26、知らない事がやっぱり多い
ジークは椅子に座って両手を組んで顔の前に持ってきながら呆れた顔をして私を見てきた。
「お嬢様は阿呆なのか天才なのかよくわかりませんね。」
と、ジークに言われ、ジークに天才だと思われていたのかと思ってしまった自分に驚いた。ジークに毒されている…。
「今回、奥様に苦言を呈されました。何を教えているのかと。」
はぐぅ…!
「それは…申し訳ない…。」下を向いてスカートをぎゅっと掴んで目を泳がせてしまった。
「簡単に謝っては駄目ですよ、お嬢様。それに奥様にはお嬢様の暴走だとわかってもらえましたから。私もさすがにお嬢様がそこまで強硬な手段に出ると思いませんでしたので驚きました。」
あー、まずい。謝らないのなら何も言える事が無い。話題転換、話題転換…。
「ジーク、授業を始めましょう。今日は何かしら?」
ニコッとした笑顔で首を傾けて良い子ちゃんを演じてみた。
ジークはしらっとした顔で私を見てきた。
「…まぁ良いでしょう。今回、奥様と時間を取ってもらえた事でお互いにお嬢様の事で出来る事が増えましたから。」
「え?ジーク、お母様とそんなに喋ってたの?やだ…。横恋慕しても無理だからね。」
「お嬢様の頭がどうなってるのか意味不明ですが、お嬢様の勉強について出来る事が増えたと言ってるのですが。」
「あのお母様と喋ってて、くらっとこない男なんか存在しないから。」
家のお母様もお父様もそういうフェロモン満載だから。似た物夫婦だけど大変そう。
「あぁ、そうでした。お嬢様は家族に偏執的な愛情を持っているんでしたね。特に興味ありませんので心配無用です。私は奥様にお嬢様に課外授業をさせてもらう事をお願いしました。奥様からは反対にお嬢様にマグノリア家とマグノリア公爵領について将来教えて欲しいとお願いされました。」
「え?え?お母様が?」
嫌になったらすぐに辞めれば良いと言っていたお母様が?それにウィステリア侯爵領じゃなくてマグノリア公爵領なの?
「お嬢様の婚約者のお家でしょう?奥様はお嬢様が嫁ぐために、きちんとあちらの家の事を知っていて損は無いと思ったようですよ。むしろ知ってないといけないですね。マグノリア公爵領に関して、ライル様も交えて授業して欲しいと頼まれました。」
「えっ!!!??」
ライルも!?ジークのこの授業に?何を口走るかわからないのに不安すぎる…。
口をぽかんと開けてジークを見上げてしまった。
それにライルは学園に入ったら、もしかしてヒロインを好きになるかもしれないのに…。うーん…。
「私はお嬢様が外の世界の事を知らなすぎるので、実際に見てみるのも良いのではないかと奥様に課外授業を提案しました。お嬢様を一人で連れ出すのは絶対に駄目だと言われたので、奥様か旦那様が同行される形になるかと思われますが、お許しを得ましたので。お嬢様は行ってみたい所はありますか?」
「外かぁ…。そういえば訓練所とかには行ってるけど、買い物も外に行かないからなぁ。行けるのなら、いろんな所、見てみたい!学校あるのよね?正直、こっちの学校って想像つかないのよね。市場なんかもあれば見てみたいわ。」
「何故、市場なのですか?一応王都の中なので高級店もありますが。あぁ、反物は見ておかなくてはなりませんね。」
「そっちこそ何故反物?市場は単純に平民の中で何を売ってるのか興味があるだけよ。」
「ウィステリア侯爵領と言えば反物ですから。隣接している国があると言ったでしょう?そこから大量に布を仕入れてイナガスク国へ高くて質の良い物は王族や他の貴族へ献上したり安めの物は平民へと回しているのですよ。そのために良い針子もウィステリア侯爵領には育っています。奥様とお嬢様は良い広告塔でしょうね。他の領では一家庭で布を織る事もありますがウィステリア侯爵領では平民でも布を織るという事は珍しいと思いますよ。隣国から技術を入れて、売るための布を織る職人がいたりもしますし。」
もっと最初に教えてよ…!
改めて酷い事をしてしまったんだな私…!
「…行きます…。懺悔しないと…。」遠い目をして呟いた。
ん?隣接してる国って言ったらお父様はその国とやり取りしてるって事なのかな?
「お父様が隣国へ行ったという話は聞かないのだけど。」
「先代のウィステリア侯爵がウィステリア侯爵領にいらっしゃいますから。隣国は小国ですし、布自体のやり取りは商人の間で済んでしまいますから、先代様が出られる時は限られてくると思いますけどね。もちろん許可は現ウィステリア侯爵の意向次第ですが。先代様が出てこられる場合も向こうの王族をもてなす場合ぐらいじゃないですか?」
お爺様がいたか。私達が幼いからかもしれないけれど、ウィステリア侯爵領に引っ込んでしまったお爺様とお婆様とはなかなか会いに行きにくい。
私がまだ赤ん坊の頃にはいたらしいのだけど、物心ついた時はシュナイザーも産まれてきたし、なんだかんだ忙しかったし、手紙や贈り物なんかはもらっているのだけれど、実際に会った事は無いに等しい。
「お爺様って凄い人?」
「どうでしょう。どちらかというと布の生産力をあげた隣国が凄いのではないですか?」
ウィステリア家の人間の前でそういう事言う訳ね。
ぷくっと膨れてジークを睨んだ。
「まぁ、隣国との間を繋いだのはウィステリア家ですから。それは凄いんじゃないでしょうか。」
くっ、取ってつけたように…!そういう人間だって知ってるけど、忌憚なさすぎるんだよジークは!
まぁ、私も今日初めて知った事実だからなんも言う事出来ないけど…!
「昔の話ですけどね。染めるための原料をウィステリア侯爵領から仕入れて布や糸の染めに使って、その布をウィステリア侯爵領で仕入れて流通させるという流れがもう今は出来ていますから。隣国には王女がいたと思いますけれど、農業を率先してやるという噂がありますね。」
「え?布が特産品ならドレス着放題じゃないの?王女様だよね?」
「噂ですから、本当かどうかはわかりませんがウィステリア侯爵領の隣国は長閑な田舎の国という印象が強い所なんです。」
何それ友達になりたい。絶対王女様シンデレラガールだよ!磨けば光るやつだよ!
「何より国力が弱くて吹けば飛ぶような所でしたから、ウィステリア侯爵領との交易で安定したのですよ。そんな事情で友好国ではありますが、そのうちイガナスク国の属国になるかもしれませんね。学校の制度など、こちらの制度を真似している事も多いですし。」
属国か。
うん、友達になるのは無理かもしれない。
「友好国というか、同盟とかじゃ駄目なの?」
「同盟ですか。それは同じぐらいの国力がある国でないとこちらに利が少ないですよ。」
思わず口をつきだして、むー…。という態度になっていた。
「スフォルビア公爵領が大国に隣接しているので一番そうですが、ウィステリア侯爵領も一応同じく国境線にありますから、軍との協力は必須ですので、それも頭に入れておいてください。」
一応、歴史の授業でやったけれど、この国は大国ほど大きくないにしても、その分、守りを固くしていて、国境線には統率力の取れた練度の高い隊が常駐しているとは聞いた。ムキムキとか荒くれ者集団かなと思ったけれど、いろんな事が求められるエリート集団らしい。情報収集のためにいろんな言語をしゃべれる人もいるのだとか。そりゃ給料高いですわ。
何より国の守りを固くするのも学校の制度がしっかりしてるのも、国力を上げるためらしい。
平民でも誰でも文字が読めるのが大国との違いで、国への出入りにもきっちり証書が必要だったり、びっしり書かれた文を読んで理解しないといけなかったり、かなり厳しかったりするらしい。
確かにその中で普通に布の商売のやり取りが出来て利益を上げられてるのは凄いのかも。それがこっちの国で流通してるんだもんな。
「軍との協力って言ったって、どんななのかさっぱりよ。」
「自分が持ってる土地を守るのも貴族の仕事なんですよ。その手足となってくれる軍の報告を聞いたりするのが主なんじゃないでしょうか。今は戦争をしかけて土地を広げたりしている訳では無いので、お嬢様なら、そのぐらいの認識で大丈夫ですよ。」
ネタバレだけど、ゲーム内で国境線とか戦争とか、きな臭い事なんか出てこなかったから、そんな心配はしなくていいと思うんだけどね。こういうところが現実なのかな~…。
キャッキャウフフしてるとこしか見てなかったよ。
その日は計算の授業でやっと計算機を触らせてもらえたけれど、逆に時間がかかってしょうがなかった。
ジークにお嬢様は別にいらないんじゃないですか?と言われた。電卓ほしぃ…。
情報量と説明の多い回でした。
布が有名とは言え、一点ものである衣装を切ってトイレのために作ったのは、さすがのお母様も怒ります。
エレオノーラの実家であるスフォルビア公爵領は大国と隣接しています。
逃亡奴隷が入ってきたりするので、そういう問題も小さい頃から接しています。
一応それぞれの領には特色があったりなかったり。
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