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20話「街の真相」

 やがて街の喧騒から少し外れた石畳の路地に入ると、カリスが一軒の店を指した。

看板に刻まれた文字は〈緑陰亭〉。昼はカフェ、夜は軽い酒も出す落ち着いた店らしい。

 

 「ここなら、少なくともすぐには誰にも聞かれない」

 

 カリスは扉を押し開けた。木の香り、コーヒーの芳ばしい匂い、静かな空気。ギルドとは別世界の空間が広がっていた。アテナが店内に入ると、店主が会釈し、奥のテーブルを示す。

 

 カリスは慣れた足取りで席に座り、俺たちに向き合った。ここまではまだ、何も語られていない。だけど、何か大きな話が動き始める気配だけが確かにあった。席に着くと、店主が黙って水と簡単な菓子を置いた。この店は、必要以上に言葉を交わさない方がいいらしい。

 

 外の喧騒と違い、ここだけ時間の流れが少し遅く感じられた。カリスは何も頼まないまま腕を組む。

 

 「ギルドで起きたことは、聞かなくても分かる。奴に楯突いたんだな」

 

 彼女の声は低く静かだった。威圧する気配より、慎重さの方が濃い。アテナは顎を少し上げ、涼しい顔で答えた。

 

 「不当な制度に黙って従うつもりはないわ」

 

 その言葉には、揺るぎのない力があった。カリスは僅かに息をつく。

 

 「正しい意見だ。だが、それだけでは死ぬ。この街は、正義だけで生き残れる場所じゃない」

 

 テーブルに置かれた彼女の拳は、皮手袋越しでも固く冷えているのが分かる。

 

 「ここは本来、人とエルフが共に築いた街だった。城壁も井戸も、農地の仕組みも……すべて互いの知恵と技術を持ち寄って作られた。街の名はエルフェンウッド」

 

 店内の穏やかな雰囲気とは裏腹に、言葉が鋭く胸に刺さる。

 

 「私が生まれる前の大昔のことだ。この土地に魔王軍の軍勢が押し寄せた。人もエルフも、数えきれない死を出しながら抗戦し、ついに勝った。だが、その代償で両方の勢力は弱り切っていた」

 

 一拍置いて、カリスは続けた。

 

 「そこへ武力を温存していたオーク軍が侵攻してきた。終戦直後で疲弊した街に、抗う力はもう残っていなかった。当時の指導者は降伏を決断した」

 

 ヴィヴィアナの目が細くなる。ジャンヌは両手を胸の前で強く握りしめた。

 

 「オークは人間にこう告げた。街に残りたいなら、我々の統治に従えと。そしてエルフにはこうだ。森へ入ることを許す。だが、街への帰還は禁ずる」

 

 俺はそこまで聞いて合点がいった。ずっと疑問に思っていたのだ。エルフの名を冠する街なのに、エルフの住人はどこにもいない。それはオークによって追放されたからだった。

 

 「そして、オークは人間にこう言った。エルフはお前たちを見捨て、森へ逃げた」

 

 その直後、カリスはテーブルの上で指を軽く叩いた。それは別の台詞の存在を示す合図のようだった。

 

 「今度はエルフに……人間はお前たちを裏切り、オークの統治に膝をついたと吹き込んだ」

 

 ヴィヴィアナが静かに息を吐く。

 

 「なるほど……利敵行為を先にしたのは相手だって思わせるわけね。敵を分断し、互いを疑わせる。心理戦として完璧だわ」

 

 「そうだ」

 カリスは頷く。

 

 「互いを憎ませるための分割統治だ。それが長年行われた結果、今に至る」

 

 ジャンヌが手を止め、カップの縁に指を添えたまま尋ねた。

 「この街の歴史についてはわかりました。ですが、人とエルフが協力してオークを倒せば、また昔のように共に暮らせるのでは?」

 

 「無理だ。嘘は時に真実より力を持つ」

 

 カリスの声は穏やかだが、刺すような鋭さがあった。

 

 「命を守るために選ばされた行動だったはずなのに……それを恥や裏切りに変換して記憶に埋め込まれた。世代が変わる頃には、誰も自分の祖先の本当の行動を知らなくなる」

 

 歴史に悪意が加わった時、正義も罪も様相を変える。俺はただ静かに聞き続けた。聞くことでしか、この街の過去に触れようがなかった。

 

 「だからこの街では、いまだに双方は疑心暗鬼。もし、人間がエルフの里に足を踏み入れようものなら、首が飛ぶだろう。情けない話だ。真の敵はオークなのに、団結しないように育てられた」

 

 「やっとわかりました。この街に高ランク冒険者が少ないのは、偶然じゃなかったんですね」

 

 俺の問いに、カリスは静かに頷いた。

 

 「そうだ。高ランク冒険者は、重税に耐えられない。報酬の半分以上を持っていかれるのだから、腕に覚えのある者ほど他の街へ移る。反対に──」

 

 カリスは街を見下ろす窓へ視線を向けた。

 

 「低ランク冒険者には生かさず殺さずの税率が課される。生活は苦しいけれど、完全に詰むほどではない。 『今より悪くはならない』と信じ込み、町を出る勇気を持てない者たちは、文句を言いながらも留まり続ける」

 

 俺は同期の冒険者たちのことを思い浮かべた。その日暮らしの生活をしながら、酒場で管を巻いて、安酒で将来の不安をごましかしている連中。

 

 重苦しい空気がテーブルを包む。沈黙を破ったのはヴィヴィアナだった。

 「ひとつ聞いてもいい?」

 

 銀髪の魔術師はカップを置き、まっすぐにカリスを見た。

 「あなたほどの実力者なら、他の都市でも十分通用するはず。なのにどうして、この街にとどまっているの?」

 

 カリスの表情は、一拍遅れて柔らかく崩れた。苦笑と、諦めと、愛情の混じったような表情。

 

 「……私は、この街で生まれ育った。クソみたいな税制で、クソみたいな支配でも、ここで笑った日も、泣いた日も、全部含めて、家なんだ」

 

 その声には、戦場では見せない脆さがあった。

 

 「でも、この街を変えられない自分が、一番歯がゆい。剣一本で救えるほど、世の中は単純じゃない」

 

 カリスはカップを空にすると、立ち上がった。窓から差し込む薄い光が、彼女の鎧に鈍い光を落とす。

 

 「……シンジ君」

 

 名指しされた俺は、思わず背筋を伸ばした。

 

 「もし、あなたたちがこの街を出るつもりなら、止めるつもりはない。シェルバスターを倒せたあなたたちのパーティーなら、どこへ行っても生きていけるはず」

 

 その声には、羨望でも嫉妬でもない、純粋な願いが込められていた。

 

 「だけど、どうするかはおまえたち次第だ。この街に留まるのか、別の未来を探すのか」

 

 そう言い残し、カリスは風のように店を後にした。残されたカップの余熱だけが、彼女の迷いと覚悟を伝えるように残っていた。

 

 俺たちはしばらく何も言えなかった。沈黙の中、アテナは静かに宣言した。

 

 「必ずオークたちに報いを受けさせるわ。この街を、エルフェンウッドを本当の意味で解放するために」

 

 正義の形を取っているのに、言葉の奥底に何か別の響きがあった。沈黙しながらも、全員がそれを感じ取った。

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