに目を細め、静かに言う。
「……でもさ。今の『ヤンキーの橘』じゃ、湊の奴、お前にビビり散らかすだけだぞ。ああいう汚れ役は、悪目立ちしても平気な俺でいい」
琥珀は顔を覆っていた手を下ろし、膝を抱え込んで長く息を吐いた。
「……できるなら、とっくにやってる」
不器用すぎる彼女のその言葉のあと、何も続かなかった。
航は、それ以上何も言わず、ただ「難儀なこった」と小さく笑って窓の外を見つめた。




