第六話「破れ袈裟」
用事があって近くの商店街を歩いていたときだった。
路地の入口で声がしていた。怒鳴り声ではない。低く、粘りつくような声。堂島はその種類の声を知っていた。獲物をいたぶるときの声だ。
曲がると、三人組の若い男が老人を囲んでいた。七十代の男性。買い物袋を両手に持ったまま、壁際に押しつけられている。
堂島は立ち止まった。
◆
チンピラたちは二十代だろう。安いスーツに尖った靴。三東会の末端でもなく、どこかの組の若い衆でもない。ただ群れることで強くなった気でいる手合いだった。
「財布だせって言ってんだろ」
一人が老人の胸倉を掴もうとした。
「やめろ」
堂島が言った。
三人が振り返った。袈裟をまとった坊主を見て、一瞬呆けた顔をした。それからすぐに舐めた目になった。
「なんだよ坊主、関係ねえだろ」
「関係ある」
堂島はゆっくり歩いた。急がなかった。
◆
三人の前に立った。
手は出さなかった。ただ立った。それだけだった。
チンピラの一人が一歩引いた。自分でも気づいていないかもしれない。堂島の立ち方、目の据わり方、そこにある重さが、体に伝わったのだろう。
「なんだよ、怖くねえし」
口では言っていた。足は言っていなかった。
堂島は真ん中の男を見た。リーダー格だろう。一番目つきが鋭い。
「座れ」
「は?」
「そこに座れと言っている」
男が笑おうとした。笑えなかった。
気づいたら三人とも、路地のアスファルトにしゃがんでいた。
◆
堂島は三人を順番に見た。怒鳴らなかった。声を荒げなかった。それが余計に重かった。
「お前たちは今、老人から金を奪おうとしていた」
「別に——」
「黙って聞け」
男が口を閉じた。
「お前たちが今日やったことは、十年後のお前たちに必ず返ってくる」
静かな声だった。説教くさくなかった。ただ事実を述べるような口調だった。
「若いうちは何でも許されると思っている。力があれば何でもできると思っている。俺もそう思っていた時期がある」
チンピラたちが堂島を見た。
「どうなりましたか」
一人が聞いた。からかうつもりだったかもしれない。しかし声に力がなかった。
堂島は答えなかった。袈裟の襟元を少し直した。首筋の刺青の端が、一瞬だけ見えた。
三人が息を呑んだ。
◆
「お前らに聞く」
堂島が続けた。
「今の自分を、十年後に見せられるか」
誰も答えなかった。
「親がいるなら、今の姿を見せられるか」
真ん中の男が視線を落とした。
「俺には見せられない人間が何人もいた。もう会えない人間が何人もいる」
路地に風が通った。
「お前らはまだ間に合う。それだけだ」
◆
三人はしばらく動かなかった。
やがて一人が立ち上がった。残りの二人もつられて立った。逃げるように、しかし走らずに、路地の向こうへ歩いていった。
角を曲がる前に、真ん中の男が一度だけ振り返った。何も言わなかった。ただ振り返った。
それから消えた。
◆
老人が震えた手で堂島に頭を下げた。
「ありがとうございます。あなたは」
「坊主です」
老人が堂島の首筋をちらりと見た。袈裟の襟は元に戻っていた。老人は何も聞かなかった。
「お気をつけて」
堂島は買い物袋を老人に返し、歩き出した。
袈裟の裾が風に揺れた。商店街の喧騒が戻ってきた。
どこかの店から、煮物の匂いがしていた。
第六話 了




