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40話「包囲殲滅」

 「……来たな」

 カリスが呟いた。

 

 矢が飛び出した。一本ではない。濁流のような矢だった。弓兵たちは滑るように配置を変え、矢を放つ。一つの生き物のように動き、声ひとつ上げない。オーク騎兵の勢いが折れた。

 

 「遅れてすまん! エルフ弓兵隊、援護に来たぞ!」

 

 歓声で戦場が震える。森から姿を現したのは、イザーク率いる弓兵隊だった。別ルートからの侵攻に備え、森林地帯で待機しているはずだが、ガリベンの用兵で配置転換されたのだろう。

 

 「今だ!! シンジ殿、連携を!!」

 

 イザークが俺に視線を送る。その目は、もう“人間とエルフ”ではなく“隣り合う部隊の指揮官同士”のものだった。俺も叫ぶ。

 

 「歩兵隊、騎兵の動線を塞げ! 散開して横列を作れ!」

 「エルフ弓兵! 射撃を! 馬の脚を止めろ!!!」

 

 指示が瞬時に実行に移され、次の一撃で騎兵突撃は完全に止まった。それは勝敗を決するほどの大きな戦果ではない。だが、一つの事実が生まれた。

 

 人間だけでは耐えられなかった。エルフだけでも止められなかった。だが今は人間とエルフが連携することで、前線は崩れなかった。横でヴィヴィアナが笑う。

 

 「見て、シンジ……街がひとつになってる。あなたが引き寄せた“奇跡”よ」

 「奇跡だけじゃ戦争は勝てねえ。ここから勝ちに変えるんだ」

 

 そう言いながらも、自分の鼓動が早くなるのを感じた。戦場は混沌のまま、だが、もう崩れてはいない。むしろ、少しずつ押し返し始めている。

 

 オーク騎兵隊を押し返した後の数分間、戦場は荒れ狂っているのに異様な熱を帯びていた。エルフの弓兵隊が霧を切り裂いて現れ、オークの騎兵を一斉に射抜いたあの瞬間、防壁の上でも、市街地でも、誰もが「いける」と思ったはずだ。

 

 俺も、正直ちょっと調子に乗りかけていた。だが、人間ってのは本当に学習しない生き物らしい。いや、俺たちの世界でもよく見た光景だった。ちょっと景気が良くなるとすぐに借金を増やし、バブルが弾けてから「想定外でした」とか言い出すやつら。

 

 ここエルフェンウッドでも、似たようなことが起きた。

 

 「押せ押せ! 今だあ!!」

 「オークなんか恐れる必要ねえ!!」

 

 誰とも知れない若い市民兵が叫び、粗末な槍を振り上げて前へ飛び出した。

 

 「おい、前に出すぎだ!」

 

 俺が止める声は、戦場の喧噪にかき消される。いけると思ったムードが広がった途端、さっきまで震えていた市民兵たちが、これ見よがしにオークへ突っ込んでいく。

 

 盾を持っていない者、鎧のサイズが合っていない者、鎌や鍬をそのまま武器にしている者。どう見ても「勝ち戦の後ろで旗を振ってるタイプ」の連中が、なぜか真っ先に最前線へ飛び込んでいく。

 

 「待て! 隊列を崩すな! 下がれ! 聞いてるのか!?」 

 

 カリスが喉が裂けるほどの勢いで叫んだが、もう遅かった。市民兵の波が、前へ前へとあふれ出していく。ジャンヌでさえ追いつけない速さだ。

 

 焦げた草、血、汗、土埃。嗅ぎなれない匂いに興奮と恐怖が混ざり、戦闘狂でも英雄でもない一般人の理性が吹き飛んでいた。


 

 一方、敵陣は沈黙のまま動かない。その不気味さに気付いた瞬間だった。オーク軍主力の前衛が、わざと退いた。下がるというより、大河を二つに割るように左右に割れた。

 

 開いた空間に、市民兵が勝利の熱狂と共に雪崩れ込む。

 

 「よし行けえ!! 勝てるぞ!!!」

 

 そして次の瞬間、左右に展開したオーク重装歩兵が市民兵の両脇に殺到した。両側の地面が同時に震えた。左、そして右。鉄の雨のような足音。オークの重装歩兵が左右から圧迫し、くさびのように前線を締め上げる。

 

 「挟撃だ……ッ!」

 

 カリスが呻くより早く、市民兵たちは真っ先に押し返された。勝ちの余韻が消えかけた途端、彼らは恐怖に飲まれる。慣れない戦場は、前に突っ込むより後ろへ逃げる方がずっと速い。

 

 「包囲だッ! 戻れ、戻れぇぇ!」

 

 叫びは悲鳴に変わった。勢いで前へ突っ込んだ人間ほど、後退が遅い。盾も体勢も整わぬまま、重装兵の大盾で吹き飛ばされる。

 

 後続の冒険者たちも巻き込まれ、戦線がぐしゃりと歪む。盾列は崩れ、槍の間隔が広がり、空いた穴に敵が流れ込む。押されるたび、甲冑と骨の軋む音が響き、鉄と血の匂いが濃くなっていく。

 

 「戻れない!! 誰か助けてくれ!!」

 「中央、崩れる!! 伝令を――」

 

 先ほどまでの勢いはどこへ行ったか。ほんの三分前まで勝っていた軍が、今は崩れかけの軍だ。

 

 ジャンヌが市民兵を庇いながらメイスを振るい、アテナは喉を枯らしながら補助魔法を連打し、弓兵隊は突破部隊の背後から射線を敷く。

 

 だがそれでも止まらない。オーク重装兵の怒号。鎧がぶつかり合う金属音。市民兵の悲鳴。戦場の流れは、完全に向こう側に傾いていた。

 

 「アテナ!! 市民兵の後退を優先する! 冒険者をその穴に回して食い止めろ!」

 

 「わかってるわ!! みんな! 今は守りに集中して!!」

 

 アテナが指揮官らしい声で叫ぶ。さっきまでのド派手な自分演出は影を潜め、“取り乱している市民兵の精神”を支える役に徹している。

 

 アテナの声で何人かの足が止まり、秩序立った後退が生まれる。しかし全体の崩壊は止められない。

 

 泥。血。灰。足場はぐちゃぐちゃで、後退している兵が転べば、その上を別の兵が踏む。悲鳴が増えるたび、恐怖が伝染していく。

 

 その時、俺はようやく理解した。俺たちは勝っていたんじゃない。勝っていると“思い込まされていた”だけだ。オーク軍が強いのは力だけじゃない。戦術も、心理戦も、練度も、人間を上回っている。彼我の差が、こういう形で一気に噴き出す。

 

 ガリベンが呟くように言う。

 

 「互角だったはずなのに、どうして……」

 

 俺は答えられなかった。戦争は理屈じゃない。流れだ。一秒前まで英雄でも、今は敗走兵。

 

 その“空気”を変えるのがどれほど難しいか、俺たちは今、思い知らされている。追い打ちをかけるように城壁の上から、偵察兵のかすれた悲鳴が飛ぶ。。

 

 「南側に敵影ッ! 別動隊だ!!オーク軍本隊じゃない!  側面に回り込まれてる!」

 

 振り返れば、ありえない位置からオークの旗が突き進んでくる。南側の山岳地帯に連なる絶対に封鎖されているはずのルートから。地面を震わせる脚音、吹き荒れる咆哮。揃った動き、組織化された突撃。偶然ではない戦術的奇襲だった。

 

 「嘘だろ……なんでそこから来るんだよ!?」

 

 冒険者たちは混乱の渦に飲み込まれた。逃げる者、叫ぶ者、武器を落とす者。市民兵は再び雪崩を起こし、戦線の背骨が折れる音が聞こえる気がした。

 

 その時、ガリベンが駆け寄り、手にした地図を凝視しながら蒼白になる。

 

 「そんな……ありえない……! この峡谷の道は封鎖されているはずだ! 崖が崩れて、大軍は通れないはずだ!!」

 

 ガリベンの声が震えている。地図の上では、確かにそこは“通行不能”と赤で塗られている。だが、そこへ斜面を駆け降りてくるオークの戦士たちが視界に飛び込む。現実が、地図の情報を嘲笑うような勢いだ。

 

 俺は直感で、嫌な予感だけを確信してしまう。

 

 「なぁガリベン。その崖……“崩れた”って、いつの話だ?」

 

 ガリベンは縋りつくように地図を見つめ、そして呟く。

 

 「2ヶ月前です……エルフェンウッド周辺で強い地すべりが観測されて、峡谷一帯のルートが大きく損壊したんです」

 

 その瞬間、俺はガリベンより早く理解した。確か、あの女がエルフェンウッドへ来たのは1ヶ月前だ。当時その山域にいたであろう魔術師の顔を俺は見た。。

 

 ヴィヴィアナは「……あ」と小さく口を開いた。

 

 「多分、練習してた時の《フレイム・バースト》よ。あの時の誤爆で逆にルートが開通したのかも。私の人生史上、二番目位の威力だったから」

 

 俺は全力で叫ばずにはいられなかった。。

 

 「……お前のせいかよおおおおおお! このポンコツ魔術師!!」

 

 この叫びは戦場の怒号よりもよく通った。

 

 「ちょっと待って。申し訳ないとは思ってるけど、昔の話を今持ち出すのはフェアじゃないわ」

 

 「“ちょっと”で山を吹き飛ばすんじゃねえ!!」

 

 叫んでる場合じゃなかった。南側の別動隊が突撃態勢に移っている。中央が崩れ、側面が破られ、人間軍とエルフ軍がもともと弱い連携の接合部に敵が流れ込む。

 

 兵士の叫び、冒険者の怒号、弓兵の悲鳴。そして、崩れ落ちる音。

 

 戦線という名の堤防がついに決壊してしまった。一度穴が開いたら、どれほど土嚢を積み上げても押し返せない。

 

 「中央突破された!! 側面も食い破られた!!」

 「撤退だ!! 退け!! 全軍退け!!」

 

 退路にまで敵が流れ込み、混乱が雪崩となって広がる。俺たちの周囲にもオークが流れ込み、完全に包囲される。

 

 「まずい!! 孤立した!!」

 

 カリスが剣を構えるが援護も追いつかない。

 

 「囲まれています、ご主人様! このままでは……!」

 

 ジャンヌが防御体勢で俺たちの周囲を固める。ガリベンが崩れ落ちて言う。

 

 「……もうダメです。戦力的にも、地形的にも、心理的にも……ここからの立て直しは不可能です……」

 

 その言葉に返す言葉がなかった。現実として、俺もそう思っていた。

 

 最悪のタイミングで、最悪の位置から、最悪の理由で、戦場が崩壊した。オークの別動隊が包囲を締め、逃げ場という逃げ場を削り取っていく。

 

 「クソッ!」

 

 俺は歯を食いしばった。ほんの十数分前、俺たちは勝っていた。英雄になれそうだった。自由になれそうだった。なのに、今は各個撃破を待つだけの獲物。

 

 ジャンヌの声が震えた。

 

 「ご主人様……このままでは……街が……」

 

 メイドでも、パラディンでもない。ただの、悔しい人間の声だった。俺は力強くジャンヌの肩を握る。

 

 「まだ終わりじゃねえ」

 

 たとえ嘘でも、そう言うしかなかった。その時だ。オーク軍の後方で、不気味な光が渦を巻き始めた。

 

 「魔導部隊……!」

 カリスが声を上げる。

 

 後方から高密度の魔力が凝縮され、真紅の雷のような光が空気を裂く。放たれたのは中距離殲滅魔法。狙いは、俺たち四人。伝説の勇者パーティだと“勘違い”されている連中。

 

 「まずい! 皆、回避しろ!」

 

 だがカリスの声よりも魔法の方が速かった。はじめから逃げ切れる速度ではなかった。俺が、冒険者でも、転生者でもなく、ただの一人の人間として死を理解した瞬間、視界を黒い影が横切った。

 

 「イザーク!?」

 

 エルフの戦士長イザークが、己の身を投げ出して俺たちを庇った。魔力弾が背中に直撃し、肉が灼ける匂いが広がる。軽装鎧が弾け、鮮血が飛び散った。

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