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名もなき灯火  作者: 富賀見 みあ
境界なき声

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34/46

29. 強度の意味

風が止んだ、しんと静かな朝。


広場の片隅に、ひとりの子どもが立っていた。

あなたがその姿に気づいたとき、それはまるで朝の光に溶け込むように、そこに“在った”。


「……あのときから、胸の中がずっとざわざわしてて……」


小さな声でそう言いながら、子どもはおそるおそる手のひらを開く。

その掌の上に、ほのかに光るかたちがふわりと浮かび上がった。


それは、式でも、刻印でもなかった。

けれど、たしかに“ここにある”という気配があった。


それは、“誰かに覚えてもらえた”記憶の光。

教えられたわけでも、与えられたわけでもない。

ただ、出会いのなかで静かに芽生えた、やわらかな共鳴。


祝式でもなく、名も階位も持たない。

けれど、“記憶に宿る想い”だけが、そっと形になろうとしていた。


「君と触れたとき……なにかがあふれてきて、まるで自分じゃないみたいだった。

でも、不思議と怖くなかったんだ」


焚き火の明かりがゆらめくなかで、子どもはぽつりとそう言って、笑った。

その笑顔には、ほんの少しの誇らしさと、まだ消えきらない不安が重なっていた。


けれど──それは突然だった。


その小さな身体から、光が脈打つように溢れ出したのだ。

空気がぴんと張りつめ、広場の空間が静かに震えはじめる。


共鳴の力が、抑えきれずに揺れ出した。


その子の身体が熱を帯び、足元の大地までもがかすかに応えるように震えていた。


「やめて──」


あなたは思わず駆け寄り、両腕でその子を抱きしめた。

まるで、自分の境目をそっと解いて、その子を包みこむように。


ただ、静かに、やさしく、穏やかに。


一瞬、世界が光に包まれた。

まばゆい白が視界を満たし、時間が止まったような錯覚が広がる。

だがその光は、やがてやわらかく溶けるように、静かに消えていった。


風が戻り、空気がふたたびやわらぎを取り戻す。

広場に漂っていた緊張が、すこしずつほぐれていく。


──けれど。


次の瞬間、あなたの視界が静かに傾いた。


まるで、世界の上下がゆっくりと入れ替わっていくような感覚。

遠ざかる声、揺らぐ空、消えていく温度と音と重さ。


あなた自身の“存在のかたち”が、やわらかくほどけていくようだった。


「……!」


カインの声が、どこか遠くであなたを呼んでいた。

誰かの手が肩にふれている。

けれど、その温もりでさえ、なぜか遠く感じた。


──今、この世界で“あなた”はどこにいるのだろう?


(力を与えたのかもしれない。あるいは、なにかを奪ってしまったのかもしれない)


あるいは──その両方だったのかもしれない。


そんな問いが、静かに胸に浮かんだ。


意識は、やわらかな闇のなかへそっと沈んでいった。


***


──目を覚ましたとき、夜だった。


頬にふれる冷たい風。

焚き火の匂いが、やさしく鼻先をくすぐる。


すぐそばには、カインがいた。

その目は、心配よりも少しだけ安堵の色が濃かった。


「……あの子は?」


あなたが問いかけると、カインは小さくうなずいた。


「無事だ。今は眠ってる。落ち着いたよ。ただ……お前が、少し深く入りすぎた」


ぱちりと、焚き火が小さな音を立てる。


火の音を挟んで、ふたりのあいだに静かな時間が流れたあと、カインはぽつりと言った。


「誰かの記憶に“在る”ってことは……それだけで、きっと“重さ”が生まれるんだな」


あなたは、そっと目を伏せてうなずいた。


記憶というかたちを持たない場所に、“想い”だけが宿っている──

それは、誰かの存在を、長く静かに抱え続けるということだった。


“力を持つ”ということは、誰かを救うことができる一方で、

誰かの在り方に触れ、そのかたちを揺らしてしまうことでもある。


それが、どれほど大きく繊細な意味を持つのか。

あなたは、初めてその重みを、胸の奥でしっかりと感じていた。


それは、怖さとともに、確かに──あたたかい実感だった。

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