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41話「当たるも八卦、当たらぬも八卦」

 アテナが叫び、ジャンヌが驚愕し、ヴィヴィアナは目を見開いたままだ。俺は声にならない息を吐いた。イザークの膝が崩れ、地に倒れかけながら、それでも顔だけをこちらに向け、俺の肩を掴んで離さない。

 

 「良かった。なんとか、間に合いました……」

 

 俺の声は震えきっていた。

 

 「なんで、なんでだよ……なんで俺たちを庇うんだ……! 俺たちが伝説の勇者パーティーなんかじゃないって、本当は分かってるんだろ? 俺たちにはそんな力はないんだ」

 

 イザークは笑った。血の泡を唇の隙間からこぼしながら。

 

 「分かってはいたさ……シンジ」

 

 声は掠れているが、はっきりとした口調だった。

 

 「だが……あなたたちは……人とエルフをつないだ。100年の間、誰もできなかったことをやってみせた。それだけで、俺にとっては十分、伝説なんだ……」

 

 胸の奥が、何かで締め付けられる。

 

 本当は勇者じゃない。英雄なんかでもない。ただの、授業をサボりがちな大学生だった俺が信じられないほど場違いな場所で、誰かにそんなことを言われている。

 

 どれだけ馬鹿げていても、その言葉は、俺の足を止めさせてくれなかった。

 

 イザークが気を失い、地面に倒れた。エルフ達が後方へ移動させ、人間の神官が震える手で治癒魔法を発動した。カリスが俺たちの方に向き直った。

 

 「シンジ、おまえたちが本当に伝説の勇者パーティーかどうか、私にはわからない。だが、“本物”でなければ戦っていけない道理はない。話は簡単だ。もし、君たちが偽物なら、ここで本物になってしまえばいい。ちがうか?」

 

 アテナが胸の前で腕を組んだ。

 

 「言ってくれるじゃない」

 

 ジャンヌが期待の眼差しで俺を見つめる。

 

 「ご主人様」

 

 ああ、わかってる。ここで逃げ出したら、勇者どころか人間失格だ。

 

 「俺たちにはまだ、一つだけ切り札がある。ヴィヴィアナの偏差魔法だ」

 

 そう言って、ヴィヴィアナのほうを見ると、まるで別人のような顔をして立っていた。普段の冷ややかな笑みではない。銀髪が血と炎の中で艶めき、その目は研ぎ澄まされた刃物のように光っていた。

 

 「ようやく分かったわ」

 「何がだよ」

 「この瞬間のために、私はずっと生きてきたのよ」

 

 背筋がすっと伸び、周囲の空気が冷たく震える。

 

 「人生最大の賭けよ。絶望的な状況、崩壊しかけた戦線、勇者じゃない勇者、女神かどうかも怪しい女神、ハズレしかひかない魔術師、借金まみれの底辺パーティ。ねぇ……こんな美味しい盤面、他にあると思う?」

 

 ぞくりとした。戦場のただ中で、彼女だけが心の底から楽しそうだ。

 

 「シンジ」

 

 ヴィヴィアナは静かに言う。

 

 「切り札を切るわ。この戦いの行方を、文字通り“一振り”で決める魔法を」

 

 指先が空を裂く。魔力が膨張し、視界全体が朱に染まった。鼓膜を破るような高周波、鉄と焦げた砂の匂い、熱風の渦。

 

 ヴィヴィアナの詠唱が始まった。いや、詠唱というより、祈りだった。破壊と確率の神に捧げる熱狂のような。

 

 「狙いを棄て、道理を捨て、偏差を讃えよ。真の焔とは、外れた地点に咲くもの、届かないほど、燃え上がる」

 

 発動の余波だけで、地面がえぐれ、空気が震え、側にいた兵士が膝をつく。だが、詠唱完了まではまだ時間がかかる。俺は全力で叫んだ。

 

 「皆! ヴィヴィアナが切り札を撃つ! それまでの時間を全員で稼ぐんだ! 人間もエルフも関係ない! とにかく、ここで踏ん張らなきゃ全滅だ!!」

 

 言いながら、自分でも笑ってしまいそうになる。勇者でもない。王でも将でもない。ただの異世界に放り込まれた男が、こんな台詞を吐いている。

 

 それなのに、みんなが頷いてくれた。人間の市民兵が盾を前に突き出し、エルフの戦士がその側面を守るように動く。弓兵が上から援護し、ギルドの冒険者たちが突撃の穴を塞ぐ。

 

 「頼まれたぜ、兄弟!!」

 「やれる限りやってやる!!」

 

 もう作戦でも戦術でもない。それでも、未来を守るために戦う。

 

 ガリベンは膝をつきながら笑った。

 

 「シンジさん、もしかしてあなたは本当に伝説の勇者かも知れませんね」

 

 返事の代わりに俺は肩を貸す。もう理屈じゃない。本物だとか偽物だとかどうでもいい。

 

 ヴィヴィアナの足元に広がる魔法陣は、それ自体が生き物のように脈打っていた。空気がざわりと震え、地面の砂が小刻みに跳ねる。

 

 その中心に立つヴィヴィアナの横顔は、いつも以上に静かで、それが逆に、恐ろしいほどの覚悟を感じさせた。

 

 「もう少しよ、シンジ」

 

 その声は、誰よりも落ち着いていた。けれど、俺には気づいてしまった。その指先が、わずかに震えているのを。

 

 偏差魔術を誇りにしてきた彼女が、仲間を巻き込む可能性の前では、本当に、ほんの少しだけだが迷っている。だから俺は、彼女の肩にそっと手を置いた。

 

 「……大丈夫だ。外しても、当てても……俺がどうにかする」

 

 自分で言っておいて無責任なのは分かってる。けれど、今は“言葉”が必要だった。

 

 ヴィヴィアナは驚いたように瞬きをし、それから、かすかに笑った。

 

 「あなたって……ずるいのよ、ほんと」

 

 そのすぐ横で、ジャンヌが膝をつき、ヴィヴィアナと俺の前に盾を構えた。

 

 「お嬢様。わたくし、今は紅茶は淹れられませんが……命なら、ここにあります。どうぞ、お好きなようにお使いください」

 

 「ジャンヌ……」

 

 「お嬢様の身も、必ず守ります。どうか……心ゆくまで、美しい魔法を」

 

 その所作は、戦場でもなお“メイド”だった。揺らがない献身が、たしかにそこにあった。

 

 そしてアテナが一歩前へ出る。攻撃の衝撃がまだ残る中、金髪を揺らしながら。

 

 「ヴィヴィアナ。あんた、本当にバカよ。頭のいかれたどうしようもないほどのバカ。でも——」

 

 アテナはまっすぐに彼女を指差す。

 

 「今日、そのバカが私たちを救うかもしれない。だから撃ちなさい。大丈夫、必ず当たるわ。だって私は奇跡の女神だもの」

 

 無茶苦茶な論理だった。それでも、不思議と納得はできた。

 

 アテナは微笑む。慈愛でもなく、驕りでもなく、女神としての矜持がほんのわずかに滲む笑みだ。

 

 「オールインよ。あんたが当てる未来に……本気で張ってやるわ」

 

 ヴィヴィアナは目を伏せ、深く息を吸った。

 

 オーク軍の咆哮が遠くで響き、太鼓の余韻が胸の奥を揺らす中で、彼女はゆっくりと顔を上げた。

 

 「……やれやれ。こういう時だけ、絆を見せるのね。ほんと……面倒な仲間を持ったわ」

 

 微笑んだ彼女の眼差しには、戦場の恐怖が微塵も残っていなかった。

 足元の魔法陣が眩く光り出す。大気が震え、世界の色が沈む。発動寸前だ。

 

 「行くわよ、みんな。今日の偏差は……最高に美しいわ」 

 

 ヴィヴィアナがローブを翻した。

 

 「偏差魔法 インフィニット・バースト!!」

 

 黒炎が空へと立ち昇る。魔法陣から放たれた巨大な火球は、空を焦がしながら前方へ飛び出した。着弾する前に、威力だけが膨張し続ける。市民も兵士も敵も味方も、誰も逃げない。逃げられない。成功しても失敗しても、結末は破滅かもしれない。それでも、戦場の誰もがその一撃を見届けようとしていた。

 

 「いけぇぇぇぇぇ!!」

 

 誰かの叫びが、戦場の喧噪を突き抜けた。火球は一直線に飛んでいく。確かに、敵本隊の頭上へと向かっていた。オーク軍の真ん中。クルーガーがいるその心臓部へ。すべてを焼き払うはずだった。

 

 「……あれ?」

 

 だが、目の前を通り過ぎた。いや、正確にはオーク軍主力の上、高度数メートルを通過し、そのままさらに遠くへ飛んでいった。俺たちの視界から消えるほど遠くへ。

 

 直後、視線のはるか先で、空そのものが破れたような閃光が走った。遅れて、地面が揺れる。遠くの山が、丸ごと一つ、えぐれて消えていた。そのまま、火球は何事もなかったかのように地平線の彼方へ消えた。

 

 誰も、言葉を出せなかった。戦場は静寂に飲み込まれた。市民軍だけでなく、オークたちも何も言えずに立ち尽くした。時間が止まってしまった。

 

 俺は言葉を失い、アテナは空を見上げたまま固まり、ガリベンは地図を落とし、ジャンヌは俯いていてた。

 

 そしてヴィヴィアナは――

 

 「……最高」

 

 偏差が積み重なった末の届かないという結末に、全身を震わせながら微笑んだ。


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