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無縁仏に花を  作者: 八雲 海
第一集 無縁仏に花を

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第六話「破れ袈裟」

用事があって近くの商店街を歩いていたときだった。


 路地の入口で声がしていた。怒鳴り声ではない。低く、粘りつくような声。堂島はその種類の声を知っていた。獲物をいたぶるときの声だ。


 曲がると、三人組の若い男が老人を囲んでいた。七十代の男性。買い物袋を両手に持ったまま、壁際に押しつけられている。


 堂島は立ち止まった。



 チンピラたちは二十代だろう。安いスーツに尖った靴。三東会の末端でもなく、どこかの組の若い衆でもない。ただ群れることで強くなった気でいる手合いだった。


「財布だせって言ってんだろ」


 一人が老人の胸倉を掴もうとした。


「やめろ」


 堂島が言った。


 三人が振り返った。袈裟をまとった坊主を見て、一瞬呆けた顔をした。それからすぐに舐めた目になった。


「なんだよ坊主、関係ねえだろ」


「関係ある」


 堂島はゆっくり歩いた。急がなかった。



 三人の前に立った。


 手は出さなかった。ただ立った。それだけだった。


 チンピラの一人が一歩引いた。自分でも気づいていないかもしれない。堂島の立ち方、目の据わり方、そこにある重さが、体に伝わったのだろう。


「なんだよ、怖くねえし」


 口では言っていた。足は言っていなかった。


 堂島は真ん中の男を見た。リーダー格だろう。一番目つきが鋭い。


「座れ」


「は?」


「そこに座れと言っている」


 男が笑おうとした。笑えなかった。


 気づいたら三人とも、路地のアスファルトにしゃがんでいた。



 堂島は三人を順番に見た。怒鳴らなかった。声を荒げなかった。それが余計に重かった。


「お前たちは今、老人から金を奪おうとしていた」


「別に——」


「黙って聞け」


 男が口を閉じた。


「お前たちが今日やったことは、十年後のお前たちに必ず返ってくる」


 静かな声だった。説教くさくなかった。ただ事実を述べるような口調だった。


「若いうちは何でも許されると思っている。力があれば何でもできると思っている。俺もそう思っていた時期がある」


 チンピラたちが堂島を見た。


「どうなりましたか」


 一人が聞いた。からかうつもりだったかもしれない。しかし声に力がなかった。


 堂島は答えなかった。袈裟の襟元を少し直した。首筋の刺青の端が、一瞬だけ見えた。


 三人が息を呑んだ。



「お前らに聞く」


 堂島が続けた。


「今の自分を、十年後に見せられるか」


 誰も答えなかった。


「親がいるなら、今の姿を見せられるか」


 真ん中の男が視線を落とした。


「俺には見せられない人間が何人もいた。もう会えない人間が何人もいる」


 路地に風が通った。


「お前らはまだ間に合う。それだけだ」



 三人はしばらく動かなかった。


 やがて一人が立ち上がった。残りの二人もつられて立った。逃げるように、しかし走らずに、路地の向こうへ歩いていった。


 角を曲がる前に、真ん中の男が一度だけ振り返った。何も言わなかった。ただ振り返った。


 それから消えた。



 老人が震えた手で堂島に頭を下げた。


「ありがとうございます。あなたは」


「坊主です」


 老人が堂島の首筋をちらりと見た。袈裟の襟は元に戻っていた。老人は何も聞かなかった。


「お気をつけて」


 堂島は買い物袋を老人に返し、歩き出した。


 袈裟の裾が風に揺れた。商店街の喧騒が戻ってきた。


 どこかの店から、煮物の匂いがしていた。


第六話 了

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