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あまりにも不潔すぎるアレ

 肉が裂ける音が聞こえた気がした。実際には浅噛みだろうが、その音が伝える死の気配は本物だ。

 

 「ぎゃああああ!! やめなさいよこのクソトカゲ!!」

 アテナの悲鳴が響く。誰もが最悪の結果を想像した。……だがリザードマンの瞳が、じわじわと焦点を失っていく。舌がだらりと垂れ、喉がひくつき、肩がガクガク震え始める。

 

 「な、何その反応……!? ちょっと!? 私なんかした!?」

 本能的に危機を察したのか、周囲のリザードマンもアテナから離れていく。

 

 「……昨日のコウモリじゃねえか?」

 俺は呟くように答えた。証拠はないが、なぜか確信があった。

 

 「生焼けのやつ……?」

 アテナはぽかんと目を丸くする。そう、生焼けのコウモリ。昨日、洞窟でアテナが食べたあれが、このリザードマンに致命的な毒物として作用している。そんな気がするのだ。

 

 「ひ、ひぃ……オマエ……何……食べ……」

 

 震える声で言いかけ、哀れなリザードマンは泡をどばっと吹き、白目を剝いて倒れた。俺たち全員が凍りついた。

 

 「……アテナ。お前、昨日の食事、リザードマンでも耐えられない位、不衛生みたいだぞ?」

 「べ、別に普通でしょ!? ちょっと野生に返っただけで!」

 「返るなよ!! 文明をどこに置いてきた!!」

 

 しかし、この一瞬の出来事が、俺の脳内に、とんでもない考えを閃かせた。

 これは使える。敵がアテナを噛んで倒れた。つまりアテナの体表面そのものが致死性の毒みたいな存在だ。馬鹿げてる? ふざけてる? 知ったことか! ここは異世界。バカみたいなアイデアが一番通用する世界だ。

 

 「……よし。アテナ、悪いが今は囮になってもらう」

 「はぁ!? 誰が囮よ!? 私は上級職よ!? 失礼にも程が――」

 「〈ロープワーク〉!!」

 

 〈ロープワーク〉――冒険者が使える汎用スキル。本来は戦闘時ではなく、野営や荷物の運搬時に使うものだ。俺の手に光と共にロープが生まれ、一瞬でアテナの体を拘束する。

 

 「きゃーーー!! ちょっと!? 何やってんの!? 女神に対してこの扱い!? 侮辱よ! 犯罪よ!! 変態よ!!」

 「黙れ! もとはと言えばお前が口座の金を使い切ったのが原因なんだよ! 少しは役に立って見せろ!」

 

 俺は抵抗するアテナを半ば引きずりながら前へ押し出し、作戦の輪郭を固めた。

 リザードマンの群れはまだ健在だ。奴らを一ヶ所に集めなきゃ話にならない。

 

 「ヴィヴィアナ! 火の壁を作れ!! 命中率は気にするな!! 敵が嫌がればそれでいい!」

 「気にしないでいいの? まあ、いっか! 燃やすだけなら楽勝よ!!」

 

 魔力が膨張し、ヴィヴィアナの銀髪がふわりと浮く。鼻先に感じる空気が、じりじりと熱を帯びていく。焦げた草と土の香りが、少し甘く鼻を刺す。

 

 「〈フレイム・バースト〉!!」

 爆裂音。視界を焼く赤い閃光。湖畔に巨大な炎の壁が立ち上がり、周囲の景色がゆらゆらと揺らめく。

 

 「ギャアアアア!!」「湖に逃げろお!!」

 半水棲のリザードマンたちが本能的に炎を避け、湖へ続々と飛び込んでいく。水面が派手に跳ね、冷たい飛沫が俺たちの頬に刺さる。

 

 「よし……仕込みは完了だ。ジャンヌ!! アテナを湖にぶん投げろ!!」

 「はいご主人様!! 奥様、ご安心ください! これは作戦の一環です!!」

 「全然安心できないんだけどぉぉぉぉ!!?」

 

 ジャンヌが拘束されたアテナを軽々と抱え上げる。その動作は、倉庫に保管される商品を扱うみたいな自然さだった。アテナの瞳は完全に死んでいる。

 

 「ジャンヌ……? やめなさいジャンヌ……? その腕の力の入り方、完全に投げる気でしょ!? わかるわよ私には!」

 「いきます!!」

 

 アテナは空中を飛んだ。金髪が朝日を受けて線を描き、湖面に向かって優雅に放物線を描く。

 

 「いやあああああああ!!!?」

 

 巨大な水柱が舞い、湖がうめき声をあげた。着水の衝撃が広がると同時に、湖へ異変が走った。まず濁り。次に泡。さらに異臭が鼻を刺す。

 まるで巨大な鍋に入れてはいけない食材を放り込んだ時のような、化学的な臭いが強烈に広がる。そして、水面の色が黄緑色へ変色した。もはやそれは自然への冒涜だった。

 

 「……うわ……」

 ヴィヴィアナが思わず口元を押さえる。水中のリザードマンが次々と浮かび上がってきた。白目、痙攣、泡、魚。リザードマンどころか湖の生態系が、一瞬で崩壊した。

 

 「ぐぼぼぼ……!」「なんだこれ……毒……!?」

 湖中の敵は全滅。俺たちは言葉を失った。

 

 「これは……討伐というより、自然破壊ね……」

 彼女は呆然として、湖を見つめていた。

 

 「よくやった、アテナ! 今、助けるぞ!」

 

 俺とジャンヌでロープを持ち、アテナを引っ張り上げた。濁った湖から、アテナがゆっくりと浮上してきた。髪は藻まみれ、顔は泥と泡だらけ。その目は、静かな怒りどころか、地獄の底みたいに真っ赤だった。

 

 「……シンジ……いつか、あんたを殺してやる……」

 「まぁまぁ、クエストは終わったし。そうだ。大浴場へ行こう。もちろん俺のおごりだ。だから……な?」

 

 こうして俺たちの命とアテナ以外の尊厳は守られ、リザードマン討伐クエストは文字通り絶滅という形で完了した。

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